表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン点検員、リストラされる。〜「何もしてない」と切られた俺の巡回ルートで、翌週から事故が止まらない〜  作者: 更田遅筋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/27

第22話 徹夜明けの朝礼

工程表が書き上がったのは、明け方の四時だった。


第九の事務所の机で、瀬川さんと二人、班割りと退避線と笛の取り決めを、一晩かけて紙にした。


深夜一時の停止帯には、二人で六番の音を聴きに出た。


四十五分の静寂の底で、六番の唸りは、嫌な感じに低かった。


気がした、では数字にしない。


それに、差分は、同じ条件の窓同士でしか取れない。


昨日の基準が朝の窓なら、今日の答えも、朝の窓で取る。


そう決めて、机に戻った。


仮眠は、椅子で一時間だけ取った。


朝のシフト交代、コンベアが半速に落ちる十分間。


騒音の底から六番の唸りを引き上げるのに、昨日の倍かかった。


騒音のせいだけでは、なかった。


徹夜の耳は、鈍る。


耳は、目より先に壊れます——秋津さんに言った言葉が、そのまま自分に跳ね返ってきた。


だから、差分は二度取った。


一度目と二度目が同じ数字を指すのを確かめてから、顔を上げた。


「瀬川さん。予定どおりなら、残り十三日のはずです。——十二日です」


瀬川さんの喉が、上下した。


「一日、食われた」


「夜のあいだの進みが、読みの上を行きました。ずれるなら、前に、と言ったとおりです。悪い報せですが、驚く報せではないです」


「……朝礼で、そのまま言いますか」


「そのまま言います。丸めた数字は、現場に信じてもらえないので」



朝礼は、ゲート脇の資材置き場でやった。


第一陣の補修班が十二人。


護衛のS級が二人——四人が、二人ずつの交代で回すのだそうだ。


第九の保全班が三人、第四から応援に来た大久保さんの班が三人。


第一陣は、これで二十人。


昼から入る第二陣が十四人で、今日の名簿は、合わせて三十四人になる。


朝日の中に、ヘルメットが並んだ。


「今朝の測定で、期限は残り十二日です。昨日より、一日縮みました」


小さいざわめきが走って、消えた。


「この数字は、毎朝、俺が引き直します。縮むことはあっても、伸びることはないと思ってください」


それから、決めごとを順番に言った。


コンベアの緊急停止は、各層の赤い引き綱。


引いたら、戻るまで動かない。


迷ったら、引く。


止めた責任は、全部こちらで持つ。


三十一層から下は、北から風が回り込んで、粉塵が滞る。


火花の作業の前に、必ず風を確かめる。


笛は、短く二回が退避、長く一回が集合。


無線の通らない場所では、笛だけが声になる。


「最後に一つ。湧きの気配があれば、俺の無線で作業を止めます。三分止まったら、そういうことだと思って、手を止めて、音を立てないでください」


出た質問は、二つだった。


「引き綱を引いて、何もなかったら、どうなります」


「何もなかった、が一番いい報告です」


解散のとき、大久保さんが横に来た。


「灰田さん。あんた、寝てないでしょう」


「一時間、寝ました」


「顔に、徹夜って書いてありますよ」


大久保さんは、俺の顔をしばらく見た。


「前にも言いましたがね。こういう夜、多すぎやしませんか」


「今日は、特別です」


「特別が続くんですよ、あんたの場合」


返す言葉がなかったので、黙っておいた。


昼まで仮眠、の約束をさせられた。


備品じゃない、と言った人に、備品より丁寧に管理されている。



昼、事務所の仮眠室で目を覚ますと、弁当が届いていた。


三十四個。


数えてから、入坑のボードを見た。


規制区画の中にいるのが二十六人、地上と浅層に八人、合わせて三十四。


数が、合っている。


ボードの正の字は、秋津さんの字だった。


今朝から、規制区画に入る人と出る人を数える係を、彼に頼んである。


「これ、崩落のときのあれですよね。資料で読みました」


