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第1話 「お帰りください」

「ハル、お客さんが来てる」

「お、珍しいな」


 夜も更け、周りの景色も闇に紛れて見えなくなる時分。

 この宿屋で働いているエルフの少女「リーフ」が、大きな耳をぴこぴこと揺らして俺に報告した。

 厨房で夕飯の準備をしていた俺は、リーフに鍋の番を任せる。


「リーフ、いつものように煮立ってきたら火を消してくれ。底が焦げちゃうから」

「りょー」

「あと念のために言っておくけど、つまみ食いするんじゃないぞ」

「………………りょ〜〜……」


 やや間を置いた後、リーフが返答をした。

 油断も隙もあったものではない。


 ドンドンドンドン! と、宿の玄関の扉が鳴った。やたらと乱暴な客だな。


「はいはーい、いま行きますよ〜」


 俺は玄関に向かって返事をした。エプロンで手を拭いつつ、玄関に駆け寄る。

 ドアノブに手をかけ、ドアを開ける。


「いらっしゃ〜い、こんな辺境の宿屋にようこ……」


 ——挨拶の途中で、俺は声に詰まってしまった。

 なぜなら、その宿の来訪者が、あまりにも予想外の人物だったからだ。


「………………」


 こちらを真っ直ぐ見つめる、大きな瞳。

 齢は俺と同じくらいだろうか、やや幼く見える顔立ち。

 立派なとんがり帽子に厚手の外套。明らかに高級なものを身につけていることから、それなりの身分であることはハッキリと分かる。

 その魔法使い然とした身なりの人物を、俺は知っている。


 ルイーゼ。

 旅団一の魔法使い。

 そして……。

 「性格最悪」の女。


 ルイーゼは顔をパアッと明るくした。

 目尻を潤ませつつ、口を開く。


「ハル……! 久しぶ——」

「お帰りください」


 言い終わらないうちに、バタンと扉を閉める。

 ……。

 ……スゥ〜〜……。

 俺は深呼吸をし、気持ちを落ち着けた。


「さて、夕飯の支度を続けるか……」


 ドンドンドン!

 ドアを激しく叩く音が聞こえる。


「ちょっと! ハル! 開けなさいよ!」


 ルイーゼの声がドア越しに聞こえる気がするが、気にしない。気にしなければ存在しないものと同じだ。


「ハル? なにかあったの?」


 厨房からリーフが顔を覗かせた。玄関の物々しい雰囲気を感じ取ったのだろうか。

 俺は捲し立てるように説明する。


「いや、リーフ、何もなかったよ。本日も異常なし」

「おきゃくさんは?」

「そんなもの居なかった。いいね?」

「あっはい」


 俺の容易ならざる様子を見て、リーフはそれ以上の追求を止めた。

 しかしドアは依然として激しく叩かれる。


「ハル! ねえハル! 聞いてんの⁉︎ なんでドアを閉めるのよ! 開けなさいよ!」


 開けるわけないだろ。

 ちなみに言うと、ドアには防犯用に強力な防護魔法が施してある。並の魔法じゃビクともしない。さすがのルイーゼも入ってこられないだろう。

 ルイーゼを締め出したことで高らかに哄笑する俺。

 しかし。


 ドアの向こうで爆発音が鈍く響いた。

 宿屋が大きく揺れる。


「アイツ——ッ!」


 ルイーゼの馬鹿、宿屋のドアに魔法を撃ちやがった。

 そんなんだから性格最悪って言われるんだぞ。


 ドン、ドン、と、更に宿屋が大きく揺れる。

 このままだと宿全体が倒壊しかねない。

 耐えかねて俺は玄関に向かって走った。ドア越しにルイーゼを説得してみる。


「おいバカなにやってんだよルイーゼ! この宿を潰す気か⁉︎」

「あんたが開けないのが悪いんでしょうが!」


 酷い言いがかりだ。


「おいルイーゼ、さっきの俺の言葉聞いてなかったのか⁉︎ おかえりくださいって言ったんだよ! お前を宿には上げねえからな!」

「なんでそんな酷いこと言うのよ! 私が何したって言うの⁉︎」

「現在進行形で余計なことやらかしてるだろうが⁉︎」


 ルイーゼという女はいつもこうだ。

 魔法使いとしては世界最強といって差し支えないし、その実力は誰もが認めるところだろう。

 おまけに容姿も可愛い。そこで大抵の人間が騙される。

 その本性は、白を黒と言い張る性悪女なのだ。

 俺がここまで拒否するのも無理からぬ話である。


 ——と、ややあって、ルイーゼの怒号が止まった。

 さすがに帰ったか……? と一安心した、次の瞬間。


 宿の床がジリジリと震え始めた。

 この感じ——まさか。

 魔族の幹部相手に使った魔法を使うつもりか?

