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ダンジョン点検員、リストラされる。〜「何もしてない」と切られた俺の巡回ルートで、翌週から事故が止まらない〜  作者: 更田遅筋


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第28話 画面の端のおじさん

火曜の朝の第九は、機械の半分だけが起きている。


搬入のコンベアが半速で回るあいだ、柱の音が機械の下から顔を出す。


港から潮のにおいが上がってきて、桟橋のクレーンはまだ寝ていた。


詰所の前では、夜勤明けの人たちが、湯気の立つ紙コップを持って並んでいた。


十一番の基部で足を止め、目を閉じた。


下がり幅、変わらず。


濁り、あり。


速さの欄は、今日も空欄。


手帳に書いて顔を上げると、瀬川さんが赤鉛筆を耳に挟んで立っていた。


「十一番、どうです」


「昨日と同じです」


「変わらんなら、よし」


瀬川さんは自分のボードに何か書きつけて、朝の列に戻っていった。


定点を始めて二日目の朝は、もう誰にも振り返られなかった。


日課というのは、二日目から日課の顔をするらしい。


コンベアが全速に戻る音で、今日の窓が閉まった。



昼、保全室の机で、手帳の予定の欄を開いた。


第四・二番、と自分の字で書いてある。


第九が終わったら夜の順路に足します、と大久保さんに言ったのは、突貫の五日目の朝だった。


第九は、終わった。


電話をかけると、二回で出た。


「灰田です。明日の閉場後、二番を聴きに伺いたいのですが」


『……ほんとに来るんですね、あんた』


「約束したので」


『うち、換気塔なんて洒落たものはないですよ。どこで聴くんです』


「換気塔がないなら、鍵で入ります。保全室の権限に、閉場後の立ち入りが入ってます。第四の所長さんには、今日中に話を通しておきます」


『……じゃあ、通用口の内側で待ってます』


「大久保さんは、いいんですよ。夜ですし」


『うちの柱ですよ』


それだけ言って、電話は切れた。



――同じ日の午後。動画投稿サイト、急上昇の一角


【神回】画面端のおじさん、全部聴こえてた【伝説の夜】


ひと月半前の崩落の夜の動画から、切り出された三分だった。


伸びの角度が、元の動画のときより急だった。


 何回見ても鳥肌が立つ


 「音がしてたでしょう、ずっと」のとこで毎回泣く


 人間側の計器って呼ばれてるの好き


 切り抜きから来た人は元の動画も見てくれ


 見た。三分で分かった気になってた自分が恥ずかしくなった


三分の動画の下に、十秒の動画が生まれ、十秒の下に、一言の字幕だけが残った。


短くなるほど、速く回った。



水曜の夜は、北公園の換気塔を先に回ってから、第四に向かった。


閉店後の駅前ビルは、案内放送もエスカレーターも止まって、床のワックスのにおいだけが濃かった。


昼間の第四しか、俺は知らなかった。


大久保さんは、通用口の内側で待っていた。


「書類、見ました。ほんとに通ってるんですね、ああいうの」


「権限は、鍵の親戚なので」


「……真顔で言うんだ、そういうこと」


入構の記録に室長証を通し、大久保さんが順番に照明を入れて、二番柱の基部まで歩いた。


通路の自動販売機だけが、閉店後も一人で明るかった。


すれ違った警備の人が、大久保さんに会釈して、俺の顔を見て、もう一度会釈した。


昼間は買い物客の足音が層になって降ってくる場所に、今夜は設備の音しかなかった。


楔と当て金は、打った日の形のまま、灯りの下で鈍く光っていた。


「応急のあと、湧きは落ち着いてます。例の三割増も、頭打ちです」


「数字が先に、いい報せをくれてますね」


「あんたが言い出した数え方でしょうが」


柵の外からではなく、基部の前で、目を閉じた。


機械が寝ているぶん、柱の声はよく通った。


下がり幅は、応急の前から動いていない。


濁りは、ある。


倍音の端が、まだ薄く滲んでいる。


第七の四番に残っているのと、同じ濁りだった。


「どうです」


「下がりは止まってます。濁りは残ってますが、進みは月単位です。急ぎません」


「……俺にも、聴かせてもらえますか」


大久保さんは基部に耳を寄せて、長いこと動かなかった。


一分は、聴いていたと思う。


顔を上げて、首を振った。


「駄目だ。ブーンとしか聴こえん」


秋津さんが、ノートに同じことを書いていた。


「代わりに、においは正常です。油も、水も、埃も」


大久保さんは、自分の鼻を指の背で叩いた。


「三十年、これでやってきたので。耳はあんたに任せます。鼻は、俺が持っときます」


役割の分け方があんまり自然だったので、返事の代わりに頷いた。


「順路には、週二回で足します。歪みの進みが月単位なので、それで足ります」


「上等です。毎晩来る気だったら、追い返すつもりでした」


「第七の換気塔が、毎晩あるので」


「無理のない範囲で頼みますよ。あんたに倒れられるのが、市内で一番困る」


帰り際、浅層の通気口の前で、足が止まった。


湧きの気配が、静かだった。


荒れていた頃の音を知っているので、静かなだけで、いい報せになった。


大久保さんも隣で足を止めて、鼻から息を一つ吸って、頷いた。


計器が二つに増えた夜だった。


通用口を出ると、大久保さんは、閉まったシャッターに向かって、鍵を二度確かめた。


「じゃ、次は金曜に」


「はい。よろしくお願いします」


駅までの道で、ルカさんから電話が来た。


『おじさん、いま大丈夫ですか』


「大丈夫です。歩いてます」


『……謝りたいことが、あって』


配信のときの声では、なかった。


『切り抜き、って分かります』


「短い動画ですよね。秋津さんが、昼休みによく見てます」


『崩落の日の私の動画から、勝手に切った動画が、いっぱい出てるんです。今週、それがすごく回ってて。運営にも聞いたんですけど、切り抜き自体は規約の内側で、止める手がなくて。……ごめんなさい。元は、私の動画なので』


「元は、俺の声なので、ルカさんのせいではないです」


『でも』


「事実しか話してないはずです、あの夜のことは。ルカさんもです」


電話の向こうが、静かになった。


『……そうなんです。全部ほんとのことなんです。切られても、盛られてない。それは私が保証できます』


「なら、困ることはないと思いますが」


『そう、なんですけど』


ルカさんは、何かを二度ほど言いかけて、やめた。


『変なことになったら、すぐ教えてください。私、一応そっち側のプロなので』


「変なこと、が起きたら、そうします」


電話を切ると、夜道には、いつもの街の音が戻った。


切り抜き、という言葉だけが、しばらく耳に残った。



――同じ夜。匿名掲示板・第七ダンジョン検証スレ


 例の切り抜き、母親に見せたら泣いてた


 国民的おじさん


 でもあの人が何をどう聴いてるのか、ちゃんと説明できる奴いる?


 本人が答え言ってたろ。毎日聴いてれば普通、って


 で、俺らも聴けば分かるんじゃね?


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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