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ダンジョン点検員、リストラされる。〜「何もしてない」と切られた俺の巡回ルートで、翌週から事故が止まらない〜  作者: 更田遅筋


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第35話 全問正答の夜

十二問目の答えを書き終えて、秋津さんが顔を上げた。


封が切られる音がして、国の人が順番の紙を読み上げた。


照合には四分かかって、そのあいだ会場は誰も咳をしなかった。


十二問すべてで、書いた欄と実物が合っていた。


外れは、なかった。


録音でやった三問だけは、途中までで止まっていた。


会場は、思ったより静かだった。


拍手が起きるまでに、たぶん十秒くらいあった。


その十秒のあいだに、俺は目隠しを外した。


外した瞬間の光が、思ったより痛かった。


最初に目に入ったのは長机の上に並んだ部材で、次が秋津さんの手だった。


十二枚の答案をその手が順番に揃えていくのを、意味も分からずに見ていた。


一時間ぶん、音しかなかった世界に、急にものの形が戻ってきたせいだと思う。



答案の写しが配られたのは、そのあとだ。


十二枚の様式第一号が、そのままの形で場内に回り、配信の画面にも出た。


下がり幅の欄。


濁りの欄。


速さの欄。


備考の欄には、「推測を書くときは、推測と書きます」と印刷されていた。


写しを見た人たちが、しばらく黙って読んでいた。


紙をめくる音が六十人ぶん重なると、雨のような音になった。


配信の画面には、答案が一枚ずつ大きく映されていたらしい。


立ち見の人たちは、隣の人の紙をのぞき込んで、指で欄をたどりながら小さい声で何か話していた。


前のほうにいた記者の人が、手を挙げた。


「一つ、いいですか」


「はい」


「どうやって聴いたのかが、どこにも書いていないんですが」


「書いていません」


「書き忘れではなく」


「その欄が、ありません」


会場のざわめきの質が、そこで変わった。


「三つの欄に書けるのは聴いた結果です。聴き方のほうは、この紙のどこにも入りません」


言いながら、自分でも整理がついていくのが分かった。


「だから、この紙を読んでも、真似はできません」


「……逆に、できないほうがいいということですか」


「はい」


そこは、はっきり言った。


「聴き方が書ければ、俺は書いています。書けないものを、書けるふりで渡すほうが危ないので」


日曜に入った三人の顔が浮かんだが、その話はしなかった。


紙の話をしている場所で、人の話をしても仕方がない。


記者の人は、答案の余白に何か長いことを書き込んでいた。


書き終わってから顔を上げて、もう質問はしなかった。



拍手が長く続いたので、何か言わなければいけない空気になった。


俺は立ち上がろうとして、失敗した。


膝から下が、自分のものでない感じがする。


一時間、同じ姿勢で座っていたせいだと思った。


秋津さんが肘を支えてくれて、二度目でようやく立てた。


入口の脇では、火村が壁にもたれたまま、こちらを見て笑っていた。


笑い方が、いい笑い方ではなかった。


あとで何か言われるやつだ。


国の人は、封を切った紙を封筒に戻してから、会場を出ていった。


最後まで一度も、結果について何も言わなかった。


「すごくないです」


マイクの前で、そう言った。


「毎日聴いてれば——」


そこで、言葉が止まった。


前から三列目の、中年の女の人が立っていたからだ。


会場の全員が、その人を見た。


その人は、自分でも立つつもりがなかったらしく、困った顔をしていた。


それでも、はっきりした声で言った。


「その毎日が、誰にもできないんですよ」


俺は、返事を探した。


十年のあいだ、俺はその毎日を誰にでもできることだと思って続けてきたので、その言い方は初めて聞くものだった。


「……はい」


結局、それしか出てこなかった。


拍手が、さっきより長かった。



帰りの電車で、窓に自分の顔が映っていた。


目のまわりが、目隠しの跡で赤くなっていた。


耳のほうは、まだ鳴っている感じが残っていた。


電車の走行音が、いつもより粒に聞こえた。


一日じゅう細かい音を拾っていた耳が、まだ切り替わっていないらしい。


北公園には、それでも寄った。


四番は、昨日と同じに鳴っていた。


家に着いてから手帳を開いて、いつもの三行を書いた。


書いてから、その下に一行だけ足した。


『三つの欄で足りる。足りないものは、書かない』


書いた字が、震えていた。


その震えは、たぶん、疲れのほうだ。



日曜の夕方、ルカさんから電話が来た。


『おじさん、いま平気ですか』


「平気です」


『登録者、百万いきました』


数字の言い方が、報告のそれだった。


通知のスクリーンショットを送ってきたわけでもない。


「おめでとうございます」


『……ありがとうございます』


声が、おめでとうを受け取る声ではなかった。


『昨日の切り抜き、また回ってて。それで一気に増えたんです』


「そうですか」


『あの』


電話の向こうで、息を吸う音がした。


『この数字の中に、あの三人の視聴も入ってたんだよね、って、思っちゃって』


その先を、彼女はしばらく言わなかった。


『私、これからも配信していいんですかね』


いい質問だ、と思った。


俺には答えられない質問だ、とも思った。


それでも、事実なら知っている。


「崩落の日に、ルカさんが中継を続けてくれました」


『……はい』


「あの日、ゲートの外にいた人たちは、中に誰がいるか分からないまま待っていました。名前が読み上げられるまで、六時間ありました」


『……はい』


「あの六時間、百三十五人の家族が、生中継を見られました。あれは、ルカさんの数字がやったことです」


電話が、静かになった。


『数字が、やった』


「数字は、使い方です」


使い方を決めるところから先は、俺の仕事ではない。


『……考えます』


「はい」


『考えてから、決めます』


「それがいいと思います」


決めるのは彼女で、決めたことの責任も彼女のものだ。


俺が言えるのは、あの六時間に起きた事実までだった。


電話を切って三十分ほど経ってから、通知が一つ鳴った。


彼女の新しい配信の告知だった。


タイトルは『今日は数字の話をします』だった。



――同じ夜。匿名掲示板・第七ダンジョン検証スレ


702:名無しの探索者

答案の写し、全部読んだ。速さと濁りが別の欄なのがやっぱり効いてる


705:名無しの探索者

>>702

そこより「聴き方の欄がない」だろ。あれで真似が死んだ


707:名無しの探索者

書けないものを書けるふりで渡すほうが危ない、な。役所の文書でこれ書ける人が実在するのが怖い


711:名無しの探索者

録音の三問だけ止まってるの、逆に信用できる。全部当たってたら仕込みを疑ってた


714:名無しの探索者

ところであの人の職業なんて呼べばいいんだ。点検員だと軽すぎる


716:名無しの探索者

柱の音を聴いて、どこが悪いか言い当てるんだろ


719:名無しの探索者

それ医者じゃん


722:名無しの探索者

聴いて診るんだから、あれはもう聴診だろ


723:名無しの探索者

聴診


725:名無しの探索者

聴診な


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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柱医
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