33.お子様のお茶会(2)
コミュ力お化けのお兄様を前面に出した交流は、驚くほど自然に広がっていった。
新しく到着した子供を見つけると、絶妙な距離感で歩み寄り、人懐っこい笑みとともに会話を始める。その気さくな態度は、相手の警戒を解くのがとにかく上手い。
一対一で始まった会話は、気付けば周囲を巻き込み、小さな輪となって広がっていく。笑みや頷きが連鎖し、張り詰めていた空気が少しずつ和らいでいった。
私は少し離れた位置から様子を見ながら、折を見て話題に変化を加える。お菓子や園庭の話など、誰もが興味を持てる要素をさりげなく差し込むことで、会話の流れを途切れさせないように整えていく。
その流れに乗り、お兄様は全体を見渡しながら言葉を配り、誰一人取り残さないように場をまとめていく。気付けば、その中心には自然と人が集まり、小さな人だかりが出来ていた。
そして、絶妙なタイミングで干しブドウを売り込み、着実に認知を広げていった。
最初に感じた緊張感は薄れ、園庭には柔らかな賑わいが広がっている。
ただの談笑ではなく、場を読み、流れを作り、空気を変えていく。ふっふっふっ、このお茶会、勝った! 干しブドウの買い手がたくさん見つかったも同然。
たくさんの交流で味見用に持ってきた干しブドウがなくなり、あとは消化試合になった。
ここまで来たのなら、あとは自由にしよう。私はこそっとお兄様に耳打ちをする。
「おにいちゃま。えいぎょうはおわりにして、あとはじゆうにたのしんでもいいよ」
「えっ、そうなのか? だったら、気の合う奴がいたから話に行ってもいい?」
「うん。わたちもこうりゅうをふかめるあいてをみつくろうよ」
「やったー! じゃあ、行ってくる!」
嬉しそうに声を上げると、お兄様は集団の中に入って行った。そこでは、弾けんばかりの笑顔で楽しそうにしている姿を見つけられた。
『ひと段落だね。疲れてない?』
その時、足元にいたミリアたんが話しかけてくる。
「いつもとはちがうから、ちょっとちゅかれた。こうりゅうをふかめるまえに、ひとやすみしようかな」
『だったら、席に行こうよ。あそこだったら、十分に休めるよ』
「うん!」
ミリアたんが私を気遣ってくれる! その優しさに笑顔が蕩けると、空いている席へと座った。
すると、すぐにメイドがやってきてお茶を淹れてくれる。そのお茶を一口飲みと、ホッと息を付こうとした、時――。
「……ねこ」
後ろの生垣から声がした。ビックリして振り向くと、そこには金髪の男の子が生垣から顔を出していた。
年は……私よりも年上のような気がする。だけど、せいぜい一歳か二歳程度だ。
お茶会では滅多に見たことがなかった同じ幼児。仲よくしようにも、みんな五歳以上も年上ばかりで困っていたところだ。親近感があるし、この子なら仲良くなれそう。
「こんにちは。あなたはだぁれ?」
「……ひみつ。それより、ねこ。……さわりたい」
「くそがきが、うちぇろ。ミリアたんにはさわらしぇねぇ」
「……きゅうにことばがわるくなってない?」
ミリアたんに触ろうなんざ、神様が許しても私が許さねぇ。もしかして、こいつ……敵か?
睨み返していると、ミリアたんが私の腕を叩いた。
『そんなに怒らないで。触るだけなら、許してあげようよ』
「やだ……ぜったいやだ……。ミリアたんは、わたちだけのものなのに……なんでほかのこにさわらせなきゃいけないの……。わたち、こんなにだいじにしてるのに……いっしょにねて、いっしょにごはんたべて、ずっといっしょにいるのに……それでもたりないの……? さわるだけっていうけど……そうやってすこしずつ、とられていくんでしょ……? やだ……そんなの、ぜったいやだ……」
「……なにこのこ、こわい」
『シ、シアさん! ここは穏便に、仲良くなるチャンスなんだよ!』
「うぅ……ミ、ミリアたんがそういうなら……」
心が切り裂かれる思いで、その男の子を呼んだ。すると、男の子は生垣から出てきて、そっとミリアたんに触った。
「……ふわふわ、きもちいい……」
「あたりまえでちょ。わたちがまいにちていねいにブラッシングをさせてもらっているんだかりゃ」
「へー、たいせつなねこなんだね。きみ、ちょっとこわいけどおもしろそう。なにか、はなしして」
「はなち? だったら、ミリアたんのすばらしいところをかたりゅね」
私に対してミリアたんの話をさせるなんて、そんなに悪い奴じゃない? だったら、このミリアたんへの思いをぶちまけるべきだろう。
そうして、私はその男の子にミリアたんへの愛をぶちまけた。無表情だった男の子が驚いた顔になり、次第にその表情が緩んでくるのが分かった。
「ふーん、いいね。そこまですきなものがあるのって」
「すきっていうことばでかたじゅけないでほしい。わたちのあいはそんなことばじゃ、あらわせきれりゃいほどに――」
「ミリアたんってほんとうにかみさまなの?」
「ほほう、わたちがうそをいっているとでも? このこうごうしいすがたをみりぇばわかるだろう」
「わたしにはかわいいねこにしかみえないよ。……でも、そんなにあついきもちなら、しんじてみたいな」
……はっ! も、もしかして、ミリアたんの布教になっていただと!? 信者が増えるなら大歓迎だ!
「ぜったいにしんじゃににゃるべき。しんじゃになれば、こうふくなまいにちがまっている」
「こうふくねぇ……。どんなふうに?」
「しにたかったにんげんをいきていきたいとおもわせるほどのこうふくだよ」
「それは、こうふくなの? だって、しにたかったのにしねなかったんだよ。らくになるせんたくをしなかったんだよ」
男の子が不思議そうに首を傾げて訴えてきた。死にたかった人間は死なせるのが幸福だと言わんばかりだ。だけど、それは当事者じゃないからそんなことが言える。
「だれかがそばでよりそってくれるだけで、ちょっとだけおうえんしてくれるだけで、まえむきになれた。そうなると、もっとそのときのきもちになりたくて、そのひとといっしょにいたいっておもえるの。こうふくになれるひとをみつけたの」
「なるほど……しぬまえにこうふくをしってしまったんだね。そうなると、またあじわいたくなるな。それをじつげんしてくれたのが、そのミリアたんっていうかみさまなんだね」
……この子、理解している? まだ三、四歳くらいだと思うんだけど、すごい頭をしているな。
「きみたちはかわっていておもしろいね。もっと、なにか――」
そう言いかけた時、男の子が辺りに視線を向ける。すると、遠くで誰かの大声が聞こえた。
「――セロスフィア王子、どこですか!? セロスフィア王子!」
何人かの大人が紛れ込んで、懸命に辺りを見渡している。人を探している?
「……ざんねん。はなしはおわりだ」
「えっ? ……まさか」
「ねぇ、なまえきかせてよ」
「……シア・モンベルト」
「シア。また、ここにおいで。そのときはもっとおもしろいはなしをきかせてよ」
そう言って、その男の子は初めて笑った。だけど、すぐに無表情になると、騒いでいた大人たちに歩み寄っていった。
すると、大人たちは男の子を囲い込み、すぐにこの場所から立ち去って行った。
……もしかして、王子と顔見知りになってしまった?




