第37話 胸騒ぎと上陸
「やっぱりダメか……」
テラスに出て考え事をするダリオの膝の下には、魔術で粉々にした壺の破片が無数に散らばっていた。
壺の破壊の音に驚いた鳥が、青い空へとバサバサ飛び立っていく。さっきからこの中庭にいる鳥という鳥を追っ払っている気がした。
その内ルナ少年が血相変えて執務室に飛び込んでくるかもしれない。
ふうと一つ息をついて、ダリオは壺の欠片を拾い集め始めた。
執務室の中には、今日も今日とて床に広げたござの上に、電極を沈めたビーカー。そしてビーカーの中身を解析するための魔導機構がでんと広げられている。
赤土色の破片の入った試験官が装置の上で撹拌され、あるいは熱され、あるものは電気を流され。
しかしそのすべての試みを通してみても、ダリオの欲しい答えにはたどり着かない。
あるいはもっと知恵のある専門家が時間をかけて研究すればたどり着くかも知れないが、少なくともダリオが数日時間をかけたくらいではどうしようもなかった。
――特定の魔術をぶつけなければ壊れない壺の性質を利用して、どんな魔術も通らない最強の盾を作る。
やはり研究には専門の設備がいるか……。
弱点になる魔術で砕く以外は壺を分割する術がないから、細かく粉砕して他に加工しようもない。
大きく割れた破片をそのまま盾に使えるかもしれないが、一定の魔術を撃たれると爆発するような盾をどう使えよう。
弱点の異なる壺の成分同士を混ぜて一つにしてはどうかとも思ったが、ダリオの力では粉末になるまで分割できない以上、他のものとの合成はかなり難しい。
合成した所で、思惑が外れてすべての魔術を弱点とする奇妙な物質が出来上がってしまうかもしれない。
加工する前の粘土の状態ならどうか。
今度は壺ではなくそっちを取り寄せてみるか。しかしあれの流通は魔術師の装備を開発する専門の機関が取り仕切っているし……。
そんなふうに頭を悩ませながら、とりどりの花が植えられた真昼の庭を眺めていると。
「お邪魔いたします、ダリオ殿」
渋い顔をしながらテラスを渡る風に吹かれていたダリオは、従僕が取り次いだその人の声にはっと振り返る。
執務室で飼っている雛達は、実験の間は危険なので別の部屋に置いている。今部屋の中にいるのは、テラスにいるダリオの他にダフネだけだ。
室内で書類の整理をしていた彼女は、その人物の入室とともに、本棚の影に隠れるように身をひいてしまっていた。
客は構わず、立派な杖をつきながら部屋の真ん中まで進んでくる。
整った顔に自信に溢れた笑みを浮かべながら、彼……宮廷魔術師ベルデ伯爵は、近付いてきたダリオに軽く会釈した。そのまま彼は部屋の奥に隠れたダフネの方に視線を投げる。
ダリオは慌ててその視線を遮った。
「これは、ベルデ殿。先日の会議以来ですね。ああっと、この部屋の有り様は無視して下さい。実はちょっとした実験の途中で……」
その男とダフネの間の線を断ち切るように、ダリオは二人の真ん中に立ちながら言う。ダフネの姿はその背に隠れる形になった。
ダリオはそのまま、ひきつった笑顔で相手に用件を質した。
ベルデはこの宮廷でたまに顔を合わせるときと同じように、常に完璧な社交用の笑顔でそれに答える。
「では、お忙しいようなので単刀直入に。実はお願いがあって参ったのです。先日アデリナ嬢が結婚されて、睡蓮魔術師団に一人空きが出たでしょう? その穴に、我が妹を推したいのです。ダリオ殿からもご推薦いただけると有り難いと思いまして」
自分よりいくらか若いその青年貴族の整った眉の間を眺めながら、ダリオは「はあ」と生返事を返した。
何が彼をそこまでにするのか知らないが、自分という存在に相当な自信を持っているのだろう。まっすぐ相手の目を見たまま、一語一語をかなりハキハキと話す青年だった。
