第五話 我が家へ
あー……。既に隠せない、赤い尻尾が地面をばしばしと叩いていた。
額に手をやって今後の誤魔化し方を考えていると、ぽん、と肩に手が。
ティカが耳打ちする距離で詰めてくる。
「どういうことだ。あの尻尾、古代族だよな?」
「…………うん」
「敵、なんじゃないのか?」
「も、もともと、はね……?」
ティカは呆れたような溜息を吐いた後、僕の目を塞ぎ――、
「あんたさ、ロックに汚いもんを見せるな」
「汚い? 数日前に水を浴びた、汚れも落とした、どこが汚いって言うんだ」
「女の裸はロックにとっては毒になるんだよ。いいから――着ろ」
ぐっとティカに抱き寄せられた。……あ、背中に当たった。
「あたしのサイズなら入るだろ。労働ってもん、やってみなよ」
4
ギルドの仕事体験は夕方まで続いた。
雑用ばかりだったのでこれをギルドの仕事とするのはどうかと思ったが……冒険者の受付作業がなければやることは雑用くらいしかない。
依頼の書類を確認したり、設備の点検を僕たちがやるわけにはいかないから――結局、ギルド内の掃除をするしかなかった。
ギルドが清潔なのはやることがなくて掃除ばかりしているからなんじゃ?
汚いよりはいいけど、仕事がないことが問題なんじゃないかな?
「今日はここまでね」
「……就職を勧めてくれるのは嬉しいけど、僕、必要?」
「もちろん必要。ロックがいるといないとでは士気が変わるんだから」
男手があるとやっぱり仕事効率も変わるのかもしれない。
「アンナ……なにしてるの?」
「ネズミを捕まえた」
尻尾を持ってぶらぶらしていたネズミは、暴れもせず受け入れている。諦めの、無の境地だった。
素早いネズミをよく捕まえられたね、と思ったけど、アンナの睨みで動けなくなったのかもしれない。湖でアンナに出会った時の僕のように。
「逃がしてあげなよ。食べちゃダメ」
「んあ?」
八重歯が伸びて今にも噛みつきそうだったので止める。冒険者だから変なことではないけど、せめて焼くなりしないと……そのままはさすがにきつい。
ティカもネズミや害虫は得意なので驚いてはいなかった。他の職員はネズミを見たら悲鳴を上げて飛び上がりそうだけど。
「あとでちゃんとした料理を食べよう。ほら、逃がしてあげて」
懐にしまいかけたアンナは、むすっとしながら窓の外へネズミを逃がした。
しばらく地面の上で硬直していたネズミは、我に返って森の方角へ走り去っていった。
「顔は覚えたぞ」
「あとで捕獲しにいくつもり? そこまでは止めないけどね……」
窓の外に視線を向けるアンナ。
彼女は受付嬢の制服を着ており、露出度は下がったはずなのに尻尾が揺れる度にめくれるスカートにドキドキする。
露出は少ないんだよ?
肌色の面積がぐっと減ったはずなのに、裸だった時よりも目が吸い寄せられる。
左右に揺れる尻尾を――ティカがぐっと掴んだ。
「服、返して」「ッッ!?」
――小さな悲鳴と同時にアンナが飛び上がった瞬間だった。
片足を軸に回転。
アンナの回し蹴りが、ティカの顔にめがけて飛んだ。
ぱぁんっ!! という炸裂した音。
ティカがアンナの踵を手のひらで受け止めていた。
「……おいこら、ちょっと」
「尻尾、触んな」
ティカは「あ、それはごめん」と素直に謝ってぱっと離した。
尻尾が弱いらしい。弱点――ではなさそうだけど。
単純に触られたくないデリケートなところなのかもしれない。
「あの、ティカ。アンナの服なんだけど……いいのないかな?」
僕の服を貸すことも考えたけど、サイズが合わないし、そもそも男モノはアンナには似合わない(偏見かも?)。
できれば女性用――特に、サイズが合うティカの服なら問題ないはずだ。
オシャレな私服を持つティカなら、アンナに合う服を持っているんじゃないか?
「……あるけど」
「じゃあ貸してほしいんだけどさ!」
夜、家に届けてくれる約束をして、僕とアンナは先にギルドを出ることになった。
ティカは受付の仕事――帰ってきた冒険者の報告対応をするのでこれからが仕事本番とも言える。
同じタイミングで帰れない不満顔のティカに別れを告げ、僕たちは寄り道をしないで自宅へ戻った。
町の外れ。年季が入った一軒家だ。
僕ひとりで使うには大きすぎる家だが、当然、元々は僕と父さんで住んでいたものだ。
父さんが亡くなってから、僕だけになってしまったけど……。
家に入ると、使われている形跡があった。掃除をしてくれたのだろう……、合鍵を渡した相手はティカだけなので、綺麗なままなのはティカのおかげだ。
掃除だけでなく、住んでいるような生活感もあったけど……、だって私物が多いのだ。
あ、ティカの服もある。
なんだ、あるならティカに届けてもらうこともなかったかもしれない。
「アンナ、入っていいよ」
ティカが生活してくれていたおかげで少ないけど食材もある。家具も水道も、使われないと劣化していくと言うから、適度に使うことで壊れにくくしてくれたティカの優しさかもしれない。
灰色のローブだけをまとった裸のアンナに、置いていったティカの服を渡す。
私服というか、ドレスみたいだな……。
ティカがこれを着てあぐらをかいてお菓子を食べているところが簡単に想像できた。
「これ、生地が薄くないか? 裸と一緒な気ぃするぞ」
「着てないよりはマシだと思うよ。僕は荷物を置くから、アンナはゆっくりしててよ」
旅の終わりを実感する――荷ほどきをする。
これを終えて、僕は本当に冒険者を辞めるのだ。
夢の終わり。
挫折。
僕は、ただの人に戻るのだ。