「型は、同じです。中に何人いるかは、いつでも言えるようにしておきます」


秋津さんのノートは、初現場の半日で、もう真ん中まで来ていた。


弁当を配りながら、大久保さんが言った。


「そういえば、おたくの会議で、保険が降りたそうで」


「降りました。正しい降り方でしたけど」


「うちにも先週、査定の人が来ましてね。静かな人でした。第四は応急と規制が入っているので、通常の扱いです、って。それだけ確かめて、帰っていきました」


応急が入っていて、規制が効いていて、実害が出ていない。


だから、通常。


期限つきの柱を抱えたまま掘り続ける第九とは、扱いが違う。


正確な人だ、と思った。



午後は、六番の柱身の点検口にいた。


作業の打撃音が、柱を伝って上がってくる。


打つ、返る、打つ、返る。


いい調子の音だった。


三時前、返りの底に、砂を撒くような足音が混ざり始めた。


小物の群れが、振動に寄ってくる音だ。


数は多いが、足が軽い。


「作業、三分止めてください」


無線に言うと、地の底の打撃音が、すっと消えた。


足音の群れは、寄る先を失って、散り始めた。


散り切らずに残った一群れだけが、作業場のほうへ流れた。


三分きっかりで、無線が鳴った。


『こちら護衛。片付いた。怪我人なし』


姿勢のいい、あの仏頂面のS級の声だった。


『数は五。……聞くんだろう、あんた。同業から聞いてる』


「助かります。明日の読みに使います」


ボードの端に、秋津さんがメモを書き足すのが見えた。


五、と書いてあった。



夜、公社から報せが届いた。


事務所のファクスが吐いた紙を、瀬川さんが持ってきた。


国の調査団の中間報告が上がり、理事会が招集された、とある。


日付は、水曜。


議題は、二つ。


「第七ダンジョンにおける設備事故ゼロの真因について」


「当該職員の解雇の経緯について」


真因なら、俺も知りたい。


そう思ってから、一拍おいて、気づいた。


当該職員というのは、俺のことか。


自分が議題になる感覚は、どうにも実感が湧かなかった。


俺の期限は、理事会ではなく、十二日のほうだ。


紙を畳んで、明日の朝の窓の時間を、頭の中で確かめた。



――同じ夜。第七の詰所。


保全課の島に、猪狩だけが残っていた。


机の上には、第七の八本ぶんの生ログの打ち出しと、情報公開ページから落とした、年度締めの古い綴り。


ノートには、ネットの検証班がやっていた並べ方が、書き写してある。


ドリフトの始点で、揃える。


八本ぶんを並べ終えて、猪狩は首の後ろを揉んだ。


「……第七だけじゃ、足りんな」


市内の柱は、二十七本。


残りの十八本の、いま動いているログは、猪狩の権限では見られない。


横断で見られる人間は、今のところ、市のどこにもいない。


そういう部署が要るんだろうな、と思いながら、猪狩は打ち出しの束を、鍵のかかる引き出しにしまった。


形になるまでは、言わない。


形になっていないものを、あの耳の横に置くのは、失礼な気がした。



夜十時前、スマホが鳴った。


鶴見さんだった。


「灰田さん。夜分にすみません」


声は、いつもどおりだった。


いつもどおりに聞こえるように話しているのが、電話越しでも分かった。


「理事会の件、ご存じですか」


「今日、報せが来ました。水曜だそうですね」


「はい。それで、私」


短い息継ぎが、一つ。


「——呼ばれました。証人として」


何を証言するのか、とは聞かなかった。


日付と、見たこと。


あの人が言うのは、いつだってそれだけだ。


「鶴見さん」


「はい」


「いつもどおりで、大丈夫です」


電話の向こうで、少しだけ間があって、それから、笑う気配がした。


「……受付が慌てたら、みんなが慌てますから」


最後まで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になったら、評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