第二話 勇者パーティをクビになってから
「なあロック。
お前――まさかなにもせず人に好かれるとか思ってないよな?」
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――勇者パーティからクビを宣告されて、故郷へ帰る途中のことだった。
馬車移動の休憩中、近くの森の奥に湖があることが分かった。
水筒の中身を補充するつもりで湖に向かい、透き通る水面に手を入れた時だった。
ばしゃ、と。
視界の端で水面が膨らんだ。
魚でも飛び出したのかと思って音の方を見たら――目を離せなくなった。
飛び出した黒い影は、女の子だった。
ピンクの髪が肌色に張りついている。明るい赤色の鱗が体のところどころにあり、尾てい骨から伸びる長い尻尾が大きな水飛沫を立てた。
さらに目を引くのが右目の……顔の半分を覆う青い刺青だった。
控えめな胸と、細いけど鍛えられていると分かる肉体美。
かわいいもあるけど、カッコイイ体だった。
その女の子は生まれたままの姿でなにも身に着けていない。
そのことにいまさら気づいて、理解した途端に目を逸らす。でも。
さっきまでの光景は目に焼き付いている。見ていなくとも見えていた。
今も、まだ……っ。
「ん?」
その子の声に反応してちらりと視線を向けると、バチ、と目が合った。
あ。合ってしまった……。
剣が届く射程距離だ、さすがに彼女が僕に気づかず立ち去るとは考えられなかった。
だから遅かれ早かれ、だろう……それにしては、その子は僕に気づいて、意外にも動揺していた。
目を見開いて……あ、金色の瞳が白黒している。
けど、すぐにその目が細くなった。裸で、弱点を晒し続けている大ピンチだったけど、一転して大したことない獲物だったことを理解したように。
細くなった金色の瞳に睨まれて。
……蛇に睨まれた蛙とは今の僕のことだった。
その子が口を開けた。鋭い八重歯がギラリと光る。
「き、みは、あの時の――――」
僕がまだ勇者パーティにいた時。魔王の手下である古代族の一団と戦うことになった。その中に、この子がいた、ような気もする……。
曖昧なのは前線に立っていないから遠目でしか見られなかったからだ。
雰囲気は似ているけど、その時とは髪型も服装も違う。当然だけど、全裸で髪を下ろした敵の子を見たわけではないから、同一人物だとは言えなかった。
ただ、顔の半分を覆う刺青は忘れようがない特徴だ。
「いやん……って感じか? オイ――――見たな?」
水面に反射した太陽の光で女の子の濡れた体が輝いて見え、まるで女神や精霊と向かい合っているような気分だった。
蛇に睨まれた蛙とは逆の意味で、動けなかった……、綺麗だ……。
きっと、今の僕を、『見惚れている』と言うのだろう。
隠す気がない堂々とした歩きで、その子が水面から陸に上がってくる。
自然と目が引き寄せられるため、体の変化がはっきりと分かった。
両手の爪が伸び、さっきよりも八重歯の鋭さが増している気がする。
垂れていた赤い尻尾が今は真上を向いていた。
少女が消えた――――「え?」
目を疑った。
僕が見た幻覚だったんじゃないか? 理想が具現化した――わけではなかった。
安心した。でも安心しちゃダメだ。
影がある。真上、太陽に被る女の子が、五本指から伸びる爪で僕を狩るため飛びかかってきていた。思わずぎゅっと目を瞑る。………って、違うだろ。
理不尽な八つ当たりじゃない。これは僕が悪いんだ。
だったら――悲鳴を上げられてビンタされるよりも随分とダメージは大きいけど、僕は甘んじて受け入れるべき罪を犯している。逃げたらダメなんだ。
女の子の裸を見たんだ、ぶん殴られるべきだった。
たとえ不可抗力だったとしても。
見られた女の子の傷が癒えるわけじゃない。
だから、目を開ける。飛びかかってくるその子の目を真っ直ぐに見つめて、
――目が潰される寸前で、爪の切っ先が止まった。
あと数ミリ、で……僕の目は串刺しにされていただろう。
覚悟していた。のに、僕は今もまだ彼女の裸を見ることができている。
「…………おまえ、アタシに食われたいのか?」
「食われたい、わけじゃないけど……君だったらいいよ。でもその前に! ……謝りたかったんだ」
片手に持っていた水筒を足下に置く。
それから勢いよく、頭を下げた。
「ごめんっ、裸、見ちゃって――」
「んなもん、どうでもいいっての」
頭を下げてしまったので彼女の顔は見れなかった。
けど、声の調子から不機嫌だということが分かる。
怒るのも無理ない。どうでもいいと言ってくれているけど、どうでもいいわけがないんだから。
「謝るよ、何度でも。これは嘘じゃないんだけどさ、綺麗だなって思ったんだ……でも、君は見られることを嫌がりそうだから……」
「…………」
どしん、どしん、と聞こえてくる。
それは彼女が尻尾を左右に揺らして地面を叩いている音だった。
う……尻尾を振ってる、けど、まるで急かしているようにも思える。ご機嫌なのか不機嫌なのか分からないな……いや不機嫌だよね? だって裸を見ちゃったんだから!
