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追放された王女の娘は侍女となって家族を取り戻します  作者: 鶴見 日向子


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最終話 皆の幸せとともに

この回で最終話です

その日から、リヒャルトは毎日、回復のための訓練に励んだ。


そして、ついに支えなしで階段を上れるまでになっていた。


「陛下、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。」


上王は、うつろな目でリヒャルトを見つめた。


「リヒャルト……私を迎えに来てくれたのか? エレナはいっしょではないのか?」


リヒャルトの表情が少しだけ曇る。


「いいえ、私一人でございます。エレナ様は、まだ遠くにいらっしゃいます。」


そう答えると、上王は静かにうなずいた。


「だったら、エレナのところへ戻って伝えてくれ。


『私はアリスの花嫁姿を見るまでは、そちらへは行けぬ』とな。」


「かしこまりました。


ですが、私もアリスの花嫁姿を見届けたいと思っておりますので、こちらに留まらせていただきます。」


リヒャルトが答えると、上王は穏やかに笑った。


「そうか。アリスが気になって、天国から戻ってきてしまったのだな。


好きにするとよい。だが、できればエレナも連れてきてほしかった。」


リヒャルトは苦笑した。


「申し訳ございません。なぜか、私だけ戻ってきてしまいました。


これからも温かく見守っていただけますと幸いです。」


「わかった。


二人でエレナの分まで、アリスの花嫁姿を見届けよう。」


「かしこまりましてございます。」


リヒャルトは笑顔で頭を下げた。


上王の表情も明るくなった。


だが、あの日以来、上王が自ら歩くことはなかった。


ある日、リヒャルトは国王に提案した。


「一階へお部屋を移し、車椅子で庭を散歩されてはいかがでしょう。」


国王は静かに首を横へ振る。


「……できれば、今のままでいてほしい。


中途半端に元気になられる方が困るのだ。


そなたも、それで大怪我を負ったではないか。


二度と、あのような事故は起こしてほしくない。」


リヒャルトは何も言えなかった。


今回の事故で、弱った老人の介護がどれほど人手と時間を必要とし、介護する者の心まで削るものなのかを、身をもって思い知っていたからである。


「我々も、いずれ通る道だ。


誰にも迷惑をかけず、穏やかに旅立ちたいものだ。」


国王がぽつりと言う。


「まだまだお若いではありませんか。」


リヒャルトは苦笑した。


「王太子から見れば、立派な中年らしい。


心だけは若いつもりなのだがな。」


国王も笑う。


「そなたは無理をせず、ゆっくり体を治してくれ。


記憶がなくても、そなたはそなた。


そばにいてくれるだけで心強い。」


そして、少し照れくさそうに付け加えた。


「義兄上。


これからは、アリスとカイルの護衛を頼みたい。


公爵も一度は引退された身だ。


補佐として、そなたがいてくれれば安心できる。


二人はまだ若い。支えてやってほしい。」


「義兄上」と呼ばれ、リヒャルトは目を丸くした。


「前のように名前で呼んでください。


何だか、こそばゆいです。」


困ったように頭をかく。


「おや? そういう記憶は戻ったのか?」


「なんとなく……ですが。」


「いや。


昔は遠慮しておったが、今度こそ義兄上と呼ばせてもらう。」


国王は楽しそうに笑う。


「私も、お義兄さまとお呼びいたします。」


王妃も上品に微笑んだ。



その後、カイルは国王夫妻とともに、ベルンシュタイン王国で行われるヘンリー王太子の立太子式へ招待された。


アリスとリヒャルトも同行する。


「城の留守はお任せください。


行ってらっしゃいませ。」


王太子が明るく手を振った。


馬車が動き出す。


「あれにも妻が必要だな。


誰か良い娘がおればよいのだが。」


国王がぽつりとつぶやく。


「いっそ、ベルンシュタインから迎えるのも良いかもしれません。


意外と貴族令嬢が余っているそうですよ。」


カイルはディシスから聞いた話を思い出して答えた。


「ディシスとは、そなたをさらった男であろう?


