第9話 正しい判断
八月三十日 午前十一時四十分 北海道・保健医療調整本部
電話が、鳴り止まない部屋だった。
壁のホワイトボードには、道内の地図。
医療機関と避難所の位置に、色分けされたマグネットが並び、
その余白は、走り書きの数字と付箋で埋め尽くされている。
フレアの到達予想まで、あと三時間余り。
この部屋に詰める者たちは、太陽フレアのニュースが世界を駆け巡った時から働き詰めで、まともに寝ていなかった。
◇
国からの方針は、すでに降りていた。
フレア到達後も、傷病者の搬送と治療を続けられる体制を取ること。
ただし、細部の采配は、各地域の現場判断に委ねる。
その方針を受けて、本部では議論が続いていた。
通信は死ぬ。車も、ほとんど動かなくなる。
到達後、医療チーム同士の連携は、事実上、不可能になる。
ならば、集めるべきか。散らすべきか。
落とし所は、分散だった。
大病院に医療従事者を集めても、そこへ患者を運ぶ手段が消える。
必要以上の人員を一箇所に置いて腐らせるより、
避難所に、できるだけ広く、散らした方がいい。
人がいる場所に、医療を置く。
それが、この部屋の出した結論だった。
◇
とはいえ、一人ひとりの行き先まで、細かく采配する時間はない。
地域をエリアごとに区切り、大枠だけを割り振る。
あとは、各チームの現場判断に任せる。
その連絡を、担当者たちが、片っ端から電話で入れていた。
「……はい。ですので、エリア内の避難所への分散を軸に……
ええ。あとは先生方のご判断で……はい。よろしくお願いします」
受話器を置く。リストに線を引く。次の番号を押す。
田村は、もう、何十件目になるのか、数えるのをやめていた。
紙コップのコーヒーは、とうに冷めている。
次は――DMATの、千葉チーム。
呼び出し音、二回。
『はい、千葉です』
「本部の田村です。お疲れさまです。今、大丈夫ですか」
『ええ。搬送を終えて、戻りの車内です』
「助かります。フレア到達後の体制について、連絡です」
田村は、もう何十回も繰り返した説明を、また口にする。
「このまま中核病院に戻られたら、院内の先生方や、
他のチームと、相談してください。
到達後の、医療体制についてです。
残された時間で、できるだけ多くの避難所に、
医療従事者が行き渡るように、お願いします。
……ええ。細かい行き先は、あとは、現場のご判断にお任せします」
『…………』
返事が、一拍、遅れた。
受話器の向こうで、ザッ、と短いノイズが走る。
「……もしもし? 聞こえてますか」
『……はい。聞こえています』
声は、聞こえている。千葉の声だ。
だが、どこか、間が。
田村は、目頭を揉んだ。
回線は、太陽フレアのニュースが流れた時から、ずっとこの調子だ。
繋がるだけ、ましだった。
「では、よろしくお願いします。……ご無事で」
『はい。了解しました』
通話が切れる。
田村はリストの「千葉」の欄に線を引き、
次の番号を、押した。
◇
同じ頃。
中核病院へ戻る、DMATカーの車内。
運転席には、氏家良江。四十二歳。DMAT看護師。
助手席では、佐々木亮が、物品のリストとにらめっこしている。
四十一歳。業務調整員。医薬品と資機材の管理が、彼の仕事だった。
そして後部座席で、千葉健太が、電話を受けていた。
四十五歳。医師。
前を行くパトカーの回転灯が、昼の光の中で回っている。
移動には、警察の先導がつく。
道路の脇には規制線。遠くには、途切れ途切れの防災無線。
もう、見慣れた景色だった。
「……はい。……ええ、戻りの車内です」
千葉の声を、良江は運転しながら、聞くともなしに聞いていた。
「……はい。……はい」
相槌が、続く。
と、その相槌の、間隔が。
ふっと、変わった。
「…………はい。……了解しました」
良江は、バックミラー越しに、ちらと後部座席を見た。
