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第五章 PB-22 身体を支える時代編

第五章 PB-22 身体を支える時代編

二〇一七年。

PB-17の発売は、アシストダイナミクスにとって、一つの到達点だった。創業当初、川崎の雑居ビルで始まった小さな会社は、いつの間にか、業界の標準を生み出す企業になっていた。

PB-17は、日本中で売れた。いや、正確に言えば、PB-17そのものより、そのOEM製品のほうが売れていた。

建設現場では、北松建機の**「現場力シリーズ」。農家では、久保本農機の「楽腰シリーズ」。林業では、石橋フォレストテックの「森人シリーズ」。介護施設では、医療機器メーカーの照森メディカルと提携した「ケアサポーター」**が、広がっていた。

もはや、アシストダイナミクスの社名を知らない利用者のほうが多かった。それでも、遠山は気にしていなかった。むしろ、笑っていた。

「本物の標準品になったってことだ」

青山も、同意していた。誰が作ったかではない。誰が使うかだ。PBシリーズの思想は、そこにあった。

* * *

だが、二〇一八年。青山は、再び、違和感を覚え始めた。

ある介護施設でのことだった。利用者を、ベッドから車椅子へ、移乗させる介護士。腰には、ケアサポーターが、着けられている。姿勢は、楽そうに見えた。しかし、肩が苦しそうだった。腕も、疲れている。利用者を抱えるたびに、肘へ、負担が集中していた。

介護士は、青山の顔を見て、小さく会釈した。あの、PB-12の発表会で壇上に立った、佐伯だった。

「お久しぶりです。腰は、本当に、助かっています」

「何か、困っていることは」

「いえ……ただ、最近、肩が。腕の固定は、とても助かっているんですが、その分、肩が上がらない日があって。同僚にも、肘が痛いと言う人が増えました」

「そうですか」

青山は、それ以上、何も言えなかった。

その夜、青山は、施設から届いた報告書を、読み返した。似たようなデータが、並んでいた。腰痛、減少。ぎっくり腰、激減。しかし、肩関節障害、増加。肘の腱鞘炎、増加。首の疲労、増加。

「当たり前か……」

青山は、呟いた。腰だけを助ければ、身体は、別の部分で補おうとする。人間の身体は、そういうものだ。

* * *

翌週、久しぶりに、創業メンバー三人が、会議室へ集まった。

「問題が見つかった」

青山が言うと、遠山が苦笑した。

「また始まった」

村上も、笑った。PB-12完成。PB-17の普及。そのたびに、青山は、次の問題を見つけてくる。

だが、今回は、少しだけ、違った。青山は、ホワイトボードへ、人体の簡単な図を描いた。腰。肩。膝。肘。首。そのすべてに、丸を付けていく。

「腰だけじゃない」

青山は、マーカーを置いた。

「人間そのものを、支えなきゃ駄目だ」

部屋が、静かになった。それは、今までのPBシリーズとは、全く違う発想だった。

「腰部アシストじゃなくて、全身の負担分散装置か」

村上が、呟いた。

「そうだ。どこか一ヶ所を助けるんじゃなく、身体全体で、重さを分け合わせる」

開発コードは、PB-22。

* * *

開発は、過去最大規模となった。

そして、今回は、OEM各社が、開発の仲間でもあった。北松建機、久保本農機、石橋フォレストテック、照森メディカル。それぞれが、現場の声と、試験の場を、持ち込んだ。

北松建機の技術者は、言った。

「肩を補助してくれ。鉄骨の取り付けは、肩で終わる」

久保本農機の担当者は、言った。

「前かがみの姿勢を、そのまま維持したい。苗を植える間、ずっとだ」

石橋フォレストテックの技術者は、言った。

「山の斜面で、膝を守りたい。降りる時の衝撃が、一番堪える」

要求は、全く違った。だが、共通点もあった。どれも、身体への負担だった。

* * *

二〇一九年。川崎工場の会議室の長机には、各社から集めた試作部品が、ずらりと並べられた。

北松建機の肩用フレーム。久保本農機の前かがみ用ブレース。石橋フォレストテックの膝用ダンパー。照森メディカルの介護用ベルト。村上は、その一つひとつを手に取りながら、静かに言った。

