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【連載版】私の死を待つ皆様へ  作者: Lihito


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3話:死ぬ予定は崩す主義なの

 翌日の昼、私は医務局に舞い戻った。




「経過観察をお願いしたいの。余命半年ですもの、丁寧に診ていただかないと」




 受付にそう告げれば、死にゆく侯爵令嬢を追い返せる職員はいない。指定した担当医の名前に受付は少しだけ眉を上げた。




「……あの、軍医のギデオン殿は、出向の身でいらして。経過観察でしたら、侍医のどなたかを」




「あの方がいいの。昨日、廊下で親切にしていただいたから」




 親切。まあ、嘘ではない。診断を疑うのは、この王宮でいちばんの親切だもの。




  *




 軍医殿は、書類の山の向こうで顔を上げた。




「……昨日の」




「ええ、昨日の余命半年です。ああ、扉は開けておいて。密室は外聞が悪いから——その代わり、小さな声で話しましょう」




 彼は一拍私を見て、それから椅子を勧めた。手つきに無駄がない。




「単刀直入に聞くわ。あなた、昨日わざわざ私を呼び止めた。王宮侍医の診断に異を唱えるなんて、出世に響くどころの話じゃないでしょう。なぜ?」




「間違った所見を聞き流せないからです」




「夜、眠れないから?」




「覚えていてくださったんですね」




「忘れる方が難しいわよ、あんな求婚みたいな台詞」




 彼は、ほんの少しだけ眉を動かした。冗談を冗談として処理するのに、一拍かかる人らしい。




「……正確には、それだけではありません」




「あら、続きがあるの」




「間違った診断は、間違った死に方を作る。私は、それを何度か見ました。見たからには、調べないと寝覚めが悪い」




(間違った死に方、ね)




(ずいぶん、具体的な言い方をする。一般論で怒る人の言葉じゃない。——この人、誰かの死に方を見ている)




 踏み込もうとして、やめた。初対面で他人の傷を抉るのは医者の作法に反する。今は、彼が使えるかどうかだけ。




「では私も単刀直入に。あの診断は嘘よ。私は健康なの。それも、とびきり」




「根拠は」




 疑うより先に、根拠と来た。ますますいい。




「笑わずに聞いてくれる? 私、自分の身体の異常だけは、視えるの。生まれつき。熱も、傷も、酒の飲みすぎも、向こうから勝手に報せてくる。——その力が、昨日からずっと沈黙してる」




「検証は可能ですか」




「いくらでも。何なら今、私に気づかれないように針でも刺してみる?」




「結構です。再現性があるなら、所見として扱います」




 疑いもせず、騒ぎもしない。確認したのは検証できるかどうかだけ。




(……この人、どこまでもこの調子なのね)




(嘘を嘘と決めつけず、本当だと飛びつきもしない。検証できるか、それだけを訊く。——医者の頭ね。それも、私と同じ種類の)




「なら話が早いわ。存在しない断定で、王宮侍医が私に死刑宣告をした。理由が知りたい。あなたの協力が要るの」




 彼はすぐには答えず、机の引き出しから紙の束を出した。




 診断書だった。十数枚。全部、書式が同じ。署名が、同じ。




「国境の部隊で6年、軍医をしていました。戦場では人が死ぬ。それは仕事の内です。だが——」




 彼は一番上の一枚を、私の前に置いた。指が、その紙の上でほんの少しだけ留まった。




「ガレン准将。2年前に王都へ帰還。健康そのものだった。帰還の半年後に『心臓の病、余命半年』と診断され——その通りに、半年後に死んだ」




「……書式だけじゃなく、余命までお揃いなのね、私と」




「ええ。彼だけではありません」




 束がめくられていく。名前、名前、名前。階級持ちの軍人。引退した文官。どこかの未亡人。




「最期に立ち会った者から経過を聞きました。あの病の死に方では、なかったように思う」




「思う? 確証は」




「ない。だから、調べに来ました。この出向は、志願です」




 志願、と言ったときだけ声がわずかに低くなった。一枚目の——ガレン准将の名の方を、彼は見ていなかった。見ないようにしている、という見方もできた。




(踏み込まない。約束したでしょう、自分に)




(でも、覚えておく。この人の「眠れない」には、名前がついている)




「ひとつ訂正があるわ、軍医殿。あなたはいま『予言どおりに死んだ』と言いかけた。順番が逆よ」




「どこがです」




「死なせ方が先に決まってるから、診断書が書けるの。予言が当たるんじゃない。——予定を、こなしてるのよ」




 彼は黙った。同じ仮説を半年抱えて口に出す相手がいなかった、という顔だった。




「……それを前提にすると、申し上げにくい帰結がひとつ」




「どうぞ。私、頑丈なの」




「あなたの死は、予定されている。診断書が出た以上——もう」




「ええ。始まってるでしょうね」




 言いながら私は考えていた。今朝の紅茶。昨夜のスープ。給仕の顔ぶれ。




 同僚は、まだ静かだ。でも時間の問題。予定は、こなされる。




「最後にひとつだけ。あなた、敵を作るのは平気?」




「平気では、ありません」




 即答だった。見栄を張らないところが、いっそう信用できる。




「ただ、慣れてはいます。国境では味方より敵の方が正直でしたから」




「結構。いい答えだわ」




 私は診断書の束を、とん、と揃えて彼に返した。




「では始めましょう、軍医殿。私、死ぬ予定は崩す主義なの」




 ——前世からね。




 最後のは胸の内の独り言だったけれど、彼は私の顔を見て、何も聞き返さなかった。聞き返さないところが、いっそう気に入った。


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