表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン点検員、リストラされる。〜「何もしてない」と切られた俺の巡回ルートで、翌週から事故が止まらない〜  作者: 更田遅筋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/25

第12話 臨時顧問

火村さんが「三日で決めてやる」と言った、その三日目の朝だった。


チャイムが鳴って、ドアを開けると、猪狩さんが立っていた。


今度は、作業服ではなくスーツだった。


ネクタイの結び目が、少し曲がっていた。


慣れていないのだと思う。


「灰田さん。……迎えに来ました」


「聞いてます。三日で決める、と言った人がいたので」


「決まりました。というか、決めさせられました」


猪狩さんは、疲れた顔で笑った。


「S級五人の連名の要望書。生還者の会の嘆願書、百三十五人中、百三十一人分。それと、署名が四万」


「四万」


「あの配信の子の視聴者さんたちだそうです。……うちの所長、昨日、書類の山を前にして言ってましたよ。この山より、崩落のほうがまだ軽かった、って」


冗談の言い方だったが、目は笑っていなかった。


「正式な話は、所長から。……その、なんです」


彼は、玄関先で少しだけ言い淀んだ。


「場所が、あの会議室なんです。査定の面談をやってた部屋。他が全部、調査団に取られてまして。……嫌なら、変えさせます」


「部屋は、部屋ですよ」


俺は、上着を取った。


いつも夜に換気塔へ持っていく、あの上着しか、なかった。



会議室の長机の向こうに、所長が座っていた。


皆木部長の姿は、なかった。


査定部は関係のない議題だから、当然といえば当然だった。


ここで俺に引導を渡した部署のことを、今の俺は、思い出す暇もなかった。


所長は、俺が椅子に座る前に、立ち上がって頭を下げた。


「灰田さん。公社を代表して、お詫びとお願いに上がるべきところを、来ていただく形になって、申し訳ない」


「座ってください。話が聞けないので」


所長は、変な間を置いてから座った。


猪狩さんが、横で咳払いをした。


「単刀直入に申し上げます。公社は、あなたに戻っていただきたい。ただ、その、元の職制のままというわけには、世間が」


所長は、一枚の書類を、机の上で滑らせた。


「特別技術顧問。それが、用意できる一番上の席です」


肩書の横に、報酬の月額が書いてあった。


点検員の頃の、四倍あった。


「顧問というのは、何をする役ですか」


「は?」


「仕事の中身です」


所長と猪狩さんが、顔を見合わせた。


「……会議に出ていただいて、技術的な判断に、その、助言を」


「会議室から、柱の音は聴こえないですが」


「え?」


「音を聴くのが、俺の仕事です。会議は、聴いた結果を渡す場所です。渡すだけなら、紙でも足ります」


所長は、口を開けたまま、固まった。


十年前からこの公社にいる人だ。


報酬を値切られたことは、あっても。


仕事の中身を値切られたことは、なかったのだと思う。


「点検員として、雇ってください」


俺は言った。


「巡回して、聴いて、記録を出す。それが俺のできることの、全部です。肩書は、なんでもいいです。臨時でも、嘱託でも」


「し、しかし灰田さん、世間がそれでは納得を」


「世間は、俺を雇っていないので」


猪狩さんが、横で下を向いた。


肩が、小さく揺れていた。



三十分後、書類はこうなった。


肩書、臨時顧問。


これは所長が「これだけは呑んでくれ」と、ほとんど拝むように残した。


顧問の名前がないと、封鎖現場への入構許可が本部で通らないのだそうだ。


肩書は、鍵の付属品ということで、呑んだ。


職務内容の欄には、俺が言ったとおりの文言が入った。


「市内全ダンジョン設備の巡回、聴音点検、および記録の提出」


市内全、の三文字は、所長が足した。


第七だけでなく、残り二つのダンジョンも聴いてほしい、ということだった。


これは、ありがたかった。


こちらから頼むつもりだった仕事を、向こうの椅子に座ったまま貰えた。


報酬の欄は、点検員の給与規定の準用になった。


四倍の数字を消させるのに、一番時間がかかった。


「最後に、一つだけ、お願いがあります」


「なんなりと」


「受付の鶴見さんが崩落の前に出した閉鎖の進言、文書で残っているはずです。あれを、破棄せずに正式な記録として保存してください。顛末書と、一緒に」


所長の顔が、一瞬、動きを止めた。


「……あの文書は、その、扱いが宙に浮いたままで」


「公社で唯一、崩落の前に、書面で警告した記録です」


俺は言った。


「あれが残っていないと、この公社は、誰も何も言わなかった組織になります。言った人が一人いた、という事実のほうが、公社のためだと思いますが」


所長は、長いあいだ黙っていた。


本部にどう通すかを、頭の中で数えている顔だった。


それから、書類の余白に小さくメモを取った。


「……検討ではなく、保存します。約束します」



帰りに、受付の前を通った。


鶴見さんが、カウンターの中に座っていた。


「灰田さん」


彼女は、引き出しから小さな袋を出して、カウンターに置いた。


名刺の束だった。


「預かってたものです。三十枚……今朝までで、四十六枚になりました。要るなら、渡そうと思って」


「まだ、要らないです」


「じゃあ、まだ預かっておきます」


彼女は袋を引き出しに戻して、それから、新しい入構証をカウンターに置いた。


顔写真の下に、臨時顧問、と印字してあった。


「さっき、発行してきました。……十年前に、職員証を発行したのも私なんですよ。覚えてます?」


「すみません。覚えてないです」


「でしょうね」


鶴見さんは、笑った。


「あのとき灰田さん、写真の顔が硬すぎて、二回撮り直したんですよ。係の人に、力を抜いてくださいって言われて、余計に硬くなって」


そんなことが、あったのか。


俺の十年の一番最初を、この人は俺より正確に持っている。


「今度のは、覚えててください」


入構証を受け取った。


首から下げる紐が、前のより、少しいいものになっていた。



その日の夕方、俺は八日ぶりに、第七の中にいた。


封鎖された見学通路は、非常灯だけで、静かだった。


八百円は、要らなかった。


首から下げた入構証と、猪狩さんから渡された点検口の鍵の束が、あるだけだ。


鍵の束は、十年間使っていたものと、同じ型だった。


手の中の重さで、分かった。


一番奥ではなく、今日は、四番柱の区画まで行けた。


入構の条件は、浅層区画まで。


その下の層は、護衛付きの補修班しか入れない。


入構証の裏に、小さくそう刷ってあった。


柵の外からではなく、四番の柱身の点検口の、真横まで。


結界柱は、深層の基部から浅層の天井まで、全層を貫いて立っている。


柱身に耳を付ければ、基部の音は、柱そのものを伝って上がってくる。


耳を、当てる。


ダクト越しに何百メートルも渡ってきた音ではなく、柱そのものの、生の唸り。


換気塔では途中で削れて消えていた、細い倍音の層が、全部そろって鳴っていた。


鍵というのは、つまり、この層のことだ。


歪みが、はっきり聴こえた。


第三柱の最後の八日間と、同じ種類の音。


まだ浅い。


進みも、遅い。


急げば、間に合う。


それは、いい。


間に合わせるのが、俺の仕事に戻った。


問題は、その先だ。


第三柱は、崩れて、原因ごと瓦礫の下だ。


四番は、まだ立っていて、同じ音を鳴らしている。


つまり、この柱は。


あの歪みの正体に、耳を当てられる、最初の一本だ。


「……なんでこんな音になったのか、教えてもらうからな」


久しぶりに、仕事として、柱に触れた。


黒い胴は、あの日と同じ顔で、低く唸っていた。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になったら、評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