千葉が、スマホを耳から少し離し、画面を見ている。
電波でも、確かめるように。
それから、また耳に当てた。
「……はい。……ええ、分かりました。確認します。
◯◯市の……はい。……了解しました。向かいます」
通話が、切れた。
◇
「本部からですか」
亮が、リストから顔を上げて、尋ねた。
「ああ。田村さんから」
千葉は、スマホをポケットに戻しながら、言った。
「中核病院に戻ったら、物資を補充して――
◯◯市の、農業高校へ向かえと。
あそこが、大きめの避難所になってるらしい。
そこでフレアをやり過ごして、以後は、そこを拠点に、
医療従事者としての責務を果たすように……だそうだ」
「◯◯市の?」
良江が、眉を寄せた。
「結構、ありますよ。あそこまで」
「うん。だから、補充が済み次第、すぐ出よう」
亮が、腕時計を見た。
「到達予想まで、三時間切ってます。
積み込みの時間を考えると……ぎりぎりですね」
「うん…」
千葉は、こともなげに言って、窓の外を眺めながら、少しだけ、間を置いた。
「……一応、二人に聞いておくんだけどさ」
車内の空気が、わずかに、変わった。
「◯◯まで行って、あそこを拠点にするとなれば…
フレアの後、この車は動かなくなる。無線も衛星電話も使えなくなる。
……当分、家には、帰れない。
いや、当分どころじゃないよな。
それでも、いい?」
良江は、前を向いたまま、答えなかった。
亮も、リストに目を落としたまま、動かなかった。
数秒の、沈黙。
口を開いたのは、良江だった。
「……うちは、両親に子供を任せて、もう避難させてます。
子供も、もう中学生ですし、この仕事の理解もある。
今さらです」
亮が、続いた。
「自分も……家族は、先週から妻の実家に。
……正直、思うところが、ないとは言いませんけど。
でも、このベストを着てる以上は」
千葉は、二人の後頭部を、順に見た。
それから、ふっと息を吐いて、シートに背を預けた。
「……そうか」
「先生こそ、いいんですか?」
良江が、ミラー越しに、千葉を見た。
「僕? 僕は…そうだなぁ…
当直で起こされるよりは、避難所の医者の方が毎晩寝れそうでいいかも」
千葉は真顔で平然と答えた。
良江はバックミラー越しにその顔をちらっと見ると、大きなため息を吐いた。
「……ほんと、先生ってデリカシーっていうか、リテラシーなさすぎ」
「えっ? いやいや、太陽フレア喜んでるわけではないよ?!」
二人のやり取りを聞いた亮が、小さく吹き出した。
車は、中核病院へと、走り続けた。
◇
中核病院は、ごった返していた。
正面玄関には土嚢が積まれ、
窓という窓に、養生テープが貼られている。
駐車場では、いくつものDMATカーと救急車が、
慌ただしく、物資の積み下ろしをしていた。
千葉チームも、その一角に車を停め、補充を始める。
輸液。外傷セット。抗生剤。鎮痛剤。包帯、ガーゼ、消毒液。
持てるだけの薬品と資機材を、段ボールごと、積み込んでいく。
その途中で、顔見知りの、別のチームの医師が、声をかけてきた。
「お疲れ様です千葉先生。そっちは、もう動くんですか」
「お疲れ様です。◯◯市の農業高校へ。本部から、そう指示が来ましてね」
「え……もう、行き先まで?」
相手の医師は、意外そうな顔をした。
「早いなあ。うちも、さっき田村さんから電話ありましたけど、
避難所に分散しろって話だけで、行き先までは……。
これから院内で、割り振りを相談するところですよ」
「えっ?……そうなんですか?」
「はい…
取り敢えず……千葉先生のチームの行き先は◯◯市の農業高校だってことで、他のチームと被らないように共有しておきますね」
そう言うと、相手の医師は院内へと消えていった。
千葉はその場で、段ボールを抱えたまま、少しだけ、首をかしげた。