「ごめん! 裸を――」
「もういい、しつこい。それより、服はあるか? 布でもいい、体を隠せるような――」
……許されたわけじゃない、分かってる。
おそるおそる、顔を上げると、女の子はさっきよりもやや恥じらいがあった。
堂々としていた振る舞いが少し砕けていた。
綺麗な手で胸と股間を隠して……いるようにも見える。隠れていないけど。
女の子は目を逸らしていた。伸びていた爪も、八重歯も、今は短くなって丸みを帯びている。敵意がなくなった、と思う。
体を捻っているけど、後ろを向くでもなかった。
葛藤があるらしい……そりゃそうだよね、だって裸だもん。
「オイ」と頬を赤くしながら女の子が睨んでくる。
あ、そっか。服が欲しいって言ったんだよね……服……布でもいいらしいけど、あるかな……?
リュックの中にはなかった。じゃあ――。
「僕のでもいい? いま着てるこれ、あげるから――」
親友から貰ったフード付きの灰色ローブ。
それを渡すと、女の子は匂いをくんくんと嗅いで――うわぁあっ!?
「く、臭いよねごめんね!?」
「ああ、くさい」
……最悪だった。でも、その子がにんまりと笑っていたのが気になったけど。
ローブを羽織る前に、女の子が体を左右に振って水滴を飛ばした。髪の水分がまとめて僕に痛いくらいかかった。
それから、女の子は足首にあった紐をほどき、髪を左右で結ぶ。髪型ひとつで年齢がぐっと下がったように見えた。
やっぱり、この子は……数日前に戦った――魔王の手下の……。
「お、メシ持ってるじゃん、食っていい?」
僕のリュックに目を向けた。中には森で採取したキノコが入っている。
「いいけど、毒があるかもしれないよ? まだ確認してないから……」
「それは大丈夫。アタシ、毒に耐性があるからな」
「耐性があっても毒なら食べない方がいいと思うよ?」
忠告を言い終える前に既にバクバクと食べていた。よほどお腹が空いていたみたいだ。
頬袋をぱんぱんにしながら、満面の笑みだった。
尻尾が左右に暴れている……さっきまでとは比じゃない。
地面をばんばんと叩いて、地面に亀裂が入っていた。
さすが魔王軍の……いや、古代族だから?
キノコでこれならお肉を渡したらどんな反応をするだろう?
「…………」
ピンク色の髪を左右で結び、顔の半分が大きな刺青模様で埋まっている。
赤い鱗のトカゲのような尻尾を持ち、口を開けば八重歯が見える。
数日前、洞窟で戦った魔王軍の手下――その数人の中のひとりだった。
名乗っていたわけじゃないから、さすがに名前までは分からなかったけど……。
――分からないなら、聞けばいいんだ。
「僕はロック。君は?」
「アンナ」
答えてくれた。口の中にキノコをぱんぱんに詰め込みながら。
赤い尻尾の女の子、アンナが答える。
隠すつもりがなく、なのでもちろん悪びれることもなかった。
堂々と、素性を明かす――そこにはきっと、負い目がないからだろう。
「魔王軍、幹部のひとり――アンナだ!」




