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アマルナへの扉  作者: 田丸 彬禰


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タニスの王墓 ②

もちろん、時代、宗教観、財政力その他諸々により、比較によってすべてが解明されるわけではありません。

ですが、その比較し、知識として知るのは無価値ということはないでしょう。

というより、この知識を知る人はそう多くないので、自慢できるものとなることでしょう。


資料もあり、いくらでも細かくやることは可能なのですが、とりあえず、これを読む人の大部分は熱狂的なエジプトファンではないことを前提に話を進めます。


まず、ツタンカーメンの王墓の埋葬品のうち、有名なものを挙げ、それがタニスで発見されているかを見ていきましょう。


黄金のマスク、黄金の棺、厨子、玉座、カノプス容器、チェリオット、装飾品。


まず、黄金のマスク。

これは日本にも何度も来ているのが見ている方も多いでしょうが、あります。

続いて、棺。

石棺はあります。

そして、木棺についても、ツタンカーメンのものとは違い黄金のものではありませんが、あります。

カノプス容器、装飾品もあります。


ですが、棺を蓋う厨子、玉座、チャリオットはないです。

厨子に関しては、埋葬室自体が厨子の役割を担っているのかもしれません。

また、チェリオットはこの頃は廃れたということもあります。

ですが、玉座がないのは不可思議。

これをどのように説明すればいいのでしょうか?

さすがにスペースがなかったというのはこれが王墓である以上、説明として成り立たないでしょう。

そうなると、別の意味を考えなければなりません。


保存状態が悪く消えた。

可能性はゼロではないでしょう。

実はタニスの王墓では木製品の遺物が非常に少ないです。

ですから、葬送品として埋葬されたが消えたということも十分に考えられます。

ですが、そうであっても、痕跡くらいはあるはずです。

発見者のモンテが見逃していないのであれば、調査報告書に記されていない以上、なかったと考えるほうが妥当と思われます。


二十一王朝の時代には玉座は埋葬品リストから消えた。

これが一番ありそうです。


これが正しいのかは、これ以降の王墓で発見された遺物と比較することでわかるのですが、残念ながらそれはできません。

ですから、あくまで想像です。


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