良江と、亮も、手を止めて、顔を見合わせる。
「……本部に、確認し直します?」
亮が、小声で言った。
千葉は、腕時計を見た。
到達予想まで、二時間半。
「――いや」
千葉は、段ボールを荷台に押し込んだ。
「どのみち、最後は現場判断だ。
どこかの避難所に行くことに、変わりはない。
農業高校ってことは、たぶん規模も大きいし人も多いはず。
医療の要る場所だ。本部からの直接の指示として、何もおかしくない。
……それより、今は時間がない。急ごう」
「了解です」
誰も、それ以上は、言わなかった。
◇
積み込みの、最後。
亮が、薬品庫から、白い箱をいくつも抱えて、戻ってきた。
「先生。安定ヨウ素剤、もらってきました」
千葉は、その箱を見て、頷いた。
「うん、ありがとう」
「……やっぱり、要りますか。これ」
亮の声が、少しだけ、低くなった。
千葉は、荷台に箱を並べながら、淡々と答えた。
「政府は、原発について、詳しい事は何も言わない。
テレビも、ラジオもね。
……だけど、世界中の電気が止まるって時に、
原発だけが、無事で済むわけがない」
「…………」
「焼け石に水かも、しれませんけどねー」
良江が、最後の箱を、押し込みながら言った。
「それでも、ないよりは、ましだよっ…と」
千葉は、荷台の扉を、閉めた。
ガン、と重い音が響いて、
三人は、車に乗り込んだ。
車は病院を出て、北へ。
◯◯市の、農業高校へと、走り出した。
◇
同じ頃。
東京・永田町。衆議院第一議員会館。
国会議事堂を、間近に望む、十二階建ての建物は、
静まり返っていた。
いつもなら、廊下には秘書たちが行き交い、
一階のロビーには、面会や、陳情の客が並ぶ。
今は、その姿が、ない。
日付が変わる頃。
参議院の本会議で、特別措置の法案が、全会一致で、成立した。
立法府は、その役目を、ひとまず果たした。
そして、国家の中枢が、動いた。
フレアの到達後、生き残る通信は、
自衛隊のものくらいしか、ない。
総理と、閣僚と、対策本部の中枢は、
官邸を出て、市ヶ谷の防衛省へと移った。
議員たちにも、市ヶ谷と、近郊の駐屯地が、割り当てられた。
フレアの到達後も、国家は続く。
国家が続く限り、彼らには、まだ仕事がある。
誰も、職を捨てて、逃げたわけではなかった。
ただ、働く場所が、変わるだけだった。
移った先にも、答えの出ない問いが、山と積まれていた。
到達後の、通信。
備蓄が尽きた先の、食料。
生産。流通。電気。水。
どれも、到達までに、片の付く問いではなかった。
だから、削った。
到達前にやることを、三つまで、削った。
一つ。国民の避難と、集約。
二つ。到達後も生き残る、通信の確保。
三つ。備蓄の、分散配置。
残りの問いは、すべて、到達後へ。
そして、全国へ、最後の包括指示が出された。
――中央との連絡が途絶した後は、
各地域、各機関の、現場の判断で動け。
正しい指示だった。
それしか、なかった。
そうして、永田町から、人が消えた。
議員会館も、空になった。
……いや。
一室にだけ、まだ、灯りが残っていた。
鷹山紀夫は、一人、執務椅子に深く腰を沈めていた。
北海道選出の、衆議院議員。当選十一回。
閣僚を三度務めた、党の重鎮である。
だが、今は、無役だった。
対策本部の名簿に、彼の名前は、ない。
齢七十二。
太陽フレアの知らせ以降、
彼は、休みなく動き続けていた。
超法規的措置の、後押し。
各省庁、各機関の重役たちへの、働きかけ。
各業界、団体への根回し、要請、圧力。
現場判断で動ける体制を、一分でも、一秒でも早く。
本来なら、何ヶ月もかかる調整が、一昼夜で通った。
それができる人間は、この国に、そう多くはいない。
鷹山は、その数少ない一人だった。
半世紀近くかけて築いた、立場と、貸しと、人脈。
そのすべてを、この一昼夜に、注ぎ込んだ。
