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【連載版】私の死を待つ皆様へ  作者: Lihito


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8話:招いて、確かめましょう

 糸口は、もう一本ある。




 名も雇い主も、調合の出どころも。一晩かけて、ギデオンと父の従者が交代で問うても、口の端ひとつ動かさない。職人だった。捕らえた手応えはあるのに、そこからは何もたぐり寄せない。




 だから、今あるもので勝つしかない。




 夜が明けて、私たちは応接間に集まった。父とギデオン、そして私。




 卓には二つだけ。




 封をした実行役の道具入れと、もう一通——あの夜の、公爵家の封蝋の手紙。




「正直に言うわ。あの男からは何も出ない。出るのはこっちの二つだけ」




 私は手紙を卓の中央へ滑らせた。




「実行役は黙秘。残る糸口は、ハンナとこの手紙の主。ユリアン様」




「あの男か」




 父の声が低くなった。婚約を半日で切り捨てた手紙の、署名の主。父の中では、もう答えが出ている顔だった。




「ならば話は早い。あの男を引きずり出して、問い質せばいい。なに、こちらには証拠が——」




「お父様。それじゃ駄目なの」




「なぜだ」




「この手紙は状況証拠よ。半日で婚約を切った不自然さは突けても、『父が急がせた』と言われたら、それまで。毒の手配と結びつける糸が、ない。今あるもので問い質しても、言い逃げされて、向こうが警戒するだけ。一番まずいのは——逃げられること」




 父が、口をつぐんだ。




 私は少し考えて、それから思いついたことをそのまま口にした。




「……ねえ。逃がさないために、向こうから来てもらうのは、どう?」




「来てもらう、まさか...!」




「そう、招くのよ。『危篤の令嬢が、最後にひと目』——そういう口実で、ユリアン様をこの屋敷に」




 父の眉が跳ねた。




「招くだと?娘を殺そうとした男を、自分の家に上げると言うのか」




「ええ。お茶を出して、お見送りまでするわ」




「正気か、セレナ」




「正気よ。とびきり」




 怒る父を、私は宥めなかった。代わりに、ギデオンを見た。彼は腕を組んで、まだ何も言わず、私の言葉の先を待っている。




「考えてみて。あの実行役の失敗は、今夜のうちに雇い主へ伝わるはずよね」




「……だろうな」




 ギデオンが、低く受けた。




「死亡の確認が取れなかった。報告しない手代は、いない」




「そう。つまり明日には、糸を引いている誰かが、『計画が破綻した』と知っている。——その状態で、私が招きをかけたら、どうなるかしら」




 言いながら答えが自分でも形になっていくのがわかった。




「もし招きに応じて、のこのこ見舞いに来たら。その人は——破綻を、知らない」




 ギデオンの腕が、ほどけた。




「……なるほど。糸を引いている本人なら、昨夜の失敗をもう聞いている。聞いていれば、危篤のはずの令嬢が突然『最後の別れを』と招いてくる不自然さに気づく。罠を疑う。少なくとも、笑顔で茶を飲みには来ない」




「来たらシロに近い。来なかったり、妙な言い訳で渋ったりしたら——その人は昨夜のことを知っている側」




「招き一つで、相手の手札が透ける」




 彼は低く言った。




「来るか、来ないか。それ自体が、答えになる」




 会話が、噛み合っていく。こういうとき、この人と話すのは、気持ちがいい。




 ただ——ギデオンは、そこで一度、口を閉じた。何かを、勘定するように。




「一つ、引っかかる」




「何かしら」




「あの実行役だ。調合は精製が深く、手際は職人のそれだった。あれを手配して、寝室に送り込める人脈——ユリアン殿に、それがあるか」




 私は黙った。




 ユリアン様。次の縁談のために、婚約を綺麗に畳みたかった、見栄えのいい青年。手紙を寄越し、砂糖菓子を贈り、口実を取り繕う。それはわかる。




 でも、あの夜の仕事の目をした男を。名も吐かずに諦める、ああいう手合いを、どこからか調達してくる——そういう底の暗さが、あの人にあったかしら。




「……手紙を書いて、婚約を切ることと。人を一人、闇から雇うことは。同じ人間の中で釣り合わないかもしれない、と」




「あくまで引っかかり程度です」




 ギデオンは慎重だった。




「順当に考えれば、糸を引いているのはユリアン殿の家でしょう。動機も手紙も揃っている。——ただ、もし違ったとき。あの坊ちゃんの後ろにもう一人いたとき。それを見落とすのが、一番こわい」




 もう一人。




 その言葉はまだ、形のない影でしかなかった。証拠も心当たりもない。ただ、ギデオンの低い声が応接間の隅に小さな冷たさを置いていった。




「だから、明日が要るのね。招いて、来るかどうかを見る。来たら来たで、あの人がどこまで知っているかをこちらが測る。——黒幕がユリアン様その人なのか、それとも後ろにもう一人いるのか。明日の応接間で、両方、確かめましょう」




「待て」




 父が二人のあいだに声を入れた。ずっと、こらえていた顔で。




「話はわかった。わかったが——その検証とやらの的に、お前自身が座るのだろう。また、お前が」




 父の手が膝の上で固く組まれていた。月の雫の夜も、荘厳な看取りの夜も、この人はいつも娘を守る方向に必死で、そのたびに方向を間違えてきた。今も同じ顔をしている。




「お父様」




 私はできるだけ穏やかに言った。




「今度は間違えないわ。隣にこの人がいるもの」




 ギデオンがほんの少し目を見開いた。




 ……あ。今のは、検証の話のつもりだったのだけれど。




「ご安心を」




 彼は父に、まっすぐ向き直った。




「明日は私が同席します。茶の席に軍医が一人いても、不自然ではないよう、手は打ちます。——彼女には指一本、触れさせません」




 父が長いことギデオンを見ていた。




 それからようやく、組んでいた手をほどいた。




「……娘を、頼む」




 昨夜と同じ言葉だった。




 けれど昨夜より、ずっと、重かった。


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