第四話 三人組 結成
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「冒険者ギルドにいくけど、アンナは……たぶんこない方がいいかも」
「なんでだよ」
「魔王軍幹部なら、情報がギルドに出回ってると思うんだ。アンナの正体がバレたらその場で捕まっちゃうかもしれない。
……うん、分かるよ、アンナを捕まえられる冒険者はいないってことは分かるんだけどね、さすがにたくさんの冒険者が束になって襲いかかってきたらアンナでもきついでしょ?」
「関係ねーし」
リアビスの町にいる冒険者相手なら、束になっても、アンナだったら……。
だけど、増援を呼ばれて国の冒険者が駆けつけたら、いくらアンナでも大変だろう。
負けないと言っても怪我をしないわけではない。
冒険者に囲まれて、傷だらけになるアンナを見たくはなかった。
「僕の家に案内するからさ、そこでゆっくりしててよ」
「やだ。ロックについていく」
「でも、アンナはギルドに――」
アンナが爪を伸ばし、顔の皮膚に突き刺した。
ひぇ、と喉の奥で声が出た。
……すると、ぺりぺりぺり、とめくられたのは薄い皮膚だった。
まるで脱皮するように剥がされた皮膚……その後、つるん、と剥がれた皮膚の下は、アンナの特徴的な顔の模様がなかった。
「え?」
「生まれつき、馴染んだ皮膚に浮かぶ模様なんだ。これがギルドにアタシの特徴として伝わってるんだろ? だったら模様がなくなれば……相手の目を誤魔化せる」
さらに、左右の髪束の紐をほどいた。ばさ、と髪が下りる。
肩より少し長いピンクの髪。
アンナの年齢がぐっと上がり、大人っぽく見えるようになった。
「これでギルドが持ってるアタシの人相とは、かけ離れるはず」
「おぉ……うん、確かにこれなら……」
「だから連れていけ。おまえだけじゃ心配だ」
「心配? いや、冒険者ギルドにいくだけだよ? 危険なんかなにも……」
「ある」と、アンナが強く言った。
ないよ、と言ってもアンナは引かなかった。
冒険者ギルドに嫌な思い出でもあるのかな……そりゃあるか。
アンナは魔王軍幹部だ。冒険者ギルドからすれば、魔物以上に厄介な相手だ。
「分かったよ……一緒にいこう」
長い馬車旅で実感する機会がなかったけど、こうして並ぶとよく分かる。
……アンナ、でかいなあ。
頭ひとつ分も高いアンナを見上げる。見られていることに気づいたアンナが、僕を見下ろし、その優越感からか、八重歯を見せてにかっと笑ったのだった。
冒険者ギルドに顔を出すと、三つある窓口のひとつ――ひとりの少女が僕を見つけて立ち上がった。
部屋に響く大きな音は、彼女が倒した椅子によるものだった。
「ろ、ロック……!?」
「やっほ。久しぶり、ティカ」
片手を上げて挨拶をする。彼女は僕を見て目をぱちぱちさせていた。
腰まで伸ばしたオレンジ色の髪。女性用の職員制服を着こなす美人さんだ。
周りにも数人、ギルドの受付嬢や従業員がいるが、やっぱりティカの容姿がいちばん目を引いた。
窓口が開けば、三つもあるのにティカに集中するらしい。
厳しい訓練の末、彼女が手に入れたのはギルドの看板娘の地位だ。
こうして見ると、かつてお山の大将だったとは思えない成長ぶりだった。
全身、生傷だらけのガキ大将だったのが遠い昔の……話でもないのだけど。
そう感じるくらいには、ティカの振る舞いは変わっていた。
「なんで……――おほん、おかえりなさいませ、ロック……、様……ッ!」
口と愛想の悪さを矯正された成果が出ているらしい。
だけど苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、だった。
……ティカはティカのままだった。安心するなあ。
この心の底から落ち着ける感じが、故郷なのだ。
頬をひくひくさせながら、落ち着いた女性を維持しているティカだ。
まだまだ脇は甘いけど、ティカの作り笑いでも充分に魅力的だった。
ティカの表面しか知らない冒険者なら騙せるだろう。僕は無理してるって分かるけど。
「ただいま。受付嬢のお勉強は厳しいの?」
ティカは訓練を思い出して、ぶるるるっ、と全身が震えていた。
鬼の指導でティカは丸くなったと言えるのだ。よく知るお山の大将のまま成長していたら、黙っていたら美人、のままだっただろう。今は「喋っても美人」になりつつある。
……ただ、数分しか美人になりきれないみたいだけどね。
「思い出させないで……っ、体の震えが止まらなくなったじゃない……ッ!」
「え、そこまでなの? ごめん……」
ティカにここまでトラウマを植え付けるなんて……。作法を叩き込むだけのはずだけど、ティカの指導者は一体なにをしたのだろう……?
「あ、ロックちゃんだ」「ロックくん、おかえりー」
と、ギルド従業員の女性たちから声をかけられる。
故郷なのだから顔見知りがいて当然だ。僕が小さかった頃はまだ大人じゃなかった学生のお姉さんたちが、こうして仕事をしながら挨拶してくれた。
積もる話はたくさんあった。
……けど、お姉さんたちはそそくさと裏手に引っ込んでしまった。
……? 忙しいのかな。でもギルド内は閑散としてるけど……?
ギルドでありながら清潔感がある空間だ。
周りに、僕たちの他に冒険者はいなかった。
もうみんな仕事にいってしまったのだろう。
朝に出て夕方に帰ってくる。繁盛しているギルドでなければこんなものだ。
田舎町だからしょうがないけど、冒険者の数が少ない。
ただでさえ少ないのに新人がいないのだ。そりゃ人もいないわけだ。
――ふと、後ろから聞こえてくる音……、声に気づけた。
アンナが、がるるる、と耳を澄ませないと聞こえないうなり声で周りを威嚇していた。
声が聞こえなかったとしてもアンナの睨みはかなり怖い。
お姉さんたちが距離を取ったのって、アンナの……。
「大丈夫だよアンナ、僕の友達だから……敵じゃないよ」
「だろーと思った」
じゃあなんで威嚇したんだ……?
