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アマルナへの扉  作者: 田丸 彬禰


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タニスの王墓 ③

細かなものを挙げたらキリがないのだが、ツタンカーメン王墓で見つからなかった、冠だけではなく、タニスの王墓ではツタンカーメン王墓で発見されていた玉座も発見させていない。

玉座だけではなく、椅子と思われるものが全く発見されていない。

これをどう理解するべきなのか?


そもそも生前に椅子を利用しなかった。

葬送品リストから外れた。


大別すれば、このふたつとなるわけなのだが、この時代のレリーフから察するに前者が正解とは思わない。

となれば、後者、すなわち葬送品リストから外れたということになるのだが、そうなると今度はどのような理由でそうなったのかという疑問が浮かぶ。


ツタンカーメン時代からタニスの諸王までの統治期間の間に椅子類は次王に引き継がれる品という思想に変化した。

椅子をつくる材料である木材がこの時代では非常に貴重であり、一代ごとに大量に作成することができなくなった。

椅子類を埋葬するスペースが墓にはなかったためやむを得ず埋葬品から外した。


可能性のあるものを並べたうえで、もう一度タニスの王墓からの出土品を眺め直すと、木製品が非常に少ないことに気づく。

これをツタンカーメン王墓からの出土品と比べると、椅子類だけではなく、厨子やベッドもない。

新王国時代末期の木材調達についての悲しい出来事を記した「ウェンアメン航海記」の内容も考慮すれば、以前のように木材は簡単に利用できるものではなくなっていた可能性もある。

そうであれば、玉座が使い回しする必要性から「次の王へ引き継ぐ品」に加えられたということも考えられるのではないだろうか。


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