第一章 PB-02 開祖モデル編
第一章 PB-02 開祖モデル編
一九九九年、四月。
卒業式の翌週、三人はそれぞれの実家へ電話をかけた。内定を辞退した、という報告である。
* * *
石川県、金沢。
青山修司の父は、小さな鉄工所の旋盤の前に立ったまま、受話器を握っていた。
「建機メーカーの内定を、蹴ったのか」
「はい」
「理由を言え」
「会社を作ります。作りたい道具があります」
受話器の向こうで、長い沈黙があった。工場の機械音だけが聞こえる。
「大学まで出したのは、人に使われて飯を食うためじゃない。自分の腕で食えるようにするためだ。だがな、腕というものは、まず人の金で、人の現場で磨くもんだ。何も持たん若造が、いきなり社長ごっことは、馬鹿者が」
「ごっこではありません」
「なら、壊れんものを作れ」
父は、それだけ言って電話を切った。怒鳴り声よりも、その短い一言のほうが重かった。
* * *
神奈川県の郊外。村上隆弘の家の食卓では、夕飯の箸が止まっていた。
「大手電機の内定を断って、資本金三百万円の会社? 学費にいくらかかったと思ってるの」
母の声は震えていた。父は、畳んだ新聞を膝に置いたまま、何も言わない。
「感情で決めたわけじゃない。市場規模も、特許の可能性も、技術的な優位性も計算した」
「隆弘」
父が、初めて口を開いた。
「計算が合っていても、人生が合うとは限らん。お前は、大学で何を学んできたんだ」
村上は、返す言葉を探した。論文を何百本読んでも、この問いに答える論文は、一本もなかった。
* * *
愛知県。遠山健吾の実家は、自動車整備工場である。
父は、油まみれの軍手を外しもしないまま怒鳴り散らしていた。
「自動車メーカーに決まってたんだろうが! 母さんがどれだけ喜んだと思ってる!」
「親父、聞いてくれ。俺たちが作るのは道具なんだ」
「営業がやりたいなら、メーカーの営業で十分だろう。わざわざ潰れる会社を自分で作る馬鹿が、どこにいる」
母が湯呑みを置いて、間に入った。遠山は、深く息を吸った。
「親父、前に言ってたよな。いい道具ってのは、使う人間が決める。説明書がいらなくて、壊れなくて、現場に残る道具が、いい道具だって」
父の手が止まった。
「俺は、それを作る。それを、売る」
父は何も言い返せず、軍手を握りしめたまま、窓の外を睨んでいた。
* * *
その夜、三人は大岡山の榊原研究室を訪ねた。親に叱られた直後の、疲れ切った顔だった。
榊原は、三人の顔を見ただけで察したらしい。
「親に叱られたか」
「全員です」
遠山が苦笑した。
「当たり前だ。私が親でも怒る」
榊原は笑って、湯呑みを三つ並べた。
「会社を作ると決めたなら、まず三つ言っておく。一つ。三百万円は、すぐに消える。事務所と材料費と試作費で、一年は持たんと思え。研究室の旋盤と測定機は貸してやるが、いつまでも甘えるな」
「はい」
「二つ。作る前に、使う人間を探せ。作る側は、自分の都合で作りたがる。だが、現場に残る道具は、使う側の都合でできている。実証試験に協力してくれた現場の人間とは、縁を切るな。必ず、役に立つ日が来る」
青山が、無言で頷いた。
「三つ目が、一番大事だ」
榊原は、三人を順番に見た。
「お前たちは、必ず意見が割れる。青山は壊れないことを選ぶ。村上は新しい理屈を選ぶ。遠山は売れることを選ぶ。三つとも正しいから、厄介なんだ。割れた時は、誰が正しいかを決めようとするな。現場に聞け。道具の価値を決めるのは、設計者でも社長でもない。それを使って、明日も働く人間だ」
少し間を置いて、榊原は付け加えた。
「役割も決めておけ。外に頭を下げるのは遠山。作るのは青山。理屈を磨き、特許を書くのは村上。船頭は、三人もいらん」
遠山は、照れくさそうに鼻をかいた。
「教授、俺が社長でいいんですか」
「人の懐に入れるのは、お前だけだ」
こうして、一九九九年の春。資本金三百万円で、会社が生まれた。
社名は、アシストダイナミクス株式会社。社長は遠山、開発責任者は青山、技術責任者は村上。
だが、肩書だけは立派でも、会社には仕事も、製品も、量産設備もなかった。
* * *
二〇〇〇年三月。