 この宿に????


 さすがにそれはヤバい。ドアどころか建物ごと吹っ飛んでしまう。

 ちくしょう、背に腹は変えられない。


「あー! もう分かったよ! 開けりゃいいんだろ開けりゃ!」


 根負けした俺はドアを勢いよく開く。

 杖を構えたルイーゼが、煌々と輝くド級の魔法を今まさに撃ち込まんとしているところだった。

 これはハッタリではない。コイツなら間違いなくそのままぶつける。


 しかし、その魔法は、最終的に放たれることはなかった。

 俺がドアを開けた途端、ルイーゼはそれまでの憤怒の表情を和らげた。

 魔力を凝縮させることで形成される光弾を一瞬で霧散させ、笑みを浮かべてこう言った。


「久しぶりね! ハル! あんたまたこんな辛気臭いところで何やってんの! ど田舎すぎてたどり着くのに苦労したわよ! あんたどうせ独身で誰かを雇うようなお金も無いでしょ! 寂しくて仕方ないだろうから泊まりに来てあげたわよ! 分かったら私に感謝し——」


 バタン、と俺は再度ドアを閉めた。

 ……。

 …………っあああ〜〜〜〜〜(怒りを鎮めている)。

 先ほどの猛攻から一転、今度はドアの向こうから啜り泣く声が聞こえてきた。


「ごめんね……。ごめんねったら……! お願いだから開けてよぉ…………!」

「はぁ〜〜〜〜(クソデカため息)」


 仕方なく、本当に仕方なく俺はドアを開けた。

 ドアを開けた瞬間、ルイーゼは満面の笑顔になった。

 コイツ黙ってたら可愛いのに。

 いや黙ってても行動がうるさいな。何もせず喋らず動かずじっとしてたら可愛いのに。


「邪魔するわね!」


 本当に邪魔である。

 ルイーゼは涙の跡もそのままに、ズカズカと宿の中に足を踏み入れていく。

 俺は宿のドアを閉めつつ、呆れ気味にルイーゼに問うた。


「で、なんの用だよ」

「なんの用って、ご挨拶ね。宿に来たらやることは一つでしょう?」

「ああ、そうだな」俺は頷く。「じゃあ部屋まで案内してやるからさっさと寝て明日には出てってくれ」

「冷たすぎない⁉︎」


 ムキ―ッとルイーゼは両目を吊り上げた。


「なによ! どうせこんな小さい宿屋なんか、せいぜい月に3、4組くらいしか泊まりに来ないんでしょ?」

「なんでそこまで的確に人を傷つける言葉を言えるんだよお前は」


 実はだいぶ前から宿の様子を観察してたんじゃないかと思うくらいその通りだ。

 観察力と推察力が優れてるのに、それが魔物と対峙するときと人を罵倒するときしか有効利用されない。だから性格最悪と言うのだ。


「ハル、おきゃくさん?」


 不意に、厨房にいたリーフがひょっこりと顔を出した。


「リーフ⁉︎」ルイーゼは目を丸くする。「こんなところにいたの⁉︎」

「こんなところってなんだよ」

「こんなところにいたんだよ」

「リーフ、お前もか」


 リーフがパタパタと俺の元に駆け寄ってきた。

 俺の腰辺りに手を回し、ルイーゼの方を眺める。

 ルイーゼはリーフと俺を交互に見遣ってから、一言。


「…………誘拐?」

「失礼だな、合意のうえだよ」


 俺もリーフもかつての魔王討伐旅団のメンバーだというのに、あんまりにもあんまりな言い草だ。


「で、結局のところどんな要件なんだ? こんなしみったれた宿屋にわざわざ来るくらいだから、何かあったんだろ?」


 俺が皮肉を込めて言うと、ルイーゼはバツの悪そうな顔をした。

 やや間を空けてから、ルイーゼは口を開いた。


「……実はね——」

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