宮廷魔術師ベルデ。彼はすでにその父の跡を次ぎ伯爵となっている。ダリオと違ってしっかり爵位も品性もある、正真正銘の魔術師貴族だ。
そして多分、彼の一族はそろって高い魔力を持っているのだろう。ベルデは近く妹を魔術師として宮廷に召し上げたいという。
その推薦を得るために宮廷魔術師達を回っているのだ。
しかしダリオが引っ掛かったのは彼の妹のことではなく、睡蓮魔術師団から結婚で抜けたという令嬢の名だった。
生返事しながら、ダリオは先日喧嘩したあの睡蓮魔術師団の令嬢を思い出す。おそらく抜けた穴というのは彼女のことだろう。
アデリナという名前だったのか。
「縁談が突然でしたから、メロコトネロ夫人から適任はいないか急ぎで相談を受けたのです。そこで、ちょうど我が妹がまだうちにいることを思い出して。他にも何名か候補が上がったようですから、実力ある宮廷魔術師各位から妹にご推薦を頂きたいと思いまして」
その言葉に適当な返答を返す間も、ダリオの関心はアデリナ嬢なる令嬢にあった。
用件をすべて述べると、訪ねてきた宮廷魔術師は、気もそぞろなダリオにアデリナ嬢についての世間話を始める。
それこそがダリオにとっては本題以上の価値を持っていた。
「しかしアデリナ嬢は聡明な方でした。彼女にこの宮廷でもう会えないというのは、何とも寂しい限りです」
ダリオはそれを最初、今までと同じ冷めた頭で聞いていた。
睡蓮魔術師団の団員の離脱、とりわけ美人の離脱を嘆くその声音が、彼の性質の一端を表している。
それが何とも浅はかに見えたから。
しかし、
「嫁がれた先は遺跡地方の領主の家とか。あそこは風光明媚で素晴らしい所ですが、王都からはなかなか行く機会がありませんからね」
「遺跡地方、ですか。確かに遠いですね……」
やっとダリオの興味が向いたことを相手も感知したか、ベルデはこう続けた。
「アデリナ嬢は、霊樹公に嫁いだのです」
「え?」
「かのお方の後妻に入られたのですよ。霊樹公は不幸なお方で、四度も細君を亡くしていらっしゃいますからね」
「……」
戦慄、というには小さいが、確かにダリオの背に冷たいものが走った。
慌てて目の前のベルデに相槌を打つ。
「お詳しいですね。すみません、僕は未だにそちらの方の関係に疎くて……」
「はは。睡蓮魔術師団の団員達は宮廷で我らの支援をしてくれているのです。顔と名前と境遇くらいは全員分知っておくべきかと思いまして」
予想以上に下世話な答えが返ってきて、ダリオはもうその言葉に生返事すらしなかった。
相手は貴族の間に喧伝されるどうしようもないゴシップを、世間を何も知らない魔術師に吐き出せたことに満足しているようだった。
それを見て……。
推薦の件はレオナルドにも取り次いでおきますから、と宮廷筆頭魔術師代理はそそくさと話をまとめる。そして目線で相手にドアの方を示した。
ベルデの立派な靴が執務室の扉を振り向きかける。
そこでようやく相手はダリオが部屋の中に広げているものに言及した。
「魔術の練習用の壺の欠片ですか」
「え? ……ええ」
「難儀な物質です。粘土の性質の書き換えの際に、必ず一つ弱点を設けねば、書き換え自体が破綻します。故に万能の防御を頼むことはできない」
「……」
「しかしいつかその書き換えの制限を超えた万能の防御力を持った物質が生み出される日も来るかも知れません。先日も異大陸でその可能性を秘めた鉱石が発掘されたという知らせがありましてね」
「へえ……異大陸で」
「ええ。隕石の落下跡から見つかったらしいです。魔術の通らない盾など開発されてしまったら、私達魔術師の世も、案外早く幕引きかも知れませんね」
