第三話 ただいまとおかえり
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「おい、この馬車もっと速く走れないのかよ」
「こらっ、アンナ……蹴ったらダメだよ。姫がびっくりするよ」
馬車の旅にアンナもついてきた。
理由は時間つぶし――らしい。暇つぶしじゃなくて?
ちなみに『姫』というのは僕たちを引っ張ってくれている馬のことだ。
白い毛並みは汚れひとつなく綺麗だ。そして雌だ。
アンナを連れてきてから彼女の様子がおかしくなった。後ろを気にしながら怯えているようで……、元々、人見知りをするタイプらしいのだけど、にしては怯え方が激しい気もする。
姫の飼い主である馬車引きの青年が振り向かずに、
「ロックの友達だろ? なら信用するけどさ……もっと他人にも馬にも礼儀を持って接した方がいいと思うぞー。お嬢ちゃんの態度は敵を多く作りそうだ」
「敵? んなもん、アタシが全部ぶっ飛ばしてやるし!」
「そうかいそうかい、ロックも大変だなあ」
あはは……、と苦笑いするしかなかった。
アンナなら敵であれば誰でもぶっ飛ばせてしまえるだろう……あ、いや、勇者は無理か。
実際、アンナは勇者に負けている。
服がなかったのだって、あの敗北から命からがら逃げたから……なのだ。
そうは言っても勇者という例外があるだけで、アンナに敵はほとんどいないだろう。少なくとも、僕がアンナを止めようとすればぶっ飛ばされる。
「やっぱり、アンナもついてくるの? 行き先はリアビスの町……最西端の田舎町で面白いところじゃないよ?」
「いーんだよ、時間つぶしだし」
アンナが流れる景色を眺めながら、とつとつと語り始めた。
「……自信満々にさ、勇者をぱぱっと倒してくるからー、なんて大見得切って飛び出していったらあっさりと負けました、言い訳できないくらいにボコボコにされましたー、なんていい笑いもんじゃん。特に、あいつにいじられるのは嫌だし……。だからほとぼりが冷めるまではひとり旅でもして時間をつぶそうと思ったんだ」
だから時間つぶしなのか。
理由は分かったけど、裸で?
アンナは気にしないのかもしれないけど、メンタルが強すぎるでしょ。
「ほとぼりが冷めても顔を見せたら再燃するだけじゃ……? でも、僕と一緒ならひとり旅じゃなくない?」
「おまえ、いてもいなくても変わらないじゃん」
「…………。あれ? じゃあいても邪魔じゃないってこと?」
そう解釈してもいいなら嬉しい話だった。
いてくれたら嬉しい、と言われるのが理想だけど、出会ったばかりで交流も少ない。今、それを望むのは贅沢だ。
同行しても嫌がられなかったことで満足しないといけない。ただでさえ、出会い方は最悪だったのだから。怒らなかったアンナには感謝だ。
「勇者? ……ロック、もしかしてそのお嬢ちゃん……敵なのか?」
馬車引きの青年が声色を変えた。
僕たちの会話を聞いていれば辿り着く答えだ。
アンナが魔王軍の幹部、とは言わなかったものの、勇者と戦ったことさえ分かれば僕たちの敵だったということは分かる。
隣ではアンナが爪を伸ばし、金色の瞳が青年の首裏を狙っている。一突きで青年を始末するつもり……!?
狭い車内が殺伐としかけたが、不穏な空気を吹き飛ばすように青年の明るい声が響く。
「まっ、元々敵だったけど、ロックなら仲良くなっても不思議じゃないな! お嬢ちゃんもロックのファンになったか? 良いヤツだろ? たとえ敵でも親身になってくれるんだ。分かるぞ、そこに惚れちゃったんだよな?」
「…………。なあ、こいつはなに言ってんだ?」
「なんだ、違うのか?」
「……………………、分かんねー」
「そうかそうかまだそこか。じゃあ楽しみだなお嬢ちゃん。ロックのことを頼んだぜ!」
とんとん拍子に話が進んでいく。
僕が口を挟む間もなく、アンナは不満顔を見せながらも「ん」――と返事をした。
馬車の旅は一週間ほどかかって、リアビスの町へ辿り着いた。
最初こそ「アタシが引いた方が早く着くだろ」や「食事も睡眠もいらねー」など、さらには退屈になったアンナの「面白い話をしろ」という文句とわがままな要望が多かったが、数日もすればアンナも慣れていった。
僕の肩に頭を預けるとぐっすりとよく寝る子だった。
食事はなんでも食べるから、毒味役としても機能してくれた。……できればこんな使い方はしたくなかったのだけど、アンナが「食べたい」と言えばお預けすることもできなかったのだ。
毒が効かないアンナだけど、毒かどうかは舌で分かるらしいのだ。たまに「それ毒だけど」と、間違って毒ありキノコを食べた僕を見て笑っていた。
言うの遅いよっ、と文句を言えば、彼女は楽しそうによく笑ったのだ。
飲み込んでなくてよかったよ……危なかったんだからね?
