序章
「ワグナーがやられた……!」
鎧を纏った屈強な男性、ガレスが、両手を震わせながらそう告げた。
その報告に、その場にいた面々が沈痛な面持ちで俯いた。
「ワグナーが……そうか……」
それまで気丈な態度を貫いていた団長も、その報告を受けて表情を曇らせた。
「……クソッ」
旅団最高の魔法使い、ルイーゼが舌打ちをした。
「このタイミングで死ぬなんて……使えないわね」
「おい、ルイーゼ!」
旅団で実質的にリーダーとして振る舞っていた女騎士、リゼッタが怒鳴る。
「仲間にとってその言い草はなんだ! お前はいつも……!」
「だってそうでしょ!」
ルイーゼは、焼け焦げた平野の先にある、禍々《まがまが》しく聳え立つ城を指差した。
「魔王の城は目と鼻の先なのよ! 私たちはここまで頑張ってきたの、みんなの期待を背負って! あとちょっとなのに……!」
歯を噛みしめるルイーゼ。
「だからって……」
「……みんな、疲れてるんですよ」
喧嘩寸前の二人を眺めていたフィーネが、力のない声で二人を宥めた。
普段は笑顔を振りまく彼女も、今は憔悴しきっており、覇気が感じられない。
「だから、あまり怒らないで——」
「……」
ルイーゼに詰め寄っていたリゼッタだったが、大きく息を吐き、肩の力を抜いた。
そのときだった。
「いいにおいがする」
不意に、エルフの少女リーフが声を上げた。
リゼッタもそれに続く。
「確かに良い匂いがするな……ハルか?」
程なくして、旅団の食事係、ハルが姿を現した。
「皆さん、ご飯ができましたよ」
「お〜」
リーフが真っ先に駆け寄る。
リーフは首を傾げて問うた。
「これなに?」
「おにぎりだよ」ハルは無垢なリーフに対して笑いかける。「やっぱ旅と言ったらこれだよね」
「おこめだけ?」
「まさか、聞いて驚け」
「ふおおおお!」
「いや、まだ何も言ってないから……。
あのな、このおにぎり、なんと味噌が入ってるんだよ」
「みそ?」
「そう、味噌」ハルは頷く。「荷台でずっと寝かしてたんだけど、この世界でもちゃんと作れるんだな」
ハルはリーフに説明しつつ、おにぎりを一つずつ配っていく。
旅の面々は渡されたものを不思議そうに眺めていたが、まあハルの作ったものなら大丈夫だろうと、次々に食べ始めた。
瞬間、頬が緩んでいく。
「少し塩っけが強いが、旨いな」
女騎士リゼッタが感嘆の声を上げる。
「美味しいですぅ〜〜ハルさん〜〜」
フィーネが涙声で感想を述べた。
また泣いてるな、とハルは苦笑する。
その他、魔法使いルイーゼ、団長のエリスなども感謝の言葉を述べ始めた。
——一方。
ただ一人、ワグナーと竹馬の友だったガレスだけが、眉をひそめていた。
「気に食わんな」ガレスは腕を組みながらそう言った。「こんなときに呑気に飯の準備をしていたとはな。しかもヘラヘラと笑いおって」
「まあ、そうですね」
ガレスの嫌味ももっともだった。ハルも、自身の態度が軽薄に見えるであろうことは自覚している。
——そのうえで、ハルはなおも笑う。
まるで、何も意に介していないように。
「腹が減っては戦はできぬ、ですよ」
「また例の異国の諺か……」
ガレスはため息を漏らした。
「それに……」
ハルは、わずかに視線を落とし、やや自嘲気味に言った。
「……役立たずの俺には、これくらいしかできることはありませんから」
——暗い影を落として横たわるワグナーの遺体を見ながら、そう言った。
「……そこまでは……」
さすがに言い過ぎたと思ったのか、ガレスは言葉をバツの悪そうな顔をした。
……そして、それ以上は何も言わず、ハルの作ったおにぎりを口にした。
しばらく咀嚼した後、ポツリと呟く。
「……なるほど、独特な味だが——旨いな」
強張っていたガレスの頬が、わずかに緩んだ。
味噌の塩気と米の甘味が効いているのだろう。
最初は怪訝な顔で口にしていたが、次第に食べる手は止まらなくなり、気づけば二つ目に手を伸ばしていた。
ようやく食事を摂り始めてくれたガレスを見て、ハルは安心したように息を吐いた。
「大丈夫ですよ」
ハルは穏やかに告げる。
自身に言い聞かせるかのように。
「この旅団は最強です。あなたたちなら、必ず魔王を倒せるって——俺は信じてますから」
——そして、一晩明けて。
腹を満たした彼らは、再び魔王の城へと歩み始めた。




