第二章 PB-07 軽量化への挑戦編
第二章 PB-07 軽量化への挑戦編
二〇〇五年、初夏。
アシストダイナミクスの事務所は、ようやく会社らしくなっていた。川崎の雑居ビルから、同じ町の小さな工場跡へ移り、創業時の雑然とした空気は薄れつつある。社員は十人を超え、試験用の工作機械も増えた。取引先も、少しずつ増えている。
それでも青山修司は、満足していなかった。机の上の資料を、険しい顔で睐んでいる。PB-02の販売実績である。
初年度、百十二台。翌年度、二百七十八台。三年目の今年は、五百台を突破した。
ベンチャーとしては成功だった。投資家たちは驚いていた。だが、誰よりも驚いていたのは、業界そのものだった。
受注先の一覧は、実に奇妙だった。建設会社、港湾荷役会社、農協、製材所、林業会社、農機具販売店、畜産農家、造園業、漆器工房、石材店、神輿製作所、寺社建築の宮大工。本来なら接点のない業種が、ずらりと並んでいる。
共通点は、一つだけだった。腰を使う。
* * *
遠山は、営業先から戻るたびに、缶コーヒーを机へ置いて報告した。
「今日は長野のリンゴ農家で試してきた」
「どうだった」
青山が顔を上げる。
「好評だ。収穫の脚立の上り下りが、全然違うって。奧さんなんか、手を叩いて喜んでた」
「そうか」
「ただ、不満もある」
遠山は、アンケートの束を机へ放り投げた。
青山は、一枚ずつ読み始めた。重い。暑い。しゃがみにくい。長時間つけると、肩が痛くなる。動作は楽だが、装具の重さが負担になる。どの用紙にも、似た言葉が並んでいた。
村上も、横から覛き込んでいた。しばらくして、ぽつりと言う。
「性能は、足りてる」
「ああ」
「足りないのは、軽さだ」
「もう一度、やるか」
遠山が言うと、青山と村上は、同時に顔をしかめた。「もう一度」というのは、この二年間、何度もやってきたことだったからである。
* * *
PB-02の軽量化は、発売直後から始まっていた。
二〇〇三年の春、改良型の試作が始まった。まずは素直に、ガススプリングを小さくする。それが、青山たちの最初の発想だった。シリンダーの径を一ミリずつ細くし、長さを少しずつ詰め、外装の肉を削る。そのたびに体重計に載せて、数字が減るのを確かめた。
だが、二年目に入る頃、数字は止まった。
「十二キロ。これ以上、減らない」
村上が、計算用紙を机に叩きつけた。
「フレームは、もう削るところがないぞ」
青山が言う。
「フレームじゃない。ガススプリングの方だ」
村上は、分解したシリンダーを机に並べた。
「ガススプリングの力は、中の圧力と、ピストンの断面積で決まる。力は、圧力かける面積だ」
「それがどうした」
「同じ力を出したまま、細くしようとしたら、圧力を上げるしかない。圧力を上げれば、シールが傷む。熱も持つ。もし壊れたら、人間の腰のすぐ後ろで、高圧のガスが噴き出す」
遠山が顔をしかめた。
「それは、まずいな」
「まずいどころじゃない。現場には、出せない」
「じゃあ、長さを詰めればいいだろう」
「それも無理だ」
村上は、ストロークの図を描いた。
「しゃがむ動作に合わせて、シリンダーが縮む幅が決まってる。ピストンが動く距離、つまりストロークが要る。シリンダーの長さは、そのストロークの倍に、取り付け金具の分を足した寸法になる。腰から太ももまでの、人間の寸法が決まっている以上、短くはできない」
青山は、図をじっと見つめていた。
「つまり、サイズの限界か」
「ああ。ガスシリンダーという形式そのものの限界だ。小型化も、軽量化も、ここで頭を打つ」
「温度の問題もある」
遠山が、アンケートを指で叩いた。
「夏は圧力が上がって、きつい。冬は下がって、効きが弱い。現場の人間が、そう言ってる」
「それも、同じ根っこだ。ガスで蓄力する以上、避けられない」
しばらく、誰も何も言えなかった。
「……どうする」
遠山が、静かに聞いた。
青山は、分解されたシリンダーを手に取った。何度も触ってきた、頼りになる部品だった。壊れず、安く、雨に強い。三人が選んだ、最初の答えである。
「ガススプリングは、間違いじゃなかった」
青山が、低い声で言った。
「だが、これ以上、育たない」
その言葉は、誰にとっても重かった。
* * *
その年の夏。青山は、山根と一緒に、神奈川県内の港湾施設を歩いていた。真夏だった。コンテナの鉄板が、焼けるように熱い。荷役作業員たちは、汗だくで働いている。
その中に、PB-02を着けた男がいた。三十キロ近い荷物を持ち、下ろし、また持つ。確かに、動きは楽になっている。
だが、休憩時間になると、男は真っ先にPB-02を外した。そして、肩をぐるぐると回した。
「楽なんだけどな」
男は、青山に気づいて、笑って言った。
「重いんだよ」
「……重いですか」
「腰は助かる。前より、だいぶ楽になった。だが、これを背負ってる間は、肩に来る。夕方になる頃には、腰の代わりに肩が痛いんだ」
山根が、横で腕を組んでいた。
「こいつは、俺に言ったのと、同じことを言ってるぞ」
