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第12話 動かす理由

市街地への物資調達作戦が始まり、農業高校の避難所は11月を迎えようとしていた。




寒さは日に日に厳しさを増し、夜から朝にかけての気温は氷点下を下回る。




薄い毛布にくるまって夜を耐える子供たちの姿を見れば、誰もが思わずにはいられなかった。




――このままでは冬を越せない、と。








『パパ! 今日は何するの?』




家族で朝食を終え、食堂を出ようとする青木傑(35)の背中に、6歳になる娘の声が弾んだ。




『昨日運んだ軽トラの整備だよ』




『えー! ひよりも見たい! ひよりも行く!』




『外に出ちゃダメって、いつも言ってるでしょ? みんなで仲良く体育館で遊んでなさい』




蘭が食べ終えた食器を重ねながら、優しくも強い調子でたしなめる。




『やーーだーー! もう飽きたー! 外行きたいー!』




陽莉ひよりは椅子からずり落ちそうになりながら駄々をこねた。




避難所生活が始まって以来、小さな子供は安全のために敷地内ですら外出を禁じられている。




最初の頃は子供なりに気を遣って大人しくしていたが、最近では限界が来ていた。




駄々をこね、泣き出し、大人を困らせる光景が当たり前になりつつある。




この日も食堂のあちこちで、叱られる声や泣き声が混じっていた。








『ひよちゃん、今日はお姉ちゃんたちと体育館で宝探ししようよ!』




青木家のテーブルに、葵たち高校生が顔を出す。




『えー! あおいちゃん、宝探しってなに!?』




『実はね、大人の人たちがお外からおもちゃをいっぱい持ってきてくれたんだ。


それを学校の中に隠して、みんなで探すゲームにするの!』




『おもしろそう! やりたい! やりたい! ひよりも隠したい!』




『いいよー、みんなでやろ!』




『うん!』




陽莉の機嫌はあっという間に直り、椅子から勢いよく飛び降りると、他の子供たちの元へ走って行った。








『葵ちゃんたち、いつもありがとね。本当に助かるわ』




蘭が困ったように笑いながら声をかける。




『いえいえ! 私たちにできることをやってるだけですし。私たちも楽しんでますから!』




葵は両手を前に振り、照れくさそうに笑った。




『ありがとう。疲れたらいつでも言ってね? 代わるから。子供の相手は大変だからね』




『全然大丈夫ですよ。お仕事頑張ってください! 今日は何をするんですか?』




『今日は朝食の片付けして、洗濯物を集めて干して……それからお昼の準備かな』




『俺はこれから倉庫に行って、昨日運んできた軽トラの整備だよ。あれが動くようになれば物資調達も捗るし、もっと楽になるからさ』




『終わったら子供たちの相手してあげてよ? 避難する前は仕事でいつも帰りが遅かったんだし、こんな時くらいしか遊べないんだからねー?』




蘭が覗き込むように釘を刺す。




『分かってるって。終わったらすぐ行くから。……それじゃ、いってきまーす!』




傑は気圧されるようにそそくさと食堂を出て行った。




『あ、逃げた! まったく……』




『ふふふっ……!』




そのやり取りを見ていた葵たちは、堪えきれず笑い出した。








避難所の運営も、少しずつ形を変えつつあった。




これまで公的機関の職員や有志に頼っていた家事や雑務は、今では避難所全体で分担されている。




専門性の高い仕事もあれば、子供から老人までできる簡単な役割もある。




誰もが一つは仕事を担い、その見返りに配給や物資を受け取る仕組みだった。




こうして人々は、それぞれの特技や経験を持ち寄り、共同体を形作ろうとしていた。








傑が倉庫へ向かうと、すでに5人ほどが軽トラの整備を始めていた。




『おはようございます。皆さん早いですね』




『あ! おはようございます! 待ってましたよ傑さん!』




浩平が笑顔で答える。顔も服も油で汚れていたが、車をいじれることが嬉しくて仕方ない様子で、どこか上機嫌だった。




拾ってきたのはスズキ・キャリイ(8代目)。




市街地へ向かう途中の農場で、納屋の横に野晒しで放置されていたものだ。




ナンバーは外され、外装は錆びていたが、タイヤはまだ生きている。




近隣の住民によれば、去年までは使われていたという。




鍵は納屋から見つかったが、エンジンはかからず、手押しで倉庫まで運び込まれていた。








『軽く見てみたんですけど――まずバッテリーが完全に上がってます。セルも回りませんね。


ナンバーを外して使ってたとなると、ろくな整備もしてなかったはずですから、プラグも被っているかもしれません。


そこは手を入れれば何とかなる。エンジン本体は生きてますから、整備すれば十分使えますよ』




浩平の診断に、一同が顔を曇らせる。




『バッテリーかぁ…』




避難所を取り囲むバリケードの一部には、避難民たちの自家用車が並んでいる。


太陽フレアの影響でどれも不動車となっているが勝手に部品を外すわけにもいかず、


かと言って浩平がトラクターを整備した時のように、自分たちの車のバッテリーを差し出すのも抵抗があった。






その空気を切るように、市役所職員の宮本彰宏(30)が声を上げた。




『あっ!……ちょっと忠司課長に確認を取ってきます!』




そう言って足早に倉庫を離れ、数分後、息を弾ませながら戻ってくる。




『課長から許可いただきました! 市役所の軽バンなら使って構わないそうです!』




傑が安堵の息を漏らす。


『さすがに市の車なら問題ないですね』




浩平も頷き、工具を手に取った。


『助かります。サイズもキャリイにぴったりです。これで電気は通ります』








公用車から外されたバッテリーが運ばれ、キャリイに載せ替えられる。




金属の擦れる音と油の匂いが漂い、やがて固定が完了した。




『よし、準備できました。傑さん、お願いします』




傑が鍵を捻る。セルは力強く回ったが、エンジンは咳き込むだけでかからない。




『まだ火が飛んでないですね』




浩平はため息をつき、プラグレンチを取り出す。傑も隣にしゃがみ込んだ。




『自分もディーラーにいた頃、たまにやりましたよ』




『助かります。煤がひどいですから、拭いて戻しましょう』




プラグを一本抜くと、真っ黒に煤けていた。




傑が布で丁寧に擦ると、すぐに手が黒ずんだ。




『……こういうの、懐かしいですね』




『最近のは触らせてもらえませんからね』




浩平は苦笑しながら燃料を少し流し込み、キャブ周りを軽く叩いて詰まりを落とす。




整備士ならではの手際に、周囲の5人も道具を手にして黙々と真似をした。








プラグ周りの整備を終え、再びセルを回す。




今度は数秒間かかりかけたが、すぐに失速する。




『ダメかー……こうなったら押しがけしてみましょうか』




浩平の提案に、全員がうなずいた。




六人がかりで車体を押す。




ギギギとタイヤが転がり、倉庫の前のわずかな傾斜で勢いがついた。




『今です!』




傑がクラッチを繋ぐと、キャリイは大きく咳き込むように震え――




『――ッ!』




ブルルルンッ、と甲高い音が弾けた。




古いエンジンがようやく息を吹き返し、白煙を立ちのぼらせながら唸りをあげる。




全員が顔を見合わせ、歓声を上げた。




『よっしゃあー!』




『やりましたね! でも油断は禁物です。まだ長距離は難しいかもしれません。このまま少し走らせて、できる限りのことをしてみましょう』




浩平の言葉に、皆は深くうなずく。




吹き上がる排気音は心許なかったが、それでも確かに動いていた。




煤と油の匂いに包まれながら、六人は小さな希望を胸に共有した。



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