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迷宮攻略にはサポートショップが必要です ~迷宮より古いエルフの店で、今日も新人が欲しかったものとは違うものを買っていく~  作者: 奇木 尋


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第2話 二回目の朝

迷宮ブルンの入口は、思っていたより静かな場所だった。

大通りの突き当たりに、岩山がひとつ盛り上がっている。

その根もとに、大人が三人並んで通れるくらいの穴が、ぽっかりと開いている。

縁には古い石が組まれていて、ギルドの係員が二人、退屈そうに立っていた。

朝の入口には、冒険者たちが列を作っていた。

大剣を背負ったドラゴニート。

杖を抱えたエルフ。

冗談を言い合いながら歩く、六人組の獣人たち。

みんな慣れた様子で、係員に登録の札を見せては、穴の中へ吸いこまれていく。

ティモは、その列の最後尾に並んでいた。

新しい靴の中で、足の指を握ったり開いたりする。

借りた剣は腰に重く、胸当ての紐は、宿のおかみさんに結び直してもらった。

大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。

村を出てから、三日歩いた。

父ちゃんも兄ちゃんたちも、畑を一日休んで見送ってくれた。

大丈夫だ。

ティモの番が来た。

係員に札を見せると、若いほうの係員がちらりとティモの顔を見て、「初めてか」と聞いた。

「はい」

「じゃあ、ゆっくりな」

何がゆっくりなのか、聞き返す前に、ティモは入口の石の縁をまたいでいた。

一歩。

二歩。

ひやりとした空気が頬に触れた。

三歩目で、地面が傾いた。

いや、傾いたのは自分の頭のほうだった。

目の前がぐるりと回り、胃の底から酸っぱいものがこみ上げてくる。

足が動かない。

靴の底が石に縫いつけられたようだった。

前に進もうとすればするほど、見えない手のひらに胸を押し返される。

気がつくと、ティモは入口の外の地面に膝をついていた。

「おーい、大丈夫か」

さっきの係員が、水の入った柄杓を差し出していた。

ティモはそれを受け取ることもできず、ただ荒い息をついた。

「弾かれたな。よくあることだ。今日は帰って休め」

よくあること。

その言葉が、ちっとも頭に入ってこなかった。

後ろで、また誰かがよろめく気配がした。

振り返ると、少し離れたところで、ひとりの少女が入口の縁に手をついていた。

頭の両脇から、小さな角が後ろへ伸びている。

首筋に、薄青い鱗がのぞいていた。

ドラゴニートの娘だ。

年はティモと同じか、少し上くらい。

少女は顔を上げ、ティモと目が合った。

金色の瞳が、一瞬だけ揺れた。

それから少女は、何も言わずに背を向け、大通りを足早に去っていった。

腰の剣が、歩くたびにかちゃかちゃと鳴っていた。

*

気がつくと、ティモはマグダの店の前に立っていた。

どこをどう歩いてきたのか、覚えていない。

扉を開けると、昨日と同じ小人族の爺さんが、昨日と同じ丸椅子に座っていた。

爺さんはティモの顔を見て、にやりと笑った。

「ほらな」

「ホルガーさん」

カウンターの中から、三毛猫を抱いた女の子がたしなめるように言った。

ロッテ、と呼ばれていた子だ。

ティモは返事もできずに、入口の脇に突っ立っていた。

泣きそうだった。

いや、もうほとんど泣いていたかもしれない。

「座って」

奥から出てきたマグダが、丸椅子を指した。

昨日と同じ椅子だった。

ティモが座ると、湯気の立つ茶碗が目の前に置かれた。

「弾かれたのね」

「……はい」

「どんなふうに?」

ティモは、入口でのことを話した。

めまいがして、吐きそうになって、足が動かなくなって、押し返された。

話しているうちに、声が震えてきた。

「三人に一人は弾かれるんだ。気にすることはないぞ、坊主」

ホルガーが言った。

「わしなんか、ブルンの頃に二回弾かれた。三回目でようやく通れた」

「でも」

ティモは膝の上で拳を握った。

「もし、ずっと通れなかったら。俺、村に帰れません。父ちゃんたちに、なんて言えば」

店の中が、しんとした。

マグダは笑わなかった。

ホルガーの言葉に乗ることもなかった。

ただ、カウンターの向こうで帳面を一枚めくり、羽根ペンを手に取った。

「じゃあ、明日の朝のことを決めましょう」

「明日の、朝?」

「二回目の朝よ。何を食べて、何時に起きて、どこを通って入口まで行くか。今のうちに、全部決めておくの」

ティモは目をしばたいた。

「そんなことで、通れるんですか」

「わからないわ」

