第33話 公開検証、受けます
水曜の会議室に、公社の人が六人いた。
広報が二人、法務が一人、所長と、現場所長が二人。
机の上には、申し入れの一覧が積んであった。
付箋の色が三種類ついていて、色の意味を誰も説明してくれなかった。
所長が、昨日から数えたらしい紙束の角を揃えた。
「六十三件だ。数えたぞ」
「ありがとうございます」
「それで、どれを受けるかの相談だが」
「条件は、こちらで作らせてください」
俺が言うと、広報の人が顔を上げた。
「条件、といいますと」
「向こうの出す形でやると、当てたか外したかの話にしかなりません」
紙を一枚もらって、三つ書いた。
書きながら説明した。
「一つ。目隠しをします。出題の順番は無作為で、立会いは公社でも報道でもない第三者にお願いします」
「第三者、というのは」
「国の調査に来られた方に、監査をお願いできないかと思っています」
広報の人が、手を止めた。
「先方に断られたら、どうします」
「断られたら、断られたと公表します。それも情報なので」
会議室が静かになった。
法務の人が、紙の束を置いていった日と同じ顔で、少しだけ笑った。
「向こうから来たがるでしょうね、それは」
「二つ。答えは、保全室の様式第一号に書きます」
秋津さんが持ってきた用紙を、机の上に配った。
壁際で立ったまま聞いていた猪狩さんが、一枚だけ取った。
下がり幅の欄。
濁りの欄。
速さの欄。
「口で答えると、あとで言い方の話になります。欄に書いた言葉だけを答えとして、あとで誰でも照合できるようにします」
現場所長の一人が、用紙を裏返して、また表に戻した。
第九の所長だった。
突貫のあいだ、この人は毎朝、瀬川さんの書いた紙を受け取っていた人でもある。
「照合用の、答案用紙みたいなものですか」
「はい。答案用紙です」
秋津さんが、手を挙げた。
「灰田さん。この様式、線の欄がないですけど、いいんですか」
会議室の全員が、秋津さんを見た。
俺は、そこが三つ目だと思った。
◇
「三つ。公開するのは、当たった数だけじゃありません」
紙の三行目を、指で押さえた。
「この欄に書けることと、書けないことを、両方公開します」
広報の人が、慎重な言い方をした。
「……書けないこと、というのは。弱点を出すという意味でしょうか」
「はい」
「それは、公社としては」
「隠すと、真似は増えます」
言葉が、思ったより短く出た。
「日曜に入った三人は、俺の聴き方が分からなかったから、聴こえた気がしただけで入りました。分からないものは、分かる気になれます」
「……はい」
「できない理由ごと、見せます」
法務の人が、紙に何か書き込んだ。
書き終えてから、広報の二人に向けて、短く言った。
「守るものが、公社の見え方から、次に入る人の命に変わるだけです」
広報の人は、返事をしなかったが、反対もしなかった。
猪狩さんが、腕を組んだまま口を開いた。
「様式が公のものになるなら、保険屋が喜びますよ」
「保険」
「数字が書式で出たら戻る、と言った人がいたでしょう」
その話を猪狩さんにしたのは、保全室ができた日の俺だ。
言った人は、まだ戻っていない。
広報の人たちは、しばらく相談していた。
それから、いちばん若い人が言った。
「録音を配って、機械で解析する会社に投げるという案が、申し入れの中に何件かあります。そのほうが客観的だと」
「当日、やりましょう」
「え」
「録音でやってみせます。そのほうが早いです」
言ってから、一拍おいて、付け足した。
「たぶん、うまくいきません。うまくいかないところを見てもらうのが、三つ目です」
◇
会場の話になった。
広報の人が、市民ホールの空きを調べ始めた。
音響がいい、収容が六百、配信の設備がある。
設営費の見積もりまで、その場で出てきた。
用意のいい人たちだった。
「会場は、要りません」
俺は言った。
「第四の見学通路で足ります」
「見学通路、ですか。柵の前の」
「はい。柱の音を聴く場所なので」
理由はそれだけだった。
生きている柱の前でしか、生きている柱の音は聴けない。
会議は、それで終わった。
帰りに、第七の受付に寄って、掲示の相談をした。
鶴見さんは、こちらを見ないまま、掲示の下書きを二枚作った。
定規を使わずに引いた罫線が、まっすぐだった。
一枚は事務的な文面で、もう一枚は、少しだけ言葉が優しかった。
「どちらでも、使ってください」
「ありがとうございます」
鶴見さんは、下書きを揃えてから、手を止めた。
「見学通路の入場券の控え、去年のぶんから残っています」
「要りますか」
「いえ」
顔を上げずに、続けた。
「私が、持っておきたいだけです」
八百円の券だった。
俺は、それを毎日買っていた頃のことを、特に思い出さなかった。
会場が決まって、掲示が二枚できた。
今日はそれで、十分に進んだ日だった。
◇
木曜の夕方、保全室のドアが、乱暴に開いた。
「おい」
火村が、入口の枠に手をついて立っていた。
「第九、行くと言ったのに終わってやがった」
「終わりました」
「終わりましたじゃねえよ。俺は第七が明けたら行くと言ったんだ。行き先がなくなったんだよ」
「すみません」
「お前が謝るとこじゃない」
火村は、部屋を見回して、勝手に椅子を引いた。
保全室の椅子は、まだ三脚しかない。
引いたのは、猪狩さんが兼務で座る日のための椅子だった。
秋津さんが、麦茶を出した。
火村は、一口飲んでから言った。
「で、土曜の護衛は無償だと聞いたが」
「まだ、誰にも頼んでいません」
「聞いたぞ、と言ってるんだ」
「……お願いできますか」
「最初からそう言え」
火村は、湯呑みを置いた。
「客が入るんだろ。柵の外でも、中は生きてるダンジョンだ。誰かが立ってないと駄目な日だ」
「はい」
「金は要らん。その代わり、俺の名前を出せ。S級が立ってると分かってるほうが、客がおとなしい」
理屈が通っていたので、頷いた。
火村は、帰り際に振り返って、一言だけ言った。
「お前、この前より顔色が悪いぞ」
◇
金曜の夜は、順路を早めに切り上げた。
北公園の換気塔で四番を取って、第四の二番は明日の朝に回してもらうと大久保さんに電話して、家に帰った。
明日の段取りを、手帳に書いた。
出題の数、休憩の位置、秋津さんの立ち位置。
見学通路の柵から柱までの距離。
風の抜ける方向と、その日の予報。
書いているうちに、一つ気づいて、その下に書き足した。
『一時間、聴きっぱなしか』
一時間、続けて聴いたことは、この十年で一度もない。
いちばん長かった崩落の日でも、聴いていたのは断続だった。
耳は、目と違って、閉じ方がない。
十時前に、布団に入った。
栓をするみたいに、早く寝た。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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