27.ステップアップ
キジバードは良い働きをしてくれたらしい。その日から連日、モンベルト騎士爵領を訪ねてくる人たちが増えてきた。
数人の団体から、十数人の団体など。規模は様々であったら、一貫して厳しい生活に身を置いてきた経験がある。
ここにくれば衣食住が整い、安定した生活を送れる。その謳い文句に釣られてやってきた人がほとんどだった。
もしかしたら、賊が紛れ込んでいるかもしれない。そう思って、厳しく接してみたが、そんな人は誰一人としていなかった。
本当にみんなが安定した生活を送りたいという思いから来てくれたようだ。
始めは百人前後、次に二百五十前後になり、現在では――五百人にまで人口が膨れ上がった。この規模は男爵位の村の規模だそうで、もし、この人口で安定した統治を行えば昇爵もあり得るらしい。
昇爵すれば領地も増え、また人を呼び込むことが出来る。そうなれば、もっと信者を増やせる。
早速、私はお父様の作戦会議をすることになった。
「お父様! いつ、昇爵するの!?」
「お、落ち着け、シア。そう簡単な話じゃないぞ」
「そうよ。昇爵なんて、めったにないことなんだから。それに足りないものがあるのよ」
「足りないものって何?」
首を傾げて尋ねてみると、お父様が咳ばらいをした。
「人口はクリアしているが、税収という面ではまだまだだ。収める税が高くなければ、昇爵はありえないな」
なるほど、足りないのは税収ということか。
「何をしたら、税収が増えるの?」
「一番分かりやすいのは、税として収めている小麦の量産ね。小麦を増やして、収める量を増やせばいいのよ」
「なるほど、小麦……。だけど、単価が低そうだよね」
「まぁ、そうよねぇ。かなりの量を増産しないといけないわ。それに対して、畑の数も増やさないといけないし……。人手も必要になってくるわ」
増やす量は二倍や三倍どころじゃない、もっと増やさないといけない。そうなると、必要な畑の面積は広いし、それに応じて必要な人手も数が増える。
やはり、小麦で税収を増やすのは現実的ではない。
「お父様、何か案はありますか?」
「そうだなぁ……。ここはやはり、あれじゃないか。名産品を作る」
「名産品……」
私が首を傾げると、お父様はゆっくりと頷いた。
「ああ。簡単に言えば、その土地でしか作れない、あるいはその土地が特に優れている品のことだ」
「その土地でしか……?」
「例えばだな。他の領地でも作れはするが、味や品質で明らかに劣るもの。あるいは、この土地の気候や土壌だからこそ作れる特産物だな。そういったものは自然と価値が上がる」
お父様は机の上に広げられた地図を指でなぞりながら続ける。
「価値が高ければ、少量でも大きな利益になる。小麦のように大量に作らずとも、効率よく税収を伸ばせるというわけだ」
「なるほど……!」
確かに、小麦を何倍も作るよりも、価値の高いものを作った方が効率がいい。
お母様も頷きながら補足する。
「それに名産品はね、商人が自ら買い付けに来るようになるのよ。流通も広がるし、領地の名前も知られるようになる。そうなれば、さらに人もお金も集まってくるわ」
「良いこと尽くしだね!」
「もちろん、簡単ではないがな」
浮かれかけた私に、お父様が釘を刺す。
「品質を安定させるには技術がいるし、継続して生産できる体制も必要だ。それに、他の領地に真似されない工夫も考えなければならん」
「……確かに、簡単じゃなさそう」
「だが、成功すれば大きい」
お父様は力強く言い切った。
「この領地の柱となる産業になる。昇爵を狙うなら、小麦の増産よりも現実的で、そして効果的な手段だろう」
その言葉を聞いて、胸の奥がわくわくしてくる。
「シアはどんな名産品を作りたいんだ?」
その言葉に頭の中で思い浮かべる。価値の高い物、嗜好品な物。
その言葉に、私は腕を組んで考え込んだ。価値が高くて、少量でも利益が出るもの。しかも、継続して需要があるもの。
「うーん……」
頭の中に、これまで見てきたものや聞いた話を並べていく。
甘味。砂糖や菓子。確かに高い。けど、安定して作るのは難しそう。
香辛料。これも高価だけど、そもそもこの土地で作れるか分からない。
布や服。技術が必要で、すぐには難しい。
「もっと……確実に売れるもの……」
貴族たちが好むもの。日常的に使っていて、しかも質にこだわるもの。そこで、ふと一つの光景が浮かぶ。
宴の席。煌びやかな食卓。そして、必ずと言っていいほど並べられている、液体。
「……あ」
思わず声が漏れる。
「どうしたの、シア?」
お母様が不思議そうに聞いてくる。でも、もう答えは出ていた。
貴族が日常的に口にする嗜好品。質が良ければいくらでも値が上がる。しかも、保存も利いて、遠くまで運べる。
これ以上ない条件。
「お父様、お母様」
私は顔を上げて、はっきりと言った。
「私、分かったかも」
「ほう?」
「貴族向けの嗜好品で、しかもずっと売れ続けるもの」
自然と口元が緩む。
「それってね――ワインだよ」
一瞬、空気が止まる。
「ワイン……か」
お父様が低く呟く。
「確かに、酒は需要が高い。特に貴族は質の良いものを好むからな」
「それに、上級の商人や裕福な平民にも売れるわね」
お母様も納得したように頷いた。私はさらに言葉を重ねる。
「良いワインが作れれば、高く売れる。しかも、継続して買ってもらえる。税としても取りやすいし、商人も絶対に来る」
想像するだけで、どんどん確信が強くなる。
「それにね、この領地のワインっていうブランドが出来たら、すごいと思う」
お父様は腕を組み、しばらく考え込んだ後、ゆっくりと笑った。
「……面白い」
「本気で言っているのね、シア」
「うん!」
私は力強く頷く。そして、宣言するように言った。
「私、ワインを作る!」