短いようで長く、長いようで短い馬車旅だった。
この旅でアンナとは距離が縮まった気がするけど、アンナもそう思ってくれているだろうか。
いつも通りに、僕の肩に頭を預けるアンナ。
完全に意識を落としているわけではない、と言っていたけど、どうだか……。
実際、魔物が近づけばすぐに目を覚ますから嘘ではないはずだ。
にしても、無防備な姿だ――。
ふと、出来心で、アンナの頬に手を伸ばす。
つんつん、とつつけそうだった……やってみたらつつけた。柔らかい。
顔の半分を覆う刺青。刺青だと思っていたけど、傷、というわけでもなくて……なんとなく、浮き出た血管のようにも見えた。
模様があっても、頬の柔らかさは変わらなかった。
顔の模様は、アンナの魅力を引き上げているように思える。なくなったら物足りないと感じるくらいには、模様も含めてアンナなのだ。
今のアンナのどれが欠けても、アンナじゃなくなるだろう。
だから、欠けたらダメなのだ。
「綺麗な模様……」
「…………」
「――ロック、そろそろ着くが、どうする?」
「どうするって……着くなら降りますよ?」
目の前には懐かしい故郷が見えている。
ここで降りない理由はない。
「ちょいと時間を作ることはできるんだ。嬢ちゃんをしばらく寝かせてやるか、それともロックが嬢ちゃんにイタズラする時間を稼いだ方がいいのか?」
「っ、なんにもしませんよ! いいからっ、町に入ってください!」
馬車引きの青年は追及することなく「あいよー」と姫を走らせた。
「――アンナ、もう着くよ」
「……うるさい。まだ寝る」
「えー……。じゃあ、僕が背負うから、馬車からは降りるからね?」
――リアビスの町。僕の故郷だ。
女神の名前を冠する国ではなく、小さな町なので門もない。つまり門番もいないのだ。
手作りの柵で区切られただけの脆い境界線しかなかった。
魔物がやってきたら軽々と飛び越えられてしまうだろう。
そうなった場合は、町の冒険者が討伐してくれるから安心だ。最西端で魔王の影響が最も少ないこともあり、魔物のレベルも低く、討伐しやすい。
門が必要な危険な地域ではないのだ。
町人の出迎えはなく、馬車が町の中へ入る。
停車場までゆっくりと進み、馬車が止まった。
僕はリュックを背負い、馬車を降りてからアンナに手を伸ばす。
……って、やってから気づいたけど、まるで絵本の中の王子様とお姫様みたいだった。しかも馬車を引くのは白馬だ……偶然にしては絵の中の一枚すぎた。
アンナはともかく、僕は白馬に似合う王子様じゃないんだけど……。
「アンナ、ほら」
「これくらいの段差、ひとりで降りれるっての」
「それが、手を受け取らない理由なの?」
寝起きで不機嫌なのか、顔をしかめたアンナが下唇を噛みながら僕の手を掴んだ。
ぐっと引く――と。
地面ではなく僕の上に乗るつもりで馬車から降りたアンナに押し倒される。
馬の目の前で、馬乗りにされた。
白馬の姫に見下ろされる。なんだかいけないことをしてる気分だ。
「――じゃあな、ロック。お幸せに!」
姫も最後の挨拶なのか、倒れる僕の頬をぺろりと舐めて、停車場から進んでいく。ここまでの長旅のお礼をしたかったけど、ちゃんとお金を貰ってるし、という理由で断られそうでもある。
確かに報酬こそがお礼ではあるんだけど……、結構な無理を言って付き合ってくれた旅なのだ。報酬とは別のお礼をしたかった。……でも。
ふたりには次の仕事がある。ここで呼び止めても、彼らの稼ぎにはならないのだ。
アンナと一緒に大きく手を振り、白馬と青年を見送ってから、振り向く。
一年半の勇者の旅。それから……僕は、育った故郷に帰ってきたのだ。
「……ただいまっ、リアビスの町!」
だけど隣に、幼馴染のふたりはいなかった。
そしてそれは。
勇者パーティをクビになったことを、あらためて向き合うことを意味していた。