信用できるのか?」


国王夫妻はそろって眉をひそめる。


その横でカーティスが吹き出した。


「本人は至って真面目なんですけどね。


見る目だけは確かです。


反乱軍の動きを真っ先に見つけたのもディシスですし、リヒャルトを見つけてくれたのも彼です。


何より、ヘンリー王太子殿下が最も信頼している側近でございます。」


「ならば、我が王太子より、まずディシスに妻を紹介した方がよいのではないか?」


国王が真顔で言う。


「本人に、その気が全くございません。


彼が一生愛し続ける女性は、おそらく亡きエレナ様なのでしょう。」


馬車の中が静かになった。


「身分違いだと分かっていても、私もディシスも本気でした。」


カーティスは懐かしそうに笑う。


「なんで、そのようなことをご存じなのですか?」


カイルが不思議そうに尋ねる。


「『どちらが先にエレナ様のお心をつかむか』と競っておりましたから。」


カーティスは肩をすくめた。


「リヒャルトが亡くなったと聞き、私たちはすぐにエレナ様を訪ねました。


ですが、もともと産後の肥立ちが良くなかったらしく……


あっという間に床に伏してしまわれたのです。」


「お母様は、大人気だったのですね。」


アリスは目を丸くする。


「そなたもではないか。


ベルンシュタインの王太子殿下に、我が国の王太子殿下。


しかも二人とも本気だった。」


カーティスは笑った。


「私は、先によい妻と巡り会い、二人の息子に恵まれた。


そういえば兄の家には娘がおったな……


王太子殿下に会わせてみるか。」


「私の義姉様ですね。


一度ご挨拶に伺いましたが、とてもお優しい方でした。」


アリスが微笑む。


「アリスが勧めるのであれば、よいかもしれぬ。」


国王も満足そうにうなずいた。


馬車の中は終始、和やかな笑いに包まれていた。


その頃――


ベルンシュタインの城では、ディシスが立て続けにくしゃみをしていた。


「誰かが私の噂をしておりますね……。」


「悪口だろう。」


相方の騎士が即座に言い返した。



ヘンリーの王太子立太式は、無事に執り行われた。


その凛々しい姿に、誰もが感動を覚えていた。


母親に振り回され、母の愛情を知らずに育った問題児だったヘンリー。


その彼が知識を身につけ、立派な王太子となれたのは、カイルの支えがあったからにほかならない。


「約束は守ってくださいね。


これからも兄上は兄上です。そして、アリスちゃんは私の妹。


よろしく頼みます。」


ヘンリーは笑顔で手を差し出した。


「はい、ヘンリーお兄様。


我が国の王太子殿下にも『兄と呼んでほしい』と言われましたので、お兄様が三人になってしまいました。」


アリスは困ったように笑う。


「どう呼び分ければいいのでしょう……。」


「いや、一人だけ『お兄様』と呼ばなくて済む相手がおるぞ。」


カーティスがくすりと笑った。


「えっ?」


アリスが首をかしげる。


「カイルは、そなたの夫になるのだ。


その時は、お兄様ではなくなる。」


王太子がにやりと笑った。


「え、えっと……それは、まだ先の話で……。」


カイルは頭をかきながら照れ笑いを浮かべる。


「公爵が申しておったぞ。


『アリスはカイルと添い遂げさせるつもりで養女に迎えた』と。


そなたたちの縁は、最初から決まっていたのだ。」


「兄上なら安心です。


どうか、アリス殿を幸せにしてください。」


ヘンリーが真剣な表情で言った。


「父上がそう決められたのであれば従う。


父上のおかげで私はこの国へ帰ることができたのだから。」


「もっと素直になりませんか。


『アリスが好きだから娶る』と、そう言わないと許しません。」


ヘンリーは笑いながらカイルの肩に腕を回した。


「……そなたに言われたら逆らえない。」


カイルは観念したように息をつく。