川崎市の古い工場街、雑居ビルの二階。青山は、ノートを閉じた。窓の外では、旋盤工場のモーター音が鳴り続けている。卒業から一年。技術はあったが、まだ完成していなかった。暖房は節約のために切ってあり、吐く息が白い。
「あと何か月だ」
青山が聞くと、村上が通帳を見ながら答えた。
「このままだと、五か月」
「短いな」
「十分、短い」
遠山が苦笑した。
「社長として言わせてもらう。潰れるぞ」
その時、電話が鳴った。榊原教授だった。
「今から大学へ来い」
それだけ言って、電話は切れた。
* * *
研究室には、数人の来客がいた。その中に、見覚えのある男がいる。山根重雄。卒業研究の試作品を試し、「これなら使う」と言った、あの熟練作業員だった。今は大手ゼネコンの現場所長。土木一筋四十年のベテランである。
山根は、三人を見るなり笑った。
「馬鹿だな。会社なんか作りやがって」
「皆さんに、そう言われます」
遠山が苦笑すると、山根は真顔になった。
「だが、現場は困ってる。五十代の職人が、次々に辞めていく。腕のある奴ほど先にだ。経験もある、若い頃より仕事も上手い。それなのに、腰が先に終わる。若手は入ってこない。このままじゃ、技術そのものが現場から消えちまう」
誰も口を挟まなかった。山根は拳を握った。
「現場に必要なのは、ロボットじゃない。職人をあと十年働かせる道具だ。それも、特別な訓練がいらない、誰でも手軽に着けられるやつだ」
青山は、研究室で議論した日々を思い出した。まさに、自分たちが目指してきたものだった。
榊原が、資料の束を差し出した。
「共同出資の話だ」
関東建設株式会社、東日本港湾荷役協会、神奈川農業機械共同組合。額は大きくないが、研究開発を続けるには十分だった。
「条件は一つ」
山根が言った。
「現場で使える物を作れ。説明しなきゃ使えない道具は、現場じゃ誰も使わん」
青山は、迷わず頷いた。
「作ります」
* * *
それからの二年間は、地獄だった。
試作六号機。七号機。八号機。作っては壊し、作っては捨てた。最初の問題は重量だった。試作機は十八キロを超えていた。
「腰は楽だが、肩が疲れる」
「歩きにくい」
「しゃがみにくい」
「これなら、付けない」
現場の評価は、容赦なかった。青山はフレームを削り、村上は機構解析を繰り返し、遠山は毎週のように現場へ通った。榊原の言葉どおり、三人の意見は何度も割れた。そのたびに、彼らは試作機を担いで現場へ向かった。
転機は、二〇〇一年の秋に訪れた。徹夜明けの研究室で、村上が叫んだ。
「できた!」
新しい差動リンク機構だった。それまでの機体は、歩行時と持ち上げ時を区別できなかった。新機構では、歩く時はほぼ遊び状態になり、しゃがみ込んだ時だけ、ガススプリングが圧縮される。
必要な時だけ、仕事をする。理想の機構だった。装着感は劇的に改善した。そして、試作十二号機。後のPB-02の原型機が完成した。
* * *
公開実証試験の一週間前。
川崎の事務所の前に、三台のタクシーが止まった。降りてきたのは、三組の親たちだった。金沢から出てきた青山の父。神奈川から来た村上の両親。愛知から新幹線で上京した遠山の両親。三年前、内定辞退に腹を立てた顔ぶれである。
「……来てやったぞ」
青山の父は、挨拶もなく、扉の前で腕を組んだ。
「発表の前に、使ってほしかった」
青山は言った。
「現場に出す前に、壊れないかどうか、誰より先に見てほしい人がいる」
父は、鼻を鳴らした。
「……見せてみろ」
* * *
青山の父は、PB-02の前にしゃがみ込み、溶接の継ぎ目を指でなぞった。フレームを叩き、ガススプリングの取り付け部を揺すり、最後には軽く蹴りまで入れた。
「ここだ」
「はい」
「この軸受けが、先に傷む。雨と砂が入る。覆いを付けろ」
青山はノートを取り出して、黙って書き留めた。三年前の電話で言われた「壊れんものを作れ」という言葉は、一度も忘れたことがなかった。
父は、ようやく装着した。足元には、三十キロの鉄板が置かれている。腰を落とし、持ち上げる。
「……軽い」
小さな声だった。
「壊れんか」
「壊れません。電気も、電池も使いません。ばねとリンクだけです」
「なら、いい」