マグダはあっさりと言った。

「入口が何を見て人を選んでいるのか、誰も知らない。だから、わたしにも約束はできない。でも、明日の朝、あなたが何も考えずに入口まで歩いていけるようにはできる」

羽根ペンが、帳面の上をさらさらと走った。

「起きるのは、鐘五つ。早すぎても遅すぎてもだめ。朝ごはんは、宿の麦粥。あなた、今朝は何を食べた?」

「……何も。緊張して」

「そう。じゃあ、明日は食べなさい。少しでいいから、温かいものを」

「はい」

「それから今日の午後は、その靴で井戸のまわりを歩きなさい。百周」

「ひゃく?」

「新しい靴は、足に慣れるまで少しだけ嘘をつくの。明日の朝までに、本当のことを言うようにしておいて」

ロッテが、くすりと笑った。

ティモもつられて、少しだけ口もとがゆるんだ。

「夜は、早く寝ること。眠れなくても、横になって目を閉じていなさい。それと」

マグダは帳面の切れ端をちぎって、ティモに渡した。

そこには、今言われたことが、短い箇条書きで並んでいた。

いちばん下に、ひとつだけ見覚えのない一行があった。

――入口の前で、靴ひもを結び直すこと。

「これ、なんですか」

「おまじないよ」

「効くんですか」

「さあ」

マグダは肩をすくめた。

「でも、結び直しているあいだは、下を向いていられるでしょう。前に並んでいる人の背中を、見なくてすむわ」

ティモは紙切れを見つめた。

それから、丁寧に四つに折って、胸当ての内側にしまった。

「ありがとうございます。あの、お代は」

「お茶の代金なら、ホルガーが払うわ」

「なんでわしが」

ホルガーの抗議に、ロッテがまた笑った。

三毛猫が、ロッテの腕の中であくびをした。

*

その日の午後、井戸のまわりを黙々と歩く少年の姿を、広場の人たちは不思議そうに眺めていた。

水汲みのおばさんが、「何周目だい」と聞いた。

「六十二周目です」

ティモは答えて、また歩いた。

八十周目を過ぎたあたりで、店の扉が開いて、ロッテが水筒を持って出てきた。

「マグダさんが、これ。昨日の水筒、まだ空のままでしょうって」

図星だった。

ティモは礼を言って水を飲み、井戸の縁に少しだけ腰かけた。

ロッテは、隣に立ったまま、所在なさそうにエプロンの端をいじっていた。

「あの、ロッテは、迷宮に入ったことある?」

何気なく聞くと、ロッテは少し困ったような顔をした。

「……あるみたいです」

「みたい?」

「わたし、迷宮の中で倒れてたんだそうです。マグダさんが見つけてくれて。でも、そのときのことも、その前のことも、覚えてなくて」

ティモは言葉に詰まった。

ロッテは慌てたように手を振った。

「あ、ごめんなさい。変な話して。わたしなんか、ほんとに何もできないのに、置いてもらってるだけで」

「そんなこと」

ないよ、と言いかけて、ティモは口をつぐんだ。

昨日会ったばかりの自分が言っても、軽く聞こえる気がした。

代わりに、水筒を差し出した。

「これ、ありがとうって、マグダさんに。あと、ロッテにも」

ロッテは目を丸くして、それから小さくうなずいた。

ティモは立ち上がり、また歩き出した。

ふと、ギルドの石段のほうに目をやると、柱の陰に、角の生えた人影が見えた気がした。

もう一度見たときには、誰もいなかった。

九十周。

百周。

靴は少しずつ、足の形になじんでいった。

*

翌朝。

鐘が五つ鳴った。

ティモは宿の麦粥を半分だけ食べて、紙切れに書かれた道順どおりに大通りを歩いた。

入口の前には、昨日と同じように列ができていた。

ティモは列の最後尾に並び、その場にしゃがんで、靴ひもをほどいた。

きゅっと引いて、結び直す。

左。

それから、右。

顔を上げると、もう自分の番だった。

昨日の若い係員が、ティモを見て、少しだけ眉を上げた。

「よう。二回目か」

「はい」

「じゃあ、ゆっくりな」

ティモは、石の縁をまたいだ。

一歩。

二歩。

三歩。

ひやりとした空気が頬に触れた。

地面は、傾かなかった。

四歩目も、五歩目も、靴の底は石畳をしっかりと踏んでいた。

薄暗い通路の先に、ぼんやりと灯りが続いている。

冒険者たちの話し声が、壁に反響して聞こえてくる。

ティモは、立ち止まった。

入れた。

入れたのだ。

胸の奥から、何かがこみ上げてきた。

今度は、酸っぱいものではなかった。

ティモは振り返って、入口の外の明るい光を見た。

列の中に、あの角の生えた少女の姿を探した。

けれど、どこにも見当たらなかった。


2話目です。

引き続き、投稿しています。

よろしくお願いいたします。

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