41.敵
そして、今日もまた。私たちは他領の領主に招かれ、盛大な夜会の場に足を運んでいた。
高い天井に煌めくシャンデリア。磨き上げられた床に映る光。行き交う人々の衣装も一段と華やかで、この場がそれなりに格式ある集まりであることがよく分かる。
「本当に、どこへ行っても人が多いね」
「それだけ注目されている、ということだな」
お父様の言葉に軽く頷く。
今日も例に漏れず、到着して間もなく様々な人たちに囲まれた。ワインの話、商談の話、そして、ミリアたんの話。ひと通りの挨拶と会話を終え、ようやく一息ついた、その時だった。
「……ほう。これが例のモンベルト騎士爵家か」
不意に、鼻にかかったような声が割り込んできた。振り向けば、三人の男がこちらへ歩いてくる。
中央にいるのは、いかにも尊大そうな男。装飾の多い服装からして、おそらく男爵家。左右には、それに付き従うように二人の騎士爵家の男が控えている。
取り巻き、という言葉がぴったりだった。
「噂だけはよく聞くが……ずいぶんとまぁ、成り上がったものだな」
口元に薄い笑みを浮かべながら、露骨な視線を向けてくる。
……ああ、来たか。内心で、ため息をつく。
ここまで目立てば、こういう手合いが出てくるのは当然だ。むしろ、今までいなかった方が不思議なくらい。
「お会いできで光栄です」
お父様が礼儀正しく応じる。だが、相手はそれをまともに受け取る気などないらしい。
「ふん。ワインが少し売れた程度で、随分と顔が広くなったようだ」
「運が良かっただけでしょうな」
「全く、その通り」
取り巻きの二人が、くすくすと笑う。あからさまな嫌味。けれど、その程度ならまだ可愛いものだ。私は何も言わず、穏やかな表情のまま聞き流す。
こういう相手に感情的に反応しても、得るものは何もない。むしろ、相手の思う壺だ。
――そう、思っていたのに。
「それにしても……」
男爵が、わざとらしく肩をすくめた。
「最近は妙な噂まで広めているそうじゃないか」
嫌な予感が、胸の奥を掠める。
「ミリア様、だったか? 聞いたこともない名だ」
……ああ。
「訳の分からない邪神を崇めるとは、落ちぶれたものですな」
――プツン。
すぐに切れた。思考が一瞬で静まり返る。さっきまでの冷静さが、音もなく消えた。代わりに、底の方からじわりと熱が込み上げてくる。
「……今、なんて言った?」
気づけば、声が出ていた。自分でも驚くくらい低く、冷たい声だった。男爵が一瞬だけ目を細める。
「聞こえなかったのか? 邪神だと言ったのだ」
周囲の空気が、ぴんと張り詰める。お父様が何か言おうとした気配がした。でも、それよりも先に、私は一歩前に出ていた。
「訂正してもらえる?」
にこり、と笑う。でも、たぶん全然笑えていない。
「ミリア様は、邪神なんかじゃない」
声は穏やか。でも、その奥にあるものは隠していない。男爵が鼻で笑う。
「では何だ? 聞いたこともない神を崇めて、たまたま上手くいったからと調子に乗っているだけだろう」
「……へぇ」
さらに一歩、距離を詰める。
「聞いたことがないから、邪神? ずいぶんと浅い判断だね」
周囲がざわつくのが分かる。でも、もう止める気はなかった。
「少なくとも、あなたよりはずっと、まともで、優しい神様だよ」
「なっ……!」
男爵の顔が歪む。取り巻きの二人も、露骨に不快そうな表情を浮かべた。
「小娘が……!」
「事実を言っただけだけど?」
首を傾げる。
「それとも何? あなたの言うまともな神様って、信じてる人を馬鹿にしてもいいって教えてるの?」
「貴様……!」
空気が、一気に険悪になる。でも、構わない。
ワインのことを言われても、家のことを言われても、笑って流せる。
でも、ミリアたんを馬鹿にするのだけは、絶対に許さない。
「謝って。今の発言、撤回して」
場の空気が凍りつく。誰もが、次の言葉を待っていた。
数瞬の沈黙の後、男爵はふっと口元を歪めた。
「……いいだろう」
だが、その声音に謝意は欠片もない。
「身の程を思い知らせてやる」
低く、吐き捨てるように言うと、鋭い視線で私を睨みつけた。その目には、露骨な敵意とわずかな侮り。
「その減らず口、後悔することになるぞ」
くるりと踵を返す。取り巻きの二人も、勝ち誇ったような顔でこちらを一瞥し、その後に続いた。
コツ、コツ、と靴音が遠ざかっていく。その背中が完全に人混みに紛れるまで私は、視線を外さなかった。じっと、睨み続ける。
胸の奥で、まだ熱が燻っている。何をしてくるか分からないが、その時は全力で叩き潰す!