父は鉄板を静かに下ろし、初めて青山の顔を見た。
「いい仕事だ」
青山は、返事ができなかった。
* * *
村上は、両親を前に、機構の説明を始めていた。差動リンクの原理、ばね定数の設計、荷重ごとの補助力の変化。話は十分を過ぎても終わらない。
「隆弘、もういいから」
母が苦笑して止めた。父は、米袋ほどの二十キロの荷物を、黙って持ち上げていた。膝を曲げ、立つ。もう一度、曲げて、立つ。
「計算の話は、父さんにはよく分からん」
父は、荷物を置いて言った。
「だが、立つのが楽になるのは分かる。以前お前に、計算が合っていても人生が合うとは限らん、と言ったな」
「……はい」
「人生が合うかどうか決めるのは、お前でも私でもない。これを使う人間だ。使った人間が楽になるなら、お前の計算は、合っているということだ」
村上は、眼鏡を外して、目の端を押さえた。
* * *
遠山の父は、整備工場から運んできた大型トラックのタイヤの前で、疑わしげに腕を組んでいた。
「説明書は」
「いらない」
「雨は」
「平気だ」
「壊れたら」
「自分で直せる」
父は、むっとして遠山を睨んだ。
「それは、俺の台詞だ」
「知ってる」
遠山が笑うと、父は渋々、装着した。四十キロ近いタイヤを、腰を落として抱え上げる。何度も持ち上げた腰を、無意識に押さえてきた人だった。
父の動きが止まった。
「……なんだ、これは」
母が、口元を押さえた。
「親父、腰、いつも押さえてたろ」
「うるさい」
父は、もう一度タイヤを持ち上げて、ゆっくりと下ろした。しばらく黙ってから、ぽつりと言った。
「一台、売れ。うちの工場に置く」
「身内割引は、しないぞ」
「当たり前だ。きっちり金は払う。それが道具だ」
遠山は、声を出して笑った。笑いながら、目の端を拭っていた。
PB-02の最初の注文は、こうして、愛知の小さな整備工場から入った。
* * *
二〇〇二年の秋。神奈川県内の建設資材ヤードで、公開実証試験が開かれた。
参加者は二十名を超えた。現場監督、作業員、企業関係者、そして記者。会場の中央に、機械が置かれる。
「ロボットには、見えませんね」
記者が首を傾げた。
「ロボットじゃありません」
遠山が笑った。
「では、何ですか」
「腰道具です」
青山が答えると、会場が少し笑った。だが説明が始まると、空気が変わった。
Power Back-02、通称PB-02。アシストダイナミクス創業後、初の製品である。
• 全高:約90cm
• 重量:14kg(アルミ合金フレーム)
• 補助方式:機械式差動リンク、高圧ガススプリング
• 電源・モーター・CPU・センサー:すべて無し
• 連続使用時間:無制限、全天候型
• 腰部負担軽減率:25〜30%(推奨荷重20〜40kg)
人がしゃがむと、腰の動きがリンクを介してガススプリングを圧縮する。蓄えられたエネルギーは、立ち上がる時に戻り、腰を補助する。外部動力は使わない。電池切れもなく、故障箇所も少ない。
青山は三十五キロの鋼材を用意させた。作業員が装着し、しゃがみ、持ち上げる。鋼材が静かに浮いた。
「軽い」
男が驚いた顔をした。続く作業員も、その次の作業員も、同じ反応だった。超人的な力ではない。だが、確かに身体が楽になる。
最後に、山根が装着した。五十八歳、現場歴四十年。鋼材を十回、二十回、三十回と持ち上げて、そこで装具を外した。会場の全員が、結果を待っていた。
山根は、PB-02を見上げて、静かに言った。
「これなら、現場へ出せる」
遠山は拳を握った。村上は眼鏡を外して、目を拭った。青山だけが黙って、PB-02を見つめていた。まだ重い。改善点は多い。だが、確かな手応えがあった。
この機械は、研究室の玩具ではない。職人たちの身体を守る道具になれる。
その年の冬、PB-02は正式に発売された。初年度の販売目標は、百台。
誰も知らなかった。この地味な腰当てが、五年後には建設現場の常識となり、十年後には日本中の農家や職人たちへ広がることを。
後に受動式パワーアシストスーツの始祖と呼ばれるPBシリーズの歴史は、まだ始まったばかりだった。
第二章 PB-07 軽量化への挑戦 編へ続く。