「分解して、重さと機能を、全部、洗い出した。結論から言う。専用機と言っても、中身の七割は、共通だ」

「七割」

遠山が、身を乗り出した。

「ベルト、パッド、関節ユニット、ゴムの張力機構、フレームの基本骨格。どの業種でも、形は違っても、役割は同じだ。違うのは、その上に載せる、最後の三割だけだ」

「だったら、その七割を、一つにまとめればいい」

青山が、短く言った。

「各社が、それぞれ別の部品を作るから、数が出ない。数が出ないから、高くなる。納期も、延びる」

村上が、ホワイトボードに、四つの会社名を書いた。

「共通部品を、提携各社に作ってもらう。ただし、何でも、というわけじゃない。それぞれの会社が、一番得意なものを」

北松建機。金属加工と溶接の技術を持ち、建機のフレームを作り続けてきた会社。受け持つのは、フレームと関節ユニット。

久保本農機。泥と雨と砂埃の中で動く機械を作ってきた会社。受け持つのは、樹脂成形のハウジングと、防水防塵のカバー。

石橋フォレストテック。ゴムのことなら、どこにも負けない会社。受け持つのは、高耐久ゴムテンションシステム。

照森メディカル。人の肌に触れる素材を知り尽くした会社。受け持つのは、ベルトとパッド、洗える抗菌素材。

「それを、川崎に集めて、うちの工場で組み立てる」

遠山が、ゆっくりと確認した。

「つまり、部品は、四社が作る。組み立ては、うちがやる。出来上がるのは、全部の業種で使える、汎用機だ」

「そうだ。汎用機を土台にして、肩の補強、膝の補助、腕のロック、そういう各業種向けの機能は、オプションとして、後から載せる」

工場長として同席していた西村が、腕を組んだまま、唸った。

「それなら、段取り替えの問題は、かなり減りますね。ラインは、一本でいける。切り替えるのは、オプションの取り付けだけだ」

「受け入れ検査は」

青山が聞いた。

「うちが、全部やります。規格は、村上さんの基準書に合わせる。基準を満たさない部品は、一つも、ラインへ通さない」

翌週、遠山は、四社をそれぞれ訪ねた。

北松建機の専務は、苦笑いを浮かべた。

「うちは、部品屋になるんですか」

「部品屋じゃありません」

遠山は、迷わず答えた。

「標準の、心臓部を作る会社です。この部品が、日本中の現場で、毎日、使われる。数が増えれば、単価も下がる。御社の工場の稼働も、安定します」

専務は、しばらく黙っていた。それから、手を差し出した。

「分かりました。やりましょう」

四社とも、同じ答えだった。

こうして、共通部品方式が決まった。そして、その共通部品の上に載る、汎用機としての次世代機PB-22の開発が、本格的に始まった。

村上は、設計思想を、一から見直した。腰から始まったPBシリーズ。今度は、人体全体を、一本の機械として考える。背骨、肩甲骨、骨盤、大腿、膝。それぞれに、荷重が流れる経路を、解析していく。

すると、面白い事実が、見つかった。

「腰への負荷は、実は、肩や膝と、密接につながっている」

村上が、解析結果を、二人へ見せた。

「つまり、どこか一ヶ所だけを支えるより、全体へ分散したほうが、効率が良い」

「理屈では、そうだな」

遠山が、頷いた。

「で、作れるのか」

「作る」

青山が、答えた。

二〇二〇年、試作四十九号機が完成した。肩補助のフレームを搭載していた。だが、結果は、失敗だった。重い。邪魔。装着が面倒。試験に協力した現場から、酷評された。

「機械っぽくなり過ぎた」

それが、一番、青山に堪えた言葉だった。

夜、青山は、一人で、研究室へ戻った。棚の奥に、古い試作五号機が、傷だらけのまま、置かれていた。東工大の研究室で、初めて、二十五キロの鉄塊を、持ち上げた機械だった。

青山は、それを、じっと眺めた。

「……お前たちは、人間に、無理をさせなかったな」

PBシリーズは、機械であってはいけない。作業着でなければならない。そう決めたはずだった。

* * *

結果として、PB-22は、全く違う形で、完成した。

肩を支える、カーボンのリブ。背中の、FRP板バネ。股関節を補助する、ゴム。膝を助ける、リンク。それらすべてを、柔軟に接続する。まるで、人体の外側に、もう一枚の筋肉を、着るような構造だった。

さらに、PB-12のラチェット式ロックは、永久磁石を使った磁気ラッチ機構へ、進化した。電気は使わない。磁石の吸着力で、腕と肩の位置を固定する。静かで、軽く、手袋をしたままでも扱える。

「ネオジム磁石は、結局、ここに戻ってきたな」

村上が、笑った。

「動力にするより、掴む力に使ったほうが、うちには合ってた」

青山は、頷いた。

「電池がなくても、働く。道具の条件は、変わらない」

* * *

二〇二一年。PB-22の量産計画を詰める会議は、夜遅くまで続いていた。

「汎用機として、全業種へ出す。月産の目標は、二万台」

西村が、数字を読み上げた。

「今の川崎工場は、月産五千台が限界です。それを、四倍にする。共通部品が、四社から計画通りに届けば、ラインを増やすだけで、可能です」

「四倍か」

遠山が、息を吐いた。

「ずいぶん、思い切った数字だな」

「PB-17の予約待ちを、半年かけて解消した苦労を思えば、これくらいは、必要です」

会議が終わりかけた時、遠山のスマートフォンが震えた。秘書からの連絡だった。

「社長、海外から、お客様です」

* * *

翌日、川崎の応接室に現れたのは、東南アジアに複数の工場を持つ、大手受託製造会社の代表団だった。社名は、アジア・プレシジョン。通訳を通して、代表は、穏やかな笑みで切り出した。

