表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン点検員、リストラされる。〜「何もしてない」と切られた俺の巡回ルートで、翌週から事故が止まらない〜  作者: 更田遅筋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/45

第16話 第四の排水路

殻背負いの翌朝も、第四は普通に開いた。


普通に開けるために、昨日の夜のうちに決めたことが、いくつも動いている。


東回りの継続。


二番区画の立入自主規制。


浅層の巡回頻度の倍増。


営業の継続そのものは、公社と第四の所長の連名決裁で、この三つを条件に付けて、昨夜のうちに下りていた。


開けると決めた人の名前がある決裁は、閉めどきも決められる決裁だ。


守りは張った。


でも、守りは治療ではない。


治すためには、二番柱が痩せていく理由を、潰せるものから潰していくしかない。


朝の聴取で、俺は柱ではなく、床を聴いた。


この一週間、俺の耳は、二番の濁りと通気口の気配に、全部使われていた。


床下の水音は、営業中の商業ビルの騒がしさの下では、狙って聴かないと届かない。


今日から、狙う。


二番柱の区画の脇を、排水路が通っている。


第四の排水は、全層の水を集めて、湾側の処理場に送る設計だ。


耳を澄ます。


水音。


とと、とと、と流れる音の中に、一箇所だけ、音程の高いところがある。


水音は、水路の断面が細いほど、高くなる。


笛と同じ理屈だ。


高い音は、詰まりの音だ。


第七で十年、この音で詰まりの位置を当ててきた。


「大久保さん。排水路、詰まってます」


「……音で分かるんですか、それも」


「位置も分かります。二番柱の基部から、下流に八メートル。点検口で言うと、D-4の先です」


大久保さんは、もう驚かなかった。


手帳を出して、D-4、と書いた。


驚くのをやめた人は、書き取るのが早くなる。



昼、閉場を待たずに、排水路の点検口が開いた。


営業への影響がない区画だったのが、幸いだった。


班の若い人が二人、防水の装備で降りていく。


俺も縁に膝をついて、覗き込んだ。


覗き込んで、片足を掛けたところで、襟を掴まれた。


「顧問はそこで」


大久保さんだった。


「位置は俺が言ったので、中の確認も俺が」


「顧問はそこで」


「狭い水路の音は、中で聴いたほうが」


「あんたの耳は、うちの班の備品じゃないんですよ」


言い方は冗談だったが、掴んだ襟は離れなかった。


備品より大事に扱われている、ということらしかった。


待っているあいだ、大久保さんは点検口に向かって、何度も「無理するな」と声を投げた。


返事は毎回、「大丈夫でーす」だった。


現場の無事は、だいたい、この間延びした返事でできている。


十五分後、下から声が上がった。


「班長ー! ありました! D-4の三メートル先、八割方塞がってます!」


引き上げられたのは、灰色の固まりだった。


油脂と土砂が、何年もかけて練り合わさったやつだ。


商業ビルの排水が混ざる系統では、よくできる。


「これが、柱と関係あるんですか」


「あります。詰まりの上流は、水位が上がります。上がった水は、逃げ場を探して、地盤に染みます」


「染みた先が」


「二番柱の基部です。支持部の金物は、濡れて乾いてを繰り返すと、痩せるのが早くなります」


大久保さんは、固まりと、二番柱の方角を、順番に見た。


「じゃあ、こいつを取れば」


「痩せる速さは、落ちるはずです」


はずです、で止めた。


落ちる幅は、取ってみて、聴いてみないと分からない。


その日のうちに、詰まりは撤去された。


水音から、高い一点が消えた。


とと、とと、と、二十六年前の設計どおりの音程で、水が流れ始めた。



翌日の昼、ゲートの前でルカさんに捕まった。


「おじさん。約束、覚えてます?」


撮影機は、肩から降ろして、ランプも消えていた。


カメラを回さずに聞きに来た、ということだ。


「理由ができたら、教える約束です。……一昨日ので、半分は分かりましたけど。二番の柱が悪いから、あの区画の魔物が増えてるんですよね。ギルドの掲示にも、そう書いてあったし」


「はい」


「じゃあ、聞きたいのは残り半分です」


彼女は、少しだけ声を落とした。


「おじさん、柱が悪いって知ってて、私に浅層を勧めましたよね。悪いものが上がってくるのは、浅層なのに」


いい質問だった。


ごまかせる質問でもなかった。


「浅層は、安全な場所じゃないです」


俺は言った。


「逃げられる場所です」


「……逃げられる場所」


「はい。深層で何かに遭えば、地上まで一時間かかります。浅層なら、歩いて十分です。俺が皆さんにできるのは、危険をゼロにすることじゃなくて、何かあったときに、全員が歩いて帰れる場所に、いてもらうことです」


「一昨日、私、歩いて帰りました」


「見てました」


「走りません、歩きます、って言ったの、聞いてました?」


「防災センターで。あなたの配信も、モニターに出ていたので」


「……正しかったです、私」


「正しかったです」


ルカさんは、口をへの字にして、それから、ふっと崩した。


「……なんだ。ちゃんと理屈があるんじゃないですか。最初からそう言ってくれれば」


「騒ぎになると、困る段階だったので」


「今は?」


「掲示に書いてあるとおりです。あなたに関わる分で、隠してることは、もうないです」


「わかりました」


彼女は撮影機を担ぎ直した。


「じゃ、今日も浅層編でーす。……逃げられる場所、か。今度の配信で使っていいですか、それ」


「どうぞ」


「おじさんが言ってた、って言いますよ」


「言わなくていいです」


「言いまーす」


背中で手を振って、彼女はゲートの中に消えた。


撮影機の赤いランプが点くのが、改札の向こうに小さく見えた。



週明けの月曜、朝一番で、楔の資材が届いた。


荷下ろしを横目に、俺は二番柱の前に立った。


詰まりを取って、三日。


柵に手をかけて、耳を澄ます。


濁りの進みを、この三日ぶんの記憶と並べて、差分を取る。


遅く、なっている。


進みの速さは、詰まりを取る前の、だいたい半分だ。


水は、確かに犯人の一人だった。


でも。


半分しか、遅くならなかった。


詰まりが痩せの理由の全部なら、進みは止まるか、止まる寸前まで落ちるはずだ。


半分残っている、ということは。


水以外の理由が、まだこの柱の中で、動き続けている。


「灰田さん。楔、今日の夜から入れます」


「お願いします。応急が効けば、残りの半分も、当分は抑えられます」


「残りの半分、ね」


大久保さんは、俺の言い方を、そのまま繰り返した。


「その半分の正体は、なんなんです」


「分かりません」


正直に言った。


「水を消して、残ったものが、まだ名前を持ってないので」



夜、事務室の隅で、手帳を開いた。


三本の柱の記録を、横に並べる。


第三柱の、最後の八日間。


第七の四番の、この半月。


第四の二番の、この九日。


速さは、全部違う。


第三柱は崖で、四番は坂で、二番は、詰まりを取った今、緩い坂になった。


でも、下がり方の形。


倍音のどの層から、どの順番で崩れていくか。


その形が。


三本とも、同じ向きを向いている。


下がり方の形が、似ている。


速さは、違うのに。


手帳を閉じて、目を閉じた。


速さには、それぞれの理由があった。


第三柱の速さの理由は、まだ分からない。


二番の速さの理由は、半分が水だった。


でも、形の理由は。


形だけは、三本に共通の、何かだ。


まだ、言わない。


水を消したように、一つずつ消していって、最後に残ったものにだけ、名前を付ける。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になったら、評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