「――――ロック」
トラウマから復活したティカが、僕に目線を合わせるように前のめりになる。
カウンターテーブルの向こう側から、その身を乗り出すように。
むに、と聞こえてきそうなティカの胸が、テーブルに押し付けられていた。
つい見てしまって、すぐに目を逸らす。よかった……ティカにはバレてなさそうだ。
「無事に帰ってこれたなら――アギトと、ファーフナは?」
「…………いないよ。帰ってきたのは僕ひとりだけ……。ごめん、ティカ。僕さ、勇者パーティ、クビになっちゃったんだよね……」
僕としては罪を告白するような気持ちだった。
ティカに、ぶん殴られることも想定していたんだけど……なのに。
「ふーん」
と。ティカから出た言葉はそれだけだった。
「それで? 今日はどんなご用件で? ロック――さ・ま?」
期待の眼差しで上目遣い。
そうやって見上げられると、ギリギリのところでボタンが留まっている制服の胸元に目がいく。
いつどこで弾け飛んでもおかしくなさそうだ。
……どんなご用件、か。
もちろん、用事があったからきたわけだ。
討伐依頼を受けるわけではない。
素材の採取なら、できないこともないけど、結局は途中で魔物と出くわす可能性はある。
僕の弱さじゃどんな依頼の危険度も同じなのだ。
大きな魔物も小さな魔物も、攻撃が当たれば死ぬんだから。
僕がギルドにやってきた理由……それは。
「……冒険者を、引退するよ」
「ふぅ――ん……。っし、承りました!」
ティカは嬉しそうに。
そして、手早く申請を受理した後で、ティカが僕の手を握り締めた。
逃がさないとばかりに。……え?
「再就職の相談はありますか? たとえば――――」
ティカの蠱惑的な笑み。
礼儀作法と一緒に、彼女は男の落とし方まで学んじゃったのか……?
引き寄せた僕の手を自分の胸に埋める。きっとそれは無意識なのだろう。
強い力は欲望の強さと同じだ。ティカは、僕を欲しがってくれている。
そして、ティカが提案した。
「ギルドの雑用。ロックに向いてると思うんだけどなー?」
ちょうど冒険者もいないので、ギルド職員のお仕事体験をするには都合がよかった。
ティカに連れられてカウンターの向こう側へ。
従業員しか入れない部屋に案内され、職員制服を渡される。
「ひとりで着られるだろ?」
「そりゃできるけど……でも今日じゃなくてよくない?」
だって、しばらくは町にいるつもりだ。明日でも明後日でも……長旅(馬車だけど)から帰ってきたばかりで、さっそく雑用をするのはしんどい。
せめてひと眠りくらいはしたかったんだけど……、町のみんなに挨拶もまだだったし。
「だからだよ」
「だから?」
「冒険者を引退したって情報が出回れば、ロックを勧誘する競争になる。そうなる前にあたしが最初につばをつけておかないとさ……おかないとですね」
競争、ね。僕を欲しがる雇用者が多いとは思えないけど。
「……でさ、こいつはなんなの?」
僕の後ろをついてきていたアンナを、ティカが睨みつける。
「あんたの知り合い……でしょ? あんたがひとりで帰ってこれるわけないから……ボディーガードを雇ったのね」
そういうわけじゃないけど、アンナを紹介はできなかった。
だって魔王軍幹部だ。勇者パーティにいた僕にとっては敵だった相手……。
どうしてアンナと行動しているかなんて、人に言って理解される理由じゃない。
勇者に負けたアンナは困ってた……わけじゃないのか。行き先にあてがなかったから……わけでもないよね。
思えば、僕と行動を共にする理由って、実はなかったりする。
しばらく時間をつぶせればいいアンナは、僕にくっついている必要はなかった。
それでも、ここまで旅をしたのはお互いになんとなく居心地がよかったからだろう。
僕からすれば、アンナのことを頼りにできる。
アンナからすれば……なんだろう、なにかあるかな。
少なくとも寝首をかかれることはない、と思ってくれているのかもしれない。
僕がアンナの隙を突いてなにかできるわけじゃないからね。
アンナは、そこが安心に繋がったのかもしれない。
「この子はアンナ。雇ったわけじゃないんだけど、友達になって、ここまで僕を守ってくれたんだ」
「そうか……ありがと、アンナ。≪あたし≫の、ロックを守ってくれて」
「…………ァ?」
ぴし、という空間に亀裂が入った音が聞こえた。
音の出所は間違いなくアンナとティカの間、である。
「あたしのロックが壊れなかったのはあんたのおかげだし……、です。どうもありがとうございました。よろしければ報酬をお渡ししますが? 望んだ金額はありますか? あればご用意しますので受け取ったらさっさと帰ってくださいやがれ。……です」
「ちょ、ティカ……?」
昔と今が混ざったような口調だった。
無理やり丁寧にしているけどティカの素の部分が消せていない。
さすがに、個性までは矯正できないよね。
「ここは関係者以外は立ち入り禁止ですから。ほら、早く早く――」
「アタシも、じゃあ体験する」
『え?』
「――アタシもギルドの仕事するから、ココにいてもいいんだろ?」
灰色のローブを剥ぎ取ったアンナが生まれたままの姿で手を伸ばした。
「服よこせ。労働ってもんをしてやる」
週に三話、夕方くらい更新です。
たぶん。減ることも増えることもあるかも。