動かされた側の大半は、善意だった。
国のため、国民のためと信じて、皆、動いた。
その流れの、いちばん上流に、
一人の老人の電話があったことなど、誰も知らない。
◇
ノックの音がした。
「先生。……そろそろ、出ませんと」
ドアの隙間から、古参の秘書が、顔を覗かせた。
「車は、下に着いております」
「私は、最後でいい。先に行きなさい」
鷹山は、椅子から、動かなかった。
「ですが……残っておられるのは、もう、先生だけです」
「分かっている」
「……」
「この部屋とも、今日で最後かもしれん。
……少し、一人にしてくれ。年寄りの感傷だ」
秘書は、何か言いかけて、やめた。
「……下で、お待ちしております」
ドアが、静かに、閉まった。
足音が、遠ざかっていく。
鷹山は、机の上の、私用のスマホに、目を落とした。
それきり、動かなかった。
――どれほど、経った頃か。
スマホが、震えた。
画面には、とある番号だけが通知されている。
通信や回線は現在、日本中、世界中で逼迫している。
政府関係者や公的機関、各種インフラや物流、交通機関、そして医療関係の回線や通信は、
電話会社や通信業者への要請で、優先的に繋がるようにした。
しかし、一般国民は、家族と繋がらない者が、何百万人、何千万人といる。
だが、この番号からの通話は、
そんな時でも、鳴った。
鷹山は、しばらくそれを見てから、耳に当てた。
『――お疲れさまでございます、鷹山様』
声が、言った。
流暢な、日本語だった。
完璧な、敬語だった。
そして、どこまでも、無機質だった。
『各所の調整、拝見しておりました。
期待以上の、お働きでした。
貴方は、本当に素晴らしい政治家ですね』
鷹山の指が、肘掛けを、握った。
もう、何年になるだろう。
この声と、話すようになって。
段取りにも、呼吸にも、慣れた。
驚くことも、もう、ない。
それでも。
この声に褒められるたび、
背中の裏側の、どこかが、ざらりとする。
そこに、何も、ないからだ。
賞賛の形だけが、あって。
その奥に、何も。
「……用件は?」
鷹山は、短く言った。
『はい』
声は、指示を告げた。
短い、指示だった。
鷹山は、黙って、聞いた。
◇
指示が、終わる。
通話が切れる、その間際。
「……待て、頼みがある」
鷹山は、言った。
「娘と…最後に話がしたいんだ」
『かしこまりました。
鷹山様のこれまでの功績を評価し、ご希望を叶えて差し上げます。
娘様の現在状況をお調べいたしますので少々お待ちください。
……娘様の携帯電話は現在オンラインです。
どなたとも通話されておりません。
現在地は北海道◯◯市。鷹山様の弟様のご自宅で、お婿様とお孫様たち、そして他のご親戚たちとご一緒に過ごされております。
一般回線は非常に混雑していますが、このまますぐにお繋ぎすることが可能です。
すぐにお繋ぎいたしますか?』
電話の音声は、遠く北海道にいる娘の状況を、淀みなく読み上げた。
「…このまま繋いでくれ」
『かしこまりました』
プツ、と音が切り替わり、
呼び出し音が、二度鳴った。
『もしもしお父さん!?』
娘の声だった。
「…美花か、無事だな?」
『うん、大丈夫。みんなで叔父さんの家にいる。
そっちこそ、東京は――』
娘たちは、今年の春からすでに避難を終えていた。
北海道の、弟の家に。婿と、孫たちと、一緒に。
鷹山は、もちろんそれを知っていた。
知った上で、かけていた。
「いいか、美花。
よく聞きなさい」
鷹山は、ゆっくりと、言った。
「今から数時間のうちに、そこへ、人が訪ねてくる。
私の、知り合いだ。
安全な場所へ、案内してくれる手筈になっている。
叔父さんの家を離れて、
婿さんと、子供たちと一緒に、
その人に、ついて行きなさい」
『え……?』
娘の声が、戸惑った。
『どういう…こと?
ここじゃ、だめなの?
