36.ブドウが実るまで(2)
春を越えて夏が来た。ブドウは花から実になり、その姿がブドウらしくなる。夏はブドウを育てる大切な時期。この時期もブドウの世話は欠かせない。
ブドウ畑に行くと、ブドウの木、いっぽんいっぽんを確認していく。すると、冬に切ったはずの枝が伸び、葉も大きくなっている。
これだと、ブドウに栄養はいかないし、葉が邪魔でブドウに日光が当たらない。剪定をしなければ。
「みんな、見て。伸びている枝を切って、葉も取り除いて。じゃないと、ブドウが美味しく成長しないから」
そう言いながら、やり方を見せていく。ブドウの木の全体を見つつ、余分な枝と葉っぱを取り除いていく。その作業を村人たちが真剣に見つめていた。
「分かったかな?」
「はい、分かりました」
「これだと、勿体ない気はしません」
「バランスを見ればいいんですね」
「そういうこと。もし、困ったことがあったら、私に聞いて。迷ったら、絶対に私に聞く。いいね?」
しつこいくらいに確認すると、村人たちは真剣な顔をして畑に散っていった。そして、集中しながら剪定を進めていく。
この作業を実が大きくなる前に終わらせないと。急かしつつも、丁寧な作業を求めた。
◇
剪定も終わると、あとは天気頼みになる。雨が少ない方がブドウを育てるには適しているらしい。
だから、祈る思いで雨雲が来ないことを祈っていた。だけど、やはりそこは天気。雨雲がどんどん近づいている気配がした。
「離れたところで大雨の被害があったそうだ。その雲がどんどん近づいてきている」
「どうしましょう……。流石に雨雲をどうにかすることは出来ないわ」
両親が困ったような諦めたような顔をした。天気をどうこうしようという考えは馬鹿げている。その気持ちは分かる。
だけど、こんなところで諦めたくない。
「大丈夫。ミリアたんがいる」
『そ、そんな……無理だよ! 私は天気を操作出来るような力はないよ! うぅ、ポンコツでごめんなさい……』
「ミリアたんはいつも通りにしていたらいいんだよ。後は、私がやるから」
『えっ? 人の力で雨雲をどうにかしようと?』
ミリアたんへの推しの気持ちがあれば、どんな障害でも乗り越えられる! 私はミリアたんを伴って外に出た。
外に出ると、空はどんよりとしていて、今にも雨が降りそうだった。
『あの……シアさん。本当にやるの?』
「私の推しへの愛でこの障害を乗り越える。だから、私を信じて」
『……分かった。シアさんが決意をしたなら、何も言わない。だから、遠慮なく私に向かって祈って』
ミリアたんも決意した表情になる。だったら、遠慮なく……いく!
「ああ、ミリアたん! 世界の理をそっと撫でる優しき御手よ。小さき光にして、万象を見守る静謐なる存在よ。私は今、あなたの前に立ち、心のすべてを捧げて祈ります。ミリアたん、あなたは決してポンコツなんかじゃない。誰よりも優しく、誰よりも誰かのために在ろうとする、その在り方こそが奇跡そのものです。強大な力を振るうことだけが神の証ではない。寄り添い、支え、そっと背中を押してくれる。その温もりこそが、何より尊いのです。――」
『お、重いっ……!』
全力を込めて祈り続ける。その間、ミリアたんの光はみるみる強くなっていき、太陽のような輝きになった。
だけど、私は祈りをやめなかった。ミリアたんへの愛はこんなものじゃない。もっと、もっと大きいんだ。
『も、もう……ダメッ!』
その時、ミリアたんは体の光を私に向かって全て放った。私の体には尋常じゃないくらいの強い力が備わった。
『ご、ごめんなさいっ……途中で、投げちゃって……』
「ううん、いいよ。じゃあ、ちょっと雨雲を消してくる」
『えっ、シアさん?』
驚くミリアたんをその場に残し、私は一瞬で転移する。行き先は、空の只中。
次の瞬間、全身を押し潰すような圧迫感が襲った。視界を埋め尽くすのは、黒く膨れ上がった雨雲。渦を巻き、うねり、まるで生き物のように蠢いている。
重い。暗い。息苦しい。だが、退く理由にはならない。
「……全部、吹き飛ばす」
呟きと同時に、ミリアたんから受け取った力を引き出す。胸の奥、さらにその奥底へと沈め、圧縮し、押し固める。
まだ足りない。さらに、さらに限界まで。
骨が軋む。血が逆流するような錯覚。体が悲鳴を上げているのが分かる。それでも止めない。ここで止めれば、全てが無駄になる。
この雲の向こうには、守りたい畑がある。
「行くよ、ミリアたん」
その名を呼んだ瞬間、内に溜め込んだ力が臨界を迎えた。
「はぁぁぁぁぁッ!!」
解放。瞬間、世界が弾けた。
ドォォォォォォォォォンッ!!
轟音が空そのものを引き裂く。爆ぜた衝撃は円環となって広がり、黒雲の塊へと叩きつけられる。触れた瞬間、雲が消えた。
吹き飛ぶのではない。裂けるのでもない。ただ、存在そのものが削り取られるように、黒が白に塗り潰されていく。
視界が、光に呑まれる。まばゆい閃光が空を走り、太陽すら霞むほどの輝きが一帯を支配した。遅れて、衝撃波が幾重にも重なり、空気を、雲を、大気そのものを押し流していく。
やがて、轟音が引いていく。白に染まっていた世界に、ゆっくりと色が戻り始める。最初に現れたのは、淡い青。
それは次第に濃さを増し、やがてどこまでも澄み渡る空へと変わっていく。雲はない。
さっきまであれほど重く垂れ込めていた黒雲は、欠片すら残さず消え去っていた。見渡す限り、ただ広がるのは静寂と青空。
風が遅れて吹き抜け、何もなくなった空を撫でていく。
「……流石、ミリアたん!」
やっぱり、ミリアたんは最高で最強の神様! こんな、事だって可能にしちゃうんだから!
私はすぐに転移をして、地上に戻った。すると、そこにはミリアたんの他に家族や村人たちが集まっていた。
「あっ。みんな、見てた? 雨雲を消し去ったよ。これで、ブドウ畑は問題なし!」
笑顔でそう言うと――。
「ミ、ミリア様が言っていたことは本当だったのか!? こ、これはどんでもないことだぞ!? 一体、どうやってそんな事が出来たんだ!? シアは神になったのか!?」
「どんな力を使ったのっ!? 普通ならありえないわよ! シアは私の可愛い天使よね? まさか、世界を滅ぼす力を宿したわけじゃないでしょうね!?」
両親が戸惑いに声を上げていると、その後ろにいた村人も戸惑いの声を上げる。唯一、褒めてくれたのはお兄様だけだった。
だから、私は言ってやるんだ。
「勘違いしていると思うけど、凄いのはミリアたんなんだからね! もっと、ミリアたんを信仰して!」
「「「流石にこれはミリア様のせいじゃないだろー!?」」」