「山根さんも、ですか」
「当たり前だ。俺だって、あの機械の重さには、文句がある」
山根は、青山の肩を叩いた。
「いいか、青山。現場の人間はな、怪力が欲しいわけじゃねえ。夕方になっても、腰が痛くねえ。それだけでいいんだ。それが、一日中、続くことだ」
青山は、何も答えられなかった。男の汗ばんだ背中と、床に置かれたPB-02を、交互に見つめていた。
* * *
その夜、会社へ戻った青山は、PB-02を分解し始めた。ボルトを外し、フレームを外し、ガススプリングを抜き、リンクを外して、一つずつ床へ並べる。そして、重さを量った。
「……なんだ、これは」
残業していた村上が、声をかけた。
「どうした」
「補助機構の重さが、全体の七割近い」
「七割」
「腰を守るための装置が、装置自身の重さで、身体に負担を与えている。矛盾だ」
「今さら気づいたのか」
「いや、気づいていた。だが、数字で見ると、堅える」
* * *
数日後。村上が、奇妙な試験片を持ってきた。黒い板だった。
「何だ、それは」
「炭素繊維」
青山は、首を傾げた。当時は、まだ高価な素材だった。航空機や競技用自転車で、ようやく使われ始めた頃である。村上は、その板をぐいと曲げた。しなる。手を離す。元へ戻る。
「面白いだろ」
「……ばねか」
「そうだ」
「しかも、軽い」
「でも、高いんだろう」
遠山が、口を挙んだ。
「金属の何倍もする。だが、使う量は、ほんの少しで済むかもしれない」
「社長として言う。高くなったら、売れないぞ」
「それは、お前が考えてくれ」
「丸投げか」
試験が始まった。アルミ製のばね。鋼製のばね。FRP板。炭素繊維。天然ゴム。合成ゴム。ありとあらゆる素材が試された。その中で、意外な結果が出た。ゴムだった。
「ゴムだと? あの輪ゴムみたいなやつか」
遠山が声を上げた。
「そうだ。安い。軽い。そして、人間の動きに近い」
村上が言う。
「伸びて、縮む。筋肉に、よく似ている」
青山は、ゴムの帯を引っ張って、腰の動きに合わせてみた。しゃがむ。立つ。帯が、身体に沿って伸び縮みする。
「……無理がない」
さらにFRP板を組み合わせ、カーボン板を組み合わせる。気づけば、ガススプリングの役割は、どんどん小さくなっていた。
そして、試作二十四号機が完成した。
青山が装着する。腰を落とす。立つ。歩く。またしゃがむ。
「……軽い」
まるで、着けていないようだった。
「これだ」
青山が、思わず呟いた。アシストスーツは、機械ではない。衣服に近づくべきなのだ。彼らは、ついにそれを見つけた。
* * *
二〇〇七年、春。
都内で開かれた発表会には、PB-02を知る記者や現場関係者が、会場いっぱいに集まっていた。そして、幕が上がった瞬間、誰もが驚いた。小さい。薄い。軽そうだ。五年前のPB-02とは、別物だった。
PB-07。第二世代受動式パワーアシストスーツである。
青山は壇上に立った。
「PB-07は、従来機とは設計思想が異なります。補助機構を主役にするのではなく、身体に沿う衣服として設計しました」
スクリーンに図面が映る。フレームはFRP主体。主要な荷重部にはカーボン複合材。補助機構には、高耐久ゴムバンド。差動リンクはさらに簡略化され、大型のガススプリングは、補助装置へと格下げされた。
• 重量:10kg
• 補助方式:FRP弾性蓄力機構、カーボンスプリング、高耐久ゴムバンド、差動リンク機構
• 腰部負担軽減率:40〜50%
• 推奨作業重量:20〜50kg
• 電源不要、モーター・CPU無し、連続使用時間無制限
質疑応答で、一人の記者が手を挙げた。
「PB-02から、重量が大きく減っています。ガススプリングを主役から外したのは、なぜですか」
青山は、少しだけ間を置いて答えた。
「小さくできなかったからです。ガスで力を蓄える以上、サイズには限界があった。そこで、機械の力に頼るのをやめ、素材のしなりと弾性に任せました」
会場が、小さくざわめいた。
そして実演。六十を超えた山根が、壇上にあがった。会場は静まり返った。三十五キロの鋼材を持ち上げる。さらに、別の鋼材。さらにもう一つ。動きに無理がない。自然だ。
山根は機材を降ろし、PB-07を見回して、笑った。
「ようやく、仕事着になったな」
会場が湧いた。青山は、少しだけ笑った。だが、心の中では、まだ満足していなかった。十キロ。まだ重い。本当の完成形は、もっと先にある。誰もが安全靴やヘルメットのように、当たり前に身につける。そんな道具。
その時初めて、アシストダイナミクスの目標は、「腰を守る機械を作る会社」から、**「身体機能を補う作業着を作る会社」**へと変わったのである。
* * *
発表会の帰り道。遠山が、冒談半分に言った。
「次は何キロを目指す?」
青山は即答した。
「五キロだ」
村上が笑う。
「また無茶を言い始めたぞ」
だが、二人とも知っていた。青山がそう言う時は、本気なのだと。
第三章 PB-12 完成形への到達 編へ続く。




