8.食生活の改善(2)
農具を持った私は畑の前に立った。
「みんな、見てて! ミリアたんの力を披露するよ!」
「異形になるのがミリア様の力なのか!?」
「いやぁぁっ、シアがっ、シアがっ! 化け物にぃぃっ!」
「シア、すげぇ! 俺も、俺もあれになりたい!」
家族が煩いが今はそれどころではない。この力を使って、みんなに畑の耕し方を教えないといけない。
だけど、村人もざわめいていて騒がしい。私は軽く咳払いをした。
「はいはい、落ち着いて。変身のことはあとで説明するから、今は畑ね!」
ぴしり、と手を叩く。すると、さっきまで大騒ぎしていた家族たちも、なんとなく空気を読んで口を閉じた。……よし、これでいい。
「まず一番大事なのは、土をふかふかにすること!」
「ふかふか?」
「今の畑って、カチカチでしょ? あれだと水も空気も通らないの。だから作物がちゃんと育たない」
そう言いながら、私は足元の土を軽く踏みつける。硬く締まった感触が、足裏から伝わってきた。
「ここに農具を入れて――こう!」
ザクッ、と鍬を土に差し込み、そのままぐっと持ち上げる。固まっていた土の塊が、ゴロリと裏返った。
「大事なのはひっくり返すこと。上の土と下の土を入れ替える感じ」
「ほぉ……」
村人が感心したように声を漏らす。
「それを、こうやって……一定の間隔でやるの」
ザクッ、ザクッ、とリズムよく鍬を振るう。私はできるだけ分かりやすいように、ゆっくりと動かした。
「間隔はこのくらい。詰めすぎると疲れるし、広すぎると耕し残しが出るからね」
「なるほど……」
「それで、ひっくり返したら終わりじゃないよ?」
私は振り返って、指を一本立てた。
「次は、土を細かく砕くの」
「砕く?」
「うん。大きい塊のままだと、根っこが伸びにくいから」
さっき裏返した土の塊を、鍬の背で軽く叩く。ゴン、ゴン、と音を立てて崩れていく。
「こんな感じで、ゴロゴロをなくしていくの。こうすることで農作物が育つようになるんだよ」
そういうと、村人たちは納得したように頷いた。
「じゃあ、ちょっと実演するから見てて。ミリアたんの力を使えば、こんな感じになるから」
改めて畑に立つと、農具を振りかぶる。呼吸を整えた後、力を解放した。
「うおおおおぉぉぉぉっ!」
次の瞬間――ザザザザザザザザザッ!!
「え?」
「は?」
「ま?」
誰かの間の抜けた声を置き去りにして、私は一気に前へと駆けた。気づけば、さっきまで私が立っていた場所から、一直線に土が綺麗にひっくり返っている。
「い、今の……何が起きた?」
「し、シアが……消えたと思ったら、畑が出来てるんだけど……?」
「えっ……何が?」
村人たちがざわざわと騒ぎ始める。その声をよそに――ザザザザザザザザザッ!!
再び、私の姿がブレる。次の瞬間には、さらにその先の土がひっくり返されていた。
「速っっっっっっ!?」
「一瞬で大人一人分……いや、もっと進んでないか!?」
「鍬が見えないんだけど!? 手だけで耕してない!?」
好き放題言われているけど、ちゃんと鍬は使っている。ただ、ちょっと速いだけだ。
ザザザザザザザザザッ!!