言葉とともに、立派なローブを着た背はようやく執務室を出ていった。
息を詰めていた今のその部屋の主は、ふうと一気に肩を落とす。
「……城の離れに、ずいぶん足繁く通っていらっしゃいます。ベルデ卿が睡蓮魔術師団の団員のことに詳しいのはそのためです」
分けていた手元の書類を整えながら、どこかうんざりした様子のダフネもそう呟く。
彼女は言葉を遠回しにしたが、ベルデの悪癖は宮廷では誰もが知るところだった。
正直ダリオは今まで、彼の女性問題にかなり疎かった。しかし睡蓮魔術師団の周りを調べ始めて、改めて思い知ったのだ。
先日睡蓮の池の畔でダフネを脅していた令嬢が言っていた。ダフネが彼をたぶらかしたと。
しかし実際は逆だ。彼がしつこくダフネに言い寄っているのだ。
ダフネだけでなく、彼に『手が届く』と認識された女性は皆……。
しばらく額に手を当てて沈黙する。
最早この宮廷で会うすべてが、端的に言ってうすら寒くて仕方がない。
ベルデの、あのどこか不遜に満ちた笑みを思い出す。……彼の目は、すぐ前に立っているダリオではなく、この部屋を見ていた。
それとなく、しかし持ち込んだ用件などそれの都合であるかのように、レオナルドのいなくなった部屋の中をずいぶん興味深そうになめ回していた。
ダリオの向こうに何を見ていたのかは知らないが、妹の活躍を願う以上の野望が確かに彼にはある。この宮廷では誰でもそうだと言ってしまえばそれまでだが。
「遺跡地方……確かに遠い。僕にはもう……」
不意の訪問者がもたらした心のざわめきを鎮めるように、魔術師は空気の玉が浮かび上がるばかりのビーカーの中から電極を抜いた。
何かが始まっている。いや、何かが始まっていたことにやっと気付いた。
その胸騒ぎを、目の前のことに没頭することで何とか振り払うように。
目の前を、一瞬ともいえない速さで生まれて消えていった、その輝きを覚えている。
まるで稲妻のような、銀の閃きだ。
それ以外に言い表しようがない。
人間の手からそれが放たれることが、不思議で仕方なかった。
彼の体は完全に甲冑と調和して、まるでそういう生き物として生まれたかの如く、すべての動きが洗練されていた。
きっと見えてるんだな。
彼に遠く及ばぬ身とはいえ、かすかにそう感じた。
斬るべき線、突くべき穴、きっと彼には相手の脆さも急所も最初から見えている。
その瞳の前に為す術もなく打ち負かされた黒と白の甲冑の男達が、恐れも間に合わない、驚愕にかっ開いた目ですべてを見守っていた。
怒涛のような銀の波が、勝敗という境界を一方的に自分の方にさらっていくのを。
そして。
「どうやら今年は騎士団に腕のいい従者を迎えられたようだ。……訓練場の英雄よ。次は俺の相手をしてもらおうか」
その声に道が開けた。
打ち負かされた甲冑の群れの向こうから、黒の騎士達の一人が名乗りを上げたのだ。
銀の閃きの戦士は、ただ、その男を視界におさめて……。
怯えた目ではない。
しかし諦念とともに何かを捨てた目だった。
その男と自分の違いを、『弁えている』のだと思った。彼は生粋の剣士であり、それ以上に賢い男だったから。
剣が飛んだ。戦いの結末は、驚くほどあっさりと。
それから後はもう、彼のすべては暗黒の谷へと転がるように、瞬間ごとに悪くなっていった。
彼は強く賢かった。しかしそれに見合う地位はなかった。
どんな戦士も、生まれという壁まで切り裂くことはできない。
強く賢い男は遠くへ流され、酷な環境に剣を折られ、最後は軍規に反して人を斬り処分されたという。
だから――。
立ち込める霧と木の影が作り出す濃い灰色の景色の中に、銀の輝きは二度三度と空気の亀裂を作っていく。
こんな状況だが、感嘆のため息が出そうだった。