「そうだ。


私はアリスが好きだ。


だから結婚する。」


やけくそ気味に叫ぶと、その場は大きな笑いに包まれた。


その話は、ほどなくして国王の耳にも届く。


「善は急げだ。


本人たちの気が変わらぬうちにな。」


リヒャルトも静かにうなずいた。


「私も賛成です。」


こうして、城でアリスとカイルの結婚式が行われることになった。


城中が祝福に包まれる。


ヘンリーもディシスを連れて参列していた。


その隣に、一人の侯爵令嬢が座る。


カーティスの姪である。


穏やかで優しい笑みを浮かべる女性だった。


ヘンリーの胸が高鳴る。


話してみると知性にあふれ、気遣いも自然だった。


「……しばらくしたら、ベルンシュタインへ遊びに来ていただけませんか?」


もう彼を縛る母親はいない。国王同士の許可があれば・・・・


ヘンリーは初めて、自分の気持ちに素直になれた。


皆はその様子を微笑ましくみつめていた。


「あとは、うちの王太子ですねえ。


ベルンシュタインに、誰かよい女性はおりませんか?」


「いたら、とっくに私が娶っています。」


ディシスが残念そうに肩をすくめる。


「そう言いながら、何人もの女性と浮名を流しているじゃありませんか。」


相棒の騎士がすかさず突っ込む。


「誤解だあ!


ヘンリー王子にふさわしい女性を探していただけだ!」


「そういうことにしておきましょう。」


相棒は笑って肩をたたいた。


やがて、アリスとカイルの結婚式が始まる。


二人は皆に祝福され、幸せそうに微笑んでいた。


その姿を見届けた上王が、静かにつぶやく。


「エレナ……迎えに来てくれたのだな。


ありがとう。」


その顔は、とても穏やかだった。


車椅子に座ったまま、上王は静かに息を引き取っていた。


リヒャルトは何も言わず、しばらくしてから、車椅子を押してその場を離れた。



「結婚式のあとに葬儀とは、あまり縁起がよくないな。」


駆けつけた国王は静かにつぶやいた。


「リヒャルトの事故もあった。


今回は身内だけで静かに見送ろう。」


こうして、元国王の死は、静かに国内へと伝えられた。


「さて、私たちは元の領地へ戻ります。」


公爵が穏やかに言う。


「アリスも、もう川へ落ちることはあるまい。


カイルとリヒャルトがついている。」


リヒャルトもうれしそうに笑った。


「私も、ようやく農家へ戻れます。」


国王は、本当はリヒャルトに城へ残ってほしかった。


だが、階段から落ちた傷も、記憶も、まだ完全には戻っていない。


「いつでも遊びに来てくれ。」


名残惜しそうに国王は言った。


「もちろんです。」


王太子も笑顔で続ける。


「絶対に公爵領へ遊びに行きます。


今度こそ、魚の捕り方を教えてください。」


皆が笑った。


公爵夫妻は年を重ねていたが、リヒャルトが支えとなり、領地はさらに豊かになっていく。


アリスも馬の世話がすっかり上手になっていた。


かつて一緒に崖から落ちそうになった馬は、アリスを見ると足踏みをして喜ぶ。


「あの時は、ごめんね。」


アリスは馬の首を優しくなでた。


「さあ、新しい生活の始まりだ。」


リヒャルトが穏やかに言う。


農村を吹き抜ける風は、柔らかく温かかった。


時折、城から誰かがお忍びで訪ねてくる。


その屋敷には、いつも笑い声が絶えなかった。


やがて、公爵夫妻にはかわいい孫も生まれる。


「方向音痴でないといいのだが……。」


リヒャルトとカイルは少し心配したが、その必要はなさそうだった。


五人は顔を見合わせ、ほっと笑う。


こうして侯爵領は、質素ながらも温かな場所として、代々受け継がれていく。


皆の幸せとともに。

終わりまでお読みいただきありがとうございました。



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