さらに加速する。土が次々と裏返り、同時にゴンゴンと細かく砕かれていく。もはや一連の動作が分離していない。ひっくり返しながら砕いている。
気づけばほんの数秒で、一列分の畑が完成していた。私はぴたりと動きを止め、何事もなかったかのように振り返る。
「はい、こんな感じ!」
「「「どんな感じですか!!!」」」
全員のツッコミが綺麗に揃った。
「いや、今の見てたでしょ?」
「見てたけど分かりませんよ!!」
「途中から風しか見えなかったんですが!?」
「なんかゴォォォって音してたし!」
そうなの? 私的には普通にやっているつもりだったんだけど。
「じゃあ、みんなもミリアたんを信仰してこんな風に畑を耕して」
「「「そんなの出来るわけないですよー!」」」
「いやいや、大丈夫! なんたって、ミリアたんの力は凄いからね。みんなも見てたでしょ? 出来るようになるから、絶対。だから、信仰しろ」
圧を強めに言うと、村人たちは体を硬直させた。
「「「や、やらせていただきます!!」」」
「うん、うん。じゃあ、みんなでミリアたんを信仰しよう。やり方は、私が教えるね」
これで、ミリアたんに信仰を捧げることが出来る! ミリアたんの前にみんなで膝を付いた。
「じゃあ、ミリアたん。みんなで信仰するね」
『分かったわ。でも、心からじゃないと、意味がないからね? だから、無理はしないで』
「大丈夫! そうだよね、み・ん・な?」
「「「はい! 心から信仰させて頂きます!」」」
よしよし、これで大丈夫だ。あとは、私が信仰のやり方を教えるだけだ。深呼吸をしてミリアたんを拝む。
「我らがミリアたん。小さくて可愛くて、でもすごくて、尊くて、世界で一番えらい神様!」
「「わ、我らがミリアたん。小さくて可愛くて、でもすごくて、尊くて、世界で一番えらい神様!」」」
「我らに恵みを与え、導き、力を貸してくれる優しき存在!」
「「我らに恵みを与え、導き、力を貸してくれる優しき存在!」」」
「その御力に感謝し、心から信じ、これよりその名を讃えます!」
「「その御力に感謝し、心から信じ、これよりその名を讃えます!」」」
その瞬間だった。ふわり、と空気が変わる。淡い光が、私たちの周囲に浮かび上がった。
まるで蛍のような、小さな光の粒。それが、ひとつ、またひとつと現れて――ゆっくりと、私の前へと集まっていく。
「な、なんだこれ……」
「光ってる……」
「綺麗……」
『……みんなの信仰、ちゃんと届いたよ。温かい気持ちだった。だから、それを今度はみんなに返すね』
ミリアたんの声が、どこからともなく響く。現れた光が、村人たち一人ひとりの方へと流れていく。
「こ、こっち来た!?」
「ちょ、ちょっと待っ――」
「ど、どうしたら!?」
逃げようとした人の額に、ぽん、と光が触れた。その瞬間――。
「……あれ?」
「な、なんか……体が軽い……?」
「腕に力が……入る……?」
次々と、戸惑いの声が上がる。私はにやりと笑った。
「ね? 言ったでしょ」
鍬を軽く持ち上げる。
「ミリアたんの力、ちゃんとすごいって。ほら、やってみて!」
私の勧めに、恐る恐る村人の一人が鍬を振るう。
ザクッ。
固い土が、あっさりと持ち上がった。
「……え?」
もう一度。
ザクッ。
今度はさらに深く、しっかりと。
「で、出来た……」
「お、おい! 俺も……!」
「こ、こんなに軽い!」
別の村人も試す。
ザクッ。
「うおっ!? 軽っ!?」
「嘘だろ!?」
「信じられない!」
重苦しい作業が、まるで別物になっている。ざわめきは一気に歓声へと変わった。
「すげぇ!!」
「本当に力が……!」
「ミリア様ぁぁぁ!!」
あちこちから名前が呼ばれる。その様子を見て、私は満足げに頷いた。
「ほらね。ちゃんと信仰すれば、ちゃんと返ってくるんだよ」
胸を張ってそう言うと、
『……シア、ちょっと煽りすぎじゃない?』
ミリアたんの呆れた声が聞こえた。
「えー? だって事実だし」
『もう……』
小さくため息が聞こえる。でも、その声はどこか嬉しそうだった。
私はくすっと笑って、改めて村人たちを見渡す。
「さあ、これで準備はできたよ!」
鍬を構えて、びしっと畑を指さした。
「みんなで一気に耕そう! ミリアたんのために!」
「「「おおおおおぉぉぉぉ!!!」」」
さっきまでとは比べものにならないほど力強い声が、畑に響き渡った。