「PB-22の評判は、海外でも、よく聞いています。我が社でなら、御社の製品を、半値で、作ることができます」

「半値、ですか」

「人件費も、部品調達も、すべて、現地で完結します。工場は、我が社の費用で建てましょう。生産量は、御社の希望する倍でも、三倍でも、構いません」

資料には、具体的な数字が並んでいた。製造原価は、四割減。世界中の販売網。現地の工場の写真。

遠山は、資料をめくりながら、静かに頷いた。数字は、ひとつも、間違っていなかった。

代表団が帰ったあと、会議室には、三人と西村が残った。

「社長として、正直に言う」

遠山が、口を開いた。

「数字だけ見れば、断る理由がない。価格が半分になれば、買えなかった現場にも、届く」

「確かに、そうだ」

村上が、腕を組んだ。

「だが、設計基準書と、検査基準が、海外の工場に渡る。それが、そのまま、他社の製品に使われる危険もある。完全には、管理しきれない」

「品質の話も、あります」

西村が、言った。

「うちの工場の組立工は、現場から戻った不具合報告を、翌日には、自分の目で確かめます。壊れた部品を、手に取って、何が悪かったか、すぐ分かる。それが、海外の工場でも、同じようにできるでしょうか」

皆の視線が、青山に集まった。青山は、しばらく黙っていた。それから、ゆっくりと口を開いた。

「断る」

「理由は」

「道具は、使う人間と、作る人間が、同じ国の、同じ現場で、繋がっていなければならない」

青山は、静かに続けた。

「壊れたと連絡が来たら、翌日には、見に行ける。使う人間の顔を、作る人間が、知っている。それがなければ、壊れない道具は、作れない」

「だが、価格が」

「安くすることは、国内でも、できる。共通部品の数が増えれば、単価は下がる。そのための、四社との提携だ。外へ出さなくても、同じことは、できる」

遠山は、黙って、青山の顔を見ていた。やがて、小さく笑った。

「相変わらず、頑固だな」

「道具屋だからな」

「分かった。断ろう」

遠山は、立ち上がり、窓の外の工場を見下ろした。

「社長として、決める。生産は、国内でやる。提携四社の工場も、全部、国内だ。川崎と、北松と、久保本と、石橋と、照森。その全部で、PB-22を作る」

翌日、遠山は、丁寧な断りの手紙を書いた。代表団からは、残念だが、理解した、という返事が届いた。

数字の上では、確かに、損な選択だった。だが、その日から、川崎工場の空気は、少しだけ、変わった。

組立ラインの工員たちが、誰に言われるでもなく、自分の担当する部品に、小さな署名を残すようになったのである。

二〇二二年、ついに、完成版が発表された。

PB-22。第四世代パワーアシストスーツ。受動機構を主体とした、全身支持型の機体である。

• 重量:3.2kg

• 構造:CFRP一体フレーム

• 補助機構:カーボンスプリング、FRP板バネ、高耐久ゴムテンションシステム、多軸差動リンク

• ロック機構:磁気ラッチ(電源不要)

• 電源:本体は不要(別売の空気圧補助ユニットのみ、バッテリーを使用)

• モーター・CPU:本体には無し

• 使用時間:本体は無制限

• 対応部位:腰、肩、膝

• 身体負荷軽減率:最大75%

発売と同時に、北松建機の「現場力」、久保本農機の「楽腰」、石橋フォレストテックの「森人」、照森メディカルの「ケアサポーター」も、それぞれ、専用の仕様で、PB-22系を発表した。

発売から一年。川崎工場の月産は、五千台から、二万台を超えた。提携四社から届く共通部品が、途切れることなくラインへ流れ込み、汎用機PB-22は、国内の現場へ、確実に、届けられていった。

予約待ちは、もう、なかった。共通部品の数が増えたことで、単価は下がり、価格は、PB-17と、ほぼ変わらなかった。

* * *

発表会の最後。山根重雄が、登壇した。

七十八歳。すでに、完全に引退していた。彼は、PB-22を、手に取った。しばらく、眺める。そして、静かに言った。

「最初を、思い出すな」

青山が、笑った。

「重かったですからね」

「違う」

山根は、首を振った。

「人を、助けようとしてた」

会場が、静かになった。山根は、PB-22を見ながら、続けた。

「今は、人間の身体そのものを、支えようとしてる」

その言葉に、創業メンバーの三人は、何も返せなかった。

PBシリーズは、もはや、腰当てではなかった。職人。農家。介護士。林業従事者。年を取っても、働き続けるための、新しい仕事着になっていた。

* * *

しかし、青山は、また、考えていた。次の時代を。

二〇二二年、日本は、少子高齢化が、加速していた。働く人は、減る。身体への負担は、増える。ならば、次に必要なのは、何か。

帰りの車の中で、遠山が聞いた。

「次は、どこを助ける?」

青山は、窓の外を見た。そして、静かに答えた。

「身体じゃない」

「何だって」

「現場そのものだ」

村上が、笑った。

「また、無茶を言い始めた」

だが、二人とも、分かっていた。それが、PBシリーズ、次の十年の始まりになることを。

第六章 PB-27 日本の標準装備 編へ続く。

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