第六話 夢見る英雄譚
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荷ほどきを終えて戻ると、ドレスを着たアンナが大の字になって寝ていた。
そう言えば、尻尾ってどうなってるんだろう……、腰から背中にかけて伸びていい感じにクッションになっているようだった。
へえ、さすが、上手いことなっているらしい。
「あ、顔の模様……」
……が、戻っていた。
脱皮して消えていた模様も数時間で元に戻ってしまうのか。外側からではなく内側から浮き出るものだから仕方ないのだろう。
模様を消す方法も、ないこともないのだろうけど、アンナは消さないことを選んだ。僕には分からない愛着があるのかもしれない。
「アンナ、お腹は――」
空いていないのか、と聞く前に、アンナが読んでいたであろう一冊の本があることに気づいた。
最初は枕にしていたけど、寝返りを打って本だけが残ったのかも。
「これ……勇者と魔王の……」
――世界を救う物語だ。
僕の、いいや、僕たちの原点とも言える本。勇者と魔王のお話はたくさん出ている。勇者が魔王を倒すまでの物語で――英雄という希望を子供たちに見せるための絵本だった。
世界が魔王に支配されつつある中、絶望を打ち消すために勇者という英雄が活躍する本が多く出るのは当然の流れかもしれない。
もちろん、内容は空想だ。誰かの頭の中で生み出された理想。夢。こうだったらいいな、を人が読めるように整えたのが本となっている。
現実は、勇者は魔王に負け続けているのだ。それが本になっていないのは、予想できる事情があることもよく分かる。負けるお話を誰が読みたいのか。
幼い頃、僕たち幼馴染の輪にぽんと入ってきた一冊の本。
まさに目の前にあるこの物語だ。
僕たちは四人でこの本を読んだ。何度も何度も。ページにしわができるほど――僕たちは奪い合うように読んで、内容を全て記憶している。
もはや本なんていらないほどに、だ。
布団を向かい合わせて、まるで秘密を打ち明けるように、僕たちは約束をした。
いま思えば、成長すれば自然と忘れていくような約束だろう。
できるわけがない――だって、未だに誰も成し遂げていないんだよ?
『いつか、オレたちで魔王を倒してやろうぜ!』
『……うん、いいねそれ。平和になった世界で、みんなはなにがしたい?』
『もちろんっ、リアビスの町を大きくする。カグヤ王国よりももっとね!』
『あたしは……自分のお店を出したい……魔王のせいで出せないし』
『『『魔王のせいなの?』』』
『上等だ。ロック、こっちこい』
『なんで僕だけ!? いたたたっ!? ごめんティカっ!』
まだ右も左も分からなかった時代の、子供の約束だった。
大人になって思い出し、笑うような……でもその夢は実現可能なところまできている。
アギトは勇者に選ばれ、僕とファーフナはアギトについていった。
ティカは町に残った。ティカには町の子供たちをまとめるという大役があったからだ。
ティカにしかできないことだから――ティカにしか任せられなかった。
そして、夢半ばで、僕は戦力外通告をされた。
振り返ってみれば僕は最初から役に立っているとは言えなかった。
勇者パーティが充実すればするほど、僕は足手まといでしかなく……僕のせいで旅も遅れていた。
みんなと違って、僕には多くの休憩が必要だったから。
……今頃、僕を抜いた勇者パーティは既に東の世界樹――魔王の根城に、辿り着いているのだろうか。
もしかしてもう倒してしまっているかも。
僕がいなくなった勇者パーティは、隙がなく、穴がないのだから……。
幼馴染という輪にいたから、アギトも僕を切れなかったのだ。
だけど、自分自身がいちばん理解していた。もう潮時だって。これ以上はきっと……。
さらに過酷な環境になれば、僕は死んでいたはずだから。
アギトたちだって、僕を守ることに手間をかけていられなかったのだろうし。クビになるのは必然だったのだ。
結局、僕がついていけるのはあそこまでだった。
最初から、僕は最後まで隣にいることはできなかった。
ここが僕の限界。
諦めろ。僕には、僕にしかできないことがあるじゃないか……。
「…………変わらない、物語だね」
当然だ。本は書き換わらない、ずっと同じ物語を語り続ける。
色褪せない理想の英雄譚だ。
そしてこの本がある限り、僕の夢という熱は、冷めてくれないのだ。
「どうして、僕はそこにいないんだ……ッ!」
アギトの隣、ファーフナの目の前。
どうして僕は剣を握り、一緒に戦えない。
戦えなくてもいい、どうして僕は同じ場所にいられない。
どうして、僕は…………こうも弱いんだッッ!
努力をした、準備も万端だ、弱いからこそ回り道をした。やれるだけのことをした……でも、結果は出なかった。
なら、僕の全力を注いでも叶わない夢だったということだろうか。……諦めろ、ってこと? そうかもしれない。
ここまでがんばって、でも叶わない夢なら、僕の手には余るものなのだ。
受け入れろ。弱い僕は、夢を叶えられない。
……僕は、だ。
だからダメなんだ。『僕は』叶えられないという小さな穴があるから、受け入れられずに挑戦してしまう。まだいけるんだと希望を見てしまう。
そもそも勇者パーティだって、表に立つのはアギトなのだ。
僕じゃない。ファーフナでもない…………勇者、アギトだ。
魔王を倒すのは、勇者なのだ。
「……役に立たない、わけじゃない……っ」
きっと。……これは希望的観測ではない。
だってアギトは、逃げられないじゃないか。
女神様に選ばれたのだ。世界を作り、管理している、王様よりも偉い存在。
そんな女神様に選ばれてしまえば、途中で降りられない。
その大役は、アギトを前へ進ませる。無理やりに、逃げるという選択肢を消した上で。
アギトは前へ進むことしかできない。……苦しいはずだ。つらいはずだ。違うならそれが一番いい。でも、もしも泣き言さえ言えなくなっているのだとしたら――僕が聞こう。
男の幼馴染にしか吐き出せない弱音があるはずだ。
アギトと僕は同じ――――元捨て子の、兄弟みたいなものだから。
本を閉じる。古さを感じさせる匂いが情熱に薪をくべる。
一度は消えた熱意が、燃え上がる。
「戻りたい――――勇者の隣の、あの場所に!!」
「じゃあいくぞ。弱っちいおまえが魔王を倒せると言うならやってみろって話だ。止めはしないし連れていってやる。けど、戦場で会えば敵だ」
起き上がっていたアンナが、八重歯と爪を伸ばし臨戦態勢で僕に近づいてくる。
四つん這いで、獣のような瞳で。伸びた舌が僕の首を舐めた。
熱っぽい吐息が頬にかかった。
「おまえを食っちまうまでの時間つぶしだ。アタシを利用してみろ、楽しければ、おまえを食うことをアタシはいつまでも先延ばしにできる」
「アンナ……?」
「おまえが見せる英雄譚。読んでもいい――読ませてみろ」
落ちた本。開いたページ。
物語が始まる前の、白紙だった。
……ここから始まる。平和か絶望か、都合のいい勝利はなく、全てがリアルな冒険譚。
主人公が僕ならば。
……第一章で本が閉じられることだって、充分にあり得るだろう。
それでも、時間があるなら付き合ってほしい。
これは僕が考えた、僕なりの――世界を救いたい物語だから。
さあ。次回から、本格始動です!