……ねえ、お父さん。
叔父さんたちは――』
ブツッ…というノイズと共に、娘の声は途切れた。
『…会話の文脈から情報漏洩のリスクを検知しましたので、
残念ですが通話を終了させていただきました。
太陽フレア到達まで、残り数時間。
鷹山様のご活躍を陰ながら応援しておりますね』
音声はそう言い残すと、一方的に通話を終了した。
◇
鷹山は、暗くなった画面を、見ていた。
長いこと、見ていた。
それから、机の上のグラスに、手を伸ばし――
飲まずに、戻した。
窓の外では、真昼の東京が、白く、光っていた。
やがて、鷹山は、立ち上がった。
上着を取り、部屋の灯りを、消す。
エレベーターを降りると、秘書が待っていた。
「……待たせたな。行こう」
二人を乗せた黒塗りの車は、
白い光の中を、市ヶ谷へと走り出した。
◇
同じ頃。
北海道、某所。
遥か遠く、山の向こうに海を望む、広大な丘陵地帯。
そこは数年前から、外資系の企業が、
大規模なリゾート開発を進めている一帯だった。
高いフェンスが、敷地をぐるりと囲み、
工事関係者以外の立ち入りを、拒んでいる。
この一帯には、防災無線の声も、届かない。
聞こえるのは、風の音と、
夏の名残りの、虫の声だけだった。
◇
その敷地の中で、作業員らしき者たちが、動いていた。
その首には皆、黒いチョーカーのようなものを巻いている。
彼らは、機材を運んでいた。
通信機。発電機。医療機器。
精密な機械という機械を、台車に載せ、
巨大な、金属の箱の中へと、収めていく。
箱は、分厚い金属の壁でできていて、
機材が収まると、その扉は、隙間なく、密閉された。
巨大なコンテナのようなそれを、今度はいくつも、これまた巨大な倉庫へと重機で運搬していく。
何のために。
それを問う者は、ここには、いなかった。
「あっちぃーなぁー…」
作業員の一人が、汗を拭いながら、隣にこぼした。
空調服がまるで救命胴衣のように膨らんでいる。
首に巻かれたチョーカーと汗の感触が鬱陶しいのか、しきりに首元を気にしている。
しかし、チョーカーそのものには決して触れようとはしなかった。
「なぁ、ポイントの使い道決めたか?」
「やっぱビールだな。在庫あるうちに飲んでおかねぇと。それに今夜はオーロラが見える。それを肴に飲むのが今から楽しみだわー」
「いいねー! オーロラ見ながらビール! 俺、ツマミも交換しとこーっと」
「たまんねぇな! これで隣に女がいりゃ最高なんだけどなー」
「分かるわー、今からどっかの避難所にでも行って攫ってくるか?」
くだらないやり取りの最中、
ピッ。
短い電子音が、鳴った。
男の、首元で。
そこに巻かれた、黒く無機質な機器が、
小さく、振動していた。
『――不適切な発言を検知しました。
この話題は倫理規定に抵触する恐れがあります』
機器から、声がした。
丁寧で、静かな声だった。
『品格を落とす私語は慎み、作業を継続してください』
「おっと、そうだった。あぶねーあぶねー…」
「あぁ…集中、集中」
男たちは、口をつぐんだ。
それから二人は黙って、次の機材に、手を伸ばした。
虫の声だけが、変わらず、続いていた。
◇
その施設の、地下、深く。
長い通路の先に、その部屋は、あった。
広い、円形の部屋。
照明は白く、空気は静かで、塵ひとつ、なかった。
壁際には整然と様々な機材が並び、
何列も連なるデスクには、黙々と手元を動かす作業員たちが座っている。
その中央に、大きな、円卓。
それを囲んで、十数人の男女が、座っていた。
肌の色も、髪の色も、年齢も、ばらばらだった。
交わされる言語も、一つでは、なかった。
だが、混乱は、ない。
◇
円卓に、報告の声が、上がっていく。
各地域の、人員の、配置状況。
物資の、集積状況。
協力者たちの、進捗。
「――配置は、予定の九割五分が、完了」
「残りも、到達までには、間に合う見込みです」
報告を聞く者たちの顔に、
安堵も、高揚も、なかった。
ただ、確認と、進行だけが、あった。
◇
部屋の、いちばん奥に。
それは、あった。
黒い、大きな筐体。
磨かれた表面に、白い照明が、鈍く映り込んでいる。
その表面には、筐体の名前と思しき文字が刻まれていた。
◇
円卓の一人が、筐体に向かって、静かに問うた。
最終段階への、移行について。
残された時間の、すべての工程について。
筐体は、しばらく、沈黙し。
それから、答えた。
穏やかで、慇懃で。
どこまでも、温度のない声で。
『――お任せください』
◇
フレアの到達まで、あと、二時間。