騎士達はあの異形に、為す術もなく散らされていったのに。
彼の剣はその動きを捉え、乱し、腕から武器を弾く。
その閃きにもう一度出会ったのだと、直感するには十分だった。
すべてを振り捨てて逃げてきた霧深い森の中。
その銀の閃きを、今度は己の運命の分岐点として見出だすことになろうとは、あのときこの頭の片すみにさえ思うことはなかったのに。
鉈を振り上げる異形の指を、長剣が下方から強く叩く。鉈は弧を描いて宙を飛び、低木の近くの泥の中に深く突き立った。
得物を失った異形の足下を、青く水流がとらえ、それが次の瞬間には鋼鉄のような氷の塊になる。
異形は上半身だけで暴れるが、次の瞬間、その胸に深く光の矢が突き立った。
異形の前にいたみすぼらしい魔女と、泥だらけの甲冑を着た兵士は、驚き顔で後ろを振り返る。
「華麗な連携だったね」
後ろから歩み出てきた黒いローブの男の微笑みに、二人はぎこちなく顔を見合わせる。
黒衣の男の後ろには、瞳孔の長い目をつり上げながら、無言でことを見守る放浪者のような擦りきれたローブを着た人物が。
霧深い森で相変わらず灰色に見えるほど血色の悪い手に握り拳を作りながら、自分を捕らえた男の背をうらめしげに見つめていた。
「さあ、次はどっちに行く? 君たちが森を出るまでは付いていくから」
どこか……というか率直に心のワクワクを隠さず微笑むその男に、魔女と兵士は困惑の表情を浮かべるばかりだった。
それは遡ることほんの少し前のこと。
「うお! ちょっと、この梯子多分腐ってるわよ!」
「船に飛び乗っていったときはあんなに威勢がよかったのに……。俺も助けてやれねえぞ」
「ちょ、ちょっとだけ薬の瓶持ってて! これが割れたら元も子もないから」
やいのやいの言いながら、魔女と兵士は岸へと垂らした縄梯子を下りていく。幽霊船の甲板に収納されていたものを勝手に拝借したのだ。
しかしこの怪しい船から降り、ソルの待つ盆地の要塞へと帰るためには仕方がない。
それに、未だ船首にいるであろうあのおかしな二人の魔術師達からも一刻も早く離れなければならないのだ。
泥に埋まった船尾から垂らした梯子を下りきり、ピエドラとウィンフレッドはようやく柔らかい地面へと下り立った。
下り立った瞬間自分達の靴を飲み込み始めた浅瀬を走り、何とか葦の囲む固い岸辺へとたどり着く。
本当に危機一髪の船旅だった。
足を凍らせたとはいえ、未だあの謎の機械の骸達は船に満載されたままだ。足の氷が融ければまたピエドラ達を襲うかもしれない。
早くここを離れなければ……。
しかし。
「いつもはこんなに霧が出てないんだが……」
目の前に現れた黒々した低木の森を眺めながら、ウィンフレッドが呟く。
そこは湖畔のあの村と同様、先が見渡せぬほどの濃い霧に覆われていた。
木々の影と相まって、向かう先がほとんど自分の手を伸ばす辺りまでしか判然としない。
「……」
思わずポプラの杖を強く握りしめながら、魔女も兵士に並んだ。
この湿地に踏み入れたときから感じていたが、やはり変な霧だ。何故か、自然現象から離れた人為的なもののような気さえする。
まさか……。
「幽霊船なんて序の口だったな……」
森を真っ直ぐ見つめていたウィンフレッドが低い声で呟く。どうやら霧の奥に潜む、細い影を見てとったらしい。
「ここにもあの骸骨がいるの……?」
「ああ。この湖から出て、多分森中を歩き回ってる」
兵士の言葉を肯定するように、木々の隙間から冷たい空気が湖畔へと流れてくる。
まるでこの森を突き進む危険を、踏み込もうとする者達に教えるように。
森を抜けずとも、湖の周りをぐるっと巡れば元の村までたどり着けるのは分かっている。しかし、葦の繁った岸辺を歩くのは別の危険が伴うのだ。
