34.殺到する注文
この国の王子と出会って、何か良からぬことが起こるんじゃないかと思っていたけれど――とくに何事もなかった。
目を付けられるとか、ライバルが出てくるとか。面倒なことが起こるかもしれない、と思っていたけれど平穏でいられた。
まぁ、ちょっと話したぐらいだから、そんな流れにはならなかったのだろう。王子も最後以外は無表情だったし、ただの暇つぶし相手として見ていたのだろう。
いや、ここは王子と仲良くなって、ミリアたんの布教に協力して貰えればよかったか? でも、あの王子はミリアたんに触ったし、あまり良い印象ではない。
だが、ミリアたんのためを思えば、ぐっと堪えて――。
「ミリア、どうしたんだい?」
お父様の声が聞こえて、ハッとした。
「長旅で疲れたのかい? 帰ってきてから、すぐにブドウ畑の管理を始めたから、疲れが抜けきっていないんじゃないか」
「そんなことないよ! ほら、元気いっぱい!」
心配そうなお父様に向かって、腕を振り回して元気をアピールした。王都から帰ってきて一週間。以前と変わらない生活を送っているのだが、王都に行ったせいで色々と考えてしまうことが多くなった。
やはり、ミリアたんを広めて信仰を集めようとすると、広く視野を持たないといけないようだ。このまま、外の事も考えつつ、広めていく算段を整えなくてはいけない。
そんな時、廊下が騒がしくなった。慌てたように扉をノックする音が聞こえ、部屋に入るように促した。
「旦那様、見てください! 手紙がこんなに届きました!」
すると、メイドがたくさんの手紙を抱えて乗り込んできた。
「これは……かなりの数だな」
テーブルの上に手紙が置かれると、その量の多さが良く分かる。五通じゃ十通ではない。それ以上の手紙が届いているのが分かった。
とりあえず、みんなで手紙の内容を確認することになった。封を切り、手紙の内容を確認すると――挨拶と共に干しブドウを買いたいという申し出がたくさんあった。
「まぁ、こんなに問い合わせが。お茶会で頑張ったかいがあったわね」
「俺にも手紙がいっぱいきてたよ! みんな、干しブドウが欲しいんだって!」
「シアの作った干しブドウは上品で美味しかったからな。貴族の舌にあったのだろう」
お茶会の成果が出た。両親と私たち兄弟で頑張って宣伝したお陰で、こんなにも問い合わせがきた。
でも、その時――。
「す、すいません! また、手紙が届きました!」
また、メイドが手紙を抱えてやってきた。先ほどよりも多い量に流石の私たちもビックリだ。
「こっちも凄い量だな……。一体どこからの手紙だ?」
「えっと、王都からまとめてやってきたそうです。あっ、これが代表者の手紙だそうで、これはシア様に見てもらいたいそうです」
「私に?」
その手紙を受け取ると、やけに高級な封筒を使っていた。白字に金の装飾が施されている。
ふと、宛名を見ると――セロスフィアと書かれていた。えっ? あの王子から、直々に手紙が?
驚きながらも封筒の中身を見てみると――。
『シアへ
先日のお茶会は興味深い話を聞けた。
久しぶりに楽しい時間だった。
どうやら、事業を始めたようだね。
これも何かの縁だと思って、少しばかり協力させてもらったよ。
また、新しい商品を作ったら、王都に来るといい』
豪華な封筒にこれだけの文章。一体、何を考えているのか分からないが、協力してくれるのならありがたい。
「シア! 新しく来た手紙は商会のようだぞ!」
「商会からたくさんの注文が入ったわ!」
「なんだか分からないけど……シアが一番すげーな!」
「う、うん……。なんか、凄いの引き当てちゃったかも」
王子の力、恐るべし。手紙を全部確認してみると――貴族の家に五百個、商会に三千個の注文が入ったみたいだ。
すでに、一回目の干しブドウの数が足りなくなりそうな事態になった。家族が頑張って宣伝してくれたお陰と、エンカウントした王子のお陰だ。
「とにかく、みんな。この波に乗って、干しブドウを売りまくるよ! めざせ、昇爵!」
折角の機会を手に入れたのだから、逃す手はない。この機会に売りまくって、お金を稼いで、税金を納めて、昇爵を目指す!
◇
その後は、皆で手分けして手紙の返信に追われた。一通一通、内容を確認しながら丁寧に返していく。
山のように積まれていた干しブドウの瓶は、対応を進めるごとに次々と出荷され、やがて倉庫は空に近い状態になった。
だが、それで終わりではない。評判を聞きつけたのか、新たな問い合わせが途切れることなく届き続け、私たちは息つく暇もなく対応に追われることになった。
そんな慌ただしい日々の合間に、二度目のブドウの収穫と加工も無事に終える。
二回目のブドウも、一回目と変わらず見事な出来だった。甘みも香りも申し分ない。だが、土の状態は完全とは言えず、ワイン造りに最適な環境には、あと一歩届かないところまで来ている。
それでも、確かな手応えはあった。
返信した手紙には、「今しか作れない特別なブドウ」であることを強調し、この収穫が終わり次第、本格的にワイン造りへ移行する予定であることも書き添えている。
認知を広げると同時に、将来の販路を確保する。その狙いは、着実に形になりつつあった。




