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献身 私が男の聖女様を看取るまで  作者: 夕波@「不良債権」コミカライズアンソロ1/8発売
Ⅱ.今日のこの日を生き延びて

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9/20

05.断髪

良く晴れたいい天気だった。盛りを迎えた秋の空は、岬の先から水平線のむこうまで、どこまでも澄みきっている。


ユスラはセリをつれて、散髪に使える鋏がないかと灯台守のゲオルクを訪ねていた。

ワンッ!と強くひと鳴きして、デイルが勢いよく出迎えてくれた。相変わらず尻尾をぶんぶんふっている。


「こんにちは、ゲオルクさん。」

「…隣人が尋ねてくるなんて、もう十数年もなかったことだ。」

どうしたらいいのか分からない、といったようにゲオルクはそれきり黙り込んでしまった。

静かな感動を邪魔しないよう、ユスラもじっと彼の返答を待っていた。


「それで、小さな隣人の用件は?」

「私は今年で16になったので、そう小さくもないんですよ。」

「儂にとっちゃ16も20もまだまだ子どもだ。あっちの坊やは、ずいぶん器量よしだが…5,6歳ってところかな。」


「分かりますか?」

ゲオルクは頷いたが、それ以上聞いてくることはなかった。


「ゲオルクさん。もし鋏をお持ちでしたら、貸していただけないかと思って伺いました。」

「用途は?」

「セリの髪を切ろうと思います。」

「散髪か…。ちょっと待ってなさい。」


ゲオルクは灯台の横にある平屋から細長い木箱を持ってきた。


「むかし遭難しかけた船乗りを世話したことがあってな。礼にと置いていった舶来品だ。儂には上級品すぎて使わずじまいだが、時々手入れをしてあるから切れ味は保障するよ。」


「こんないいものをお借りしてもよろしいのですか?」

「ようやく自分にふさわしい出番がきたと鋏も喜んでいるだろう。」

「ありがとうございます。」


ゲオルクの邪魔になってはいけないとすぐに帰ろうとしたが、セリはデイルと寝転がってじゃれ合っている。大型犬が2匹いるようだった。どう声をかけたものかと思案していると、ゲオルクが口を開いた。


「デイルの奴、若い遊び相手ができたもんでだいぶはしゃいでるな。ユスラさん、あんたさえ良かったらお茶でも飲んでいかんかね。」

「良いんですか?何から何まで甘えてしまって。」


「これくらい甘えるうちになんて入らんさ。犬とのわびしい1人住まいだ。話し相手になってくれると嬉しいよ。」


「そう言っていただけると、私も嬉しいです。」

ユスラの答えに微笑むと、ゲオルクは平屋へと戻っていった。


灯台守が淹れるお茶は、濃いめに煮出した紅茶にミルクと砂糖がたっぷり入っていた。嗅ぎなれないスパイスの香りもする。教会では水かハーブティーしか出されなかったユスラにとって、初めての飲み物だった。


「すごく美味しいです!スパイスって、お茶にも合うんですね。」

「ここじゃ娯楽が少なくて、こんなもんでも楽しみのひとつでな。」


2人はティーカップを手に、しばらく海を眺めていた。時折セリの楽しそうな声が聞こえてくる、穏やかな時間だった。


「よく手入れされている髪だ。本当に切ってしまうのかい?」

「ここで暮らしていくには、あまりに目立ちすぎてしまいますから。せめて少しでも、町になじめるようにと。」


「どうしたって目立つだろうが、ユスラさんが決めたんならバッサリ切るのがいいんだろう。だがね、心残りがある人間は、そういう顔をして海を見る。渡り鳥にも、沖合に光る魚の群れに目もくれずに、ありもしない何かを水平線のむこうに探してるもんだ。あんたは何を残してきたのかな?」


「ゲオルクさんは、海の天気だけでなく人の心も読めるのですね。」

「歳の分だけ、いろんなものを見てきただけだ。」


「…忘れられない方がいるんです。私の全てだったのに、もう会えない。その方は、私にセリを託して消えてしまいました。毎日、セリが心穏やかに暮らせるように心を砕くのに必死で、いつかあの方を思い出せなくなってしまうんじゃないかと不安になるんです。忘れたくなくて、セリをないがしろに扱ってしまいました。」


「人間、そう簡単に忘れられるもんじゃない。目の前の仕事に没頭しても、忘れたほうが幸せだったかもしれないと何度思ったって、あの時こうすれば良かったと、心の奥にずっと引っかかり続ける。安心してセリの面倒をみればいい。それに、なにもつきっきりで傍にいるだけが世話じゃないと思うがね。」


「ゲオルクさんにも、忘れられない方がいたのですか?」

返事をしないのが返事なのだろう。

ゲオルクと同じ深さの沈黙で、ユスラはゆっくりとスパイスティーを味わった。


「午後には雨が降りそうだ。外で散髪するなら早い方がいい。」

ゲオルクは目を細めて空を見上げると、ユスラから空になったカップを受け取った。

  

 

ユスラは長いこと鋏をもったまま立ち尽くしていた。背後で固まったままのユスラを気にすることもなく、セリは機嫌よくわらべうたを口ずさんでいた。


毎日、この髪を梳いて編んでいたなぁと思う。今日はどんな編み込みにしようかと考えるのも楽しかった。ユスラは1度鋏をテーブルに置いて、セリの前にしゃがみこんだ。


「セリ、髪を切る前に、良かったら1度編ませてもらえませんか?」

「いいよー」


ふたつ返事で受け入れたセリの髪を、ユスラは一房すくいあげた。それを頭頂部の左から右下にむかって、細かく編み込んでいく。同じようにもう二房編み込むと、少し残した毛先は小さくまとめあげた。耳をすっきりと出したまとめ髪は、セリにもよく似合った。


ユスラは外にでてヒースの花を摘んでくると、小さな束にしたものをセリに髪に差した。花に飾られた美しい髪をしばらく眺めてから、ゆっくりとほどき始めた。


「せっかく綺麗にしたのに、とっちゃうの?」

「ええ。これから髪を切りますからね。さっぱりしますよ。」


心をこめて、丁寧に髪をとかして1つに結ぶ。震える手で鋏を握り、ゆっくりと切り落とした。

かつてセレストだったものは、あっけなくセリから分断され、ユスラはそれをヒースの花とともに丁寧に布でくるんでしまった。


金髪を短く刈りこんだセリのうなじは驚くほど白かった。それでも、首も耳も出してしまえばどこからどう見ても青年だった。少し前まで女性としてふるまっていたのが嘘のようだと、ユスラはセリをまじまじと見る。


「変?なんか頭がすかすかするんだけど。」

「いいえ、よく似合っていますよ。それにとってもかっこよくなりました。」


鏡を見せると、セリは「ほんとだ、かっこよくなってる!」と喜んだ。

また1つ、セレストと自分を繋ぐものが消えてしまった。


ユスラは虚しさでいっぱいになってしまいそうなのをこらえてセリに微笑んだ。

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