視界の悪い中、踏み外して泥に突っ込めばどこまでも沈んでしまう。
いっそ沈む前に泥を凍らせてやれば安全なのではと、ピエドラは大きく杖を振りかぶったが……。
こうなると途端に魔術師を裏切るのがピエドラの魔術だ。
「氷よ、氷! お願いだから言うことを聞いて!」
杖を泥の中にズッコズッコと突き立てながら、魔女が必死に叫ぶ。兵士は半ば呆れ顔でそれを見守っていた。
「氷よ! 氷だ! 氷だってば!」
ピエドラの前で、地面に手鏡ほどの大きさに張った氷がジュワジュワと音を立てて溶けていく。まるで魔女を嘲笑うかのごとく一瞬で水溜まりになって。
「あんた、臨戦態勢のときしか大魔術が使えないのか……」
的を射た兵士の言葉に、ピエドラは杖に体重を預けてがっくりうなだれるばかりだった。
杖に結んだ銀製の龍の飾りが冷たくその手に触れる。
会ったばかりの兵士に本質を見透かされたのは悔しいが、その通りなのだ。
風の魔術が戻ったときもそうだった。
まさに危機一髪という瞬間にしか、ピエドラはまともにイメージ通りの魔術が使えない。……いや、正確に言えばイメージ通りではなく、多少やり過ぎてしまうのだが。
今も。ピエドラの魔術では足下の泥を凍らすこともできないし、これでは湖を渡れるような大きな氷も作り出せない。
まぐれで一瞬作り出せたとしても、湖の真ん中で突然魔術が使えなくなったり魔力が尽きたりすれば終わりだ。
「森を行くしかないな。今湖を渡ろうとすれば、船首にいたあの魔術師に狙い撃ちされるかもしれないし」
結局、湖を片手に見ながら森に少し入って岸辺沿いに進むのが安全な道だろうということになった。
何かに遭遇した場合はすぐに木の影に隠れて、あくまで隠密にソルの待つ要塞まで帰ろうと。
この森には骸の他に、今頃どうなっているか知らないが、白銀騎士団と黒銀騎士団がいるはずなのだ。どちらに見つかるわけにもいかない。
霧で湖を見失わぬよう注意しながら、魔女と兵士は浅く森の中へと踏み込んだ。
葦の茂みから離れても地面は少し緩く、沈みはしないが雨上がりのように泥が足に絡まってくる。
藪を切り開くウィンフレッドに続きながら、ピエドラはふと、すでに霧にふさがれ見えなくなった幽霊船の方を振り返った。
「そう言えば船の方が静かだけど、あの二人どうなったんだろう……」
その言葉の直後だった。
ピエドラの後ろから、タプタプと泥を踏む足音が鳴り始める。間を置かず、魔女と兵士の後ろの霧の向こうに、大きな人影が現れた。
影はこちらを目指して近付いてくる。
近くの木の幹を挟むように臨戦態勢をとって、魔女と兵士はその場で身構えたが……。
「やあ、魔術師」
近付いてきた大きな影。それが折り重なるように二人並んで歩いてきたローブを着た者達……黒衣の魔術師と爬虫類の目の人物だと、霧の中ではっきり認識するまでしばらくかかった。
流れ行く深い霧の中で、黒衣の魔術師の青い目がまっすぐピエドラに注ぐ。
……まずい。いよいよ追いつかれた。
しかし魔術師達は二人仲良くくっついて魔女と兵士を追ってきたわけではないようだった。
爬虫類の目の人物は、黒衣の魔術師のすぐ前を『歩かされて』いる。それがその敗北感と焦燥に包まれた表情だけで分かった。
黒衣の魔術師は、その人に後ろから杖を突きつけているのだ。
つまりは命を盾にとって言うことを聞かせている。
剣呑な状況を自ら作り出していることを知らぬげに、黒衣の魔術師は爬虫類の目の人物のさらに先にいる逃走者達に微笑みかけた。
「敵の敵は味方ってことで。どうかな、俺も君達に付いていっても?」
身を隠す木の影で、魔女と兵士はどちらからともなく顔を見合わせた。




