04.買い物
ファヴェルで暮らし始めてから1週間が過ぎた。
少しずつ2人の生活リズムやルールが生まれ、屋敷もすっかり2人の家になった。
出されたものは残さない。食べきれないなら少なくよそうというのが教会のルールだったが、セリは野菜が苦手のようだった。
「セリ、また人参を残していますよ。好き嫌いをしてはいけません。」
夕食のスープに浮かぶ人参をよりわけているセリに、ユスラは優しく声をかけた。
「だって美味しくないんだもん。」
「そんなことないですよ。ほら、他のお野菜やお豆と一緒に食べてみてください。とっても甘くて美味しいし、それに栄養だってあるんですよ。」
正論だと分かっているのだろう。セリはスプーンで人参をつつきながら黙っていたが、やがて諦めたようにちびちびと食べ始めた。
「そう、いい子ですね。大きくなれますよ。」
ユスラはセリに対して幼い子ども相手の態度をとることにした。その方が聖女セレストとセリを分離しやすく気が楽だった。
「じゃあ、人参はユスラにあげる。ユスラも大きくなった方がいいよ。」
確かに、体格で言えばセリのほうがずっと大きいのだ。これは1本とられたと、ユスラは笑った。
「お気遣いありがとうございます。ですが私はこれでも大きくなったんですよ。」
だめだったか。そんな表情でぷいっと顔をそむけるセリが可愛くて、ユスラは頭を撫でた。
「お皿をからっぽにできたら、明日は一緒に町へお買い物にいってみましょう。」
「ほんと?」
「ええ。」
ユスラは、明日町へ行ったらソーセージを買ってみようと思った。
教会での食事は基本的に菜食で、たんぱく質は豆やチーズで補っていた。世俗に還った今、食事に制限はない。
2人ともこの町にきて初めて食べた魚介がたちまち大好きになった。少し抵抗はあるけれど、これからは肉や腸詰を取り入れてもいいかもしれない。
誰も知らない場所で暮らすのはどんなに心細いことだろうと思っていたが、いざ暮らしてみるとあっけないほどに自由だった。
ロザリオでは、聖女セレストが気軽に街を散策するなんて決して許されなかったのに。セリと並んで往来をのんびり歩くことに、ユスラは静かに感動していた。
教会で、セリは誰にも歓迎されない存在だった。
ファヴェルではいろんな人が新入りの自分たちを受けいれてくれる。そしてそれは、セリが町に降りるとさらに顕著だった。ユスラが1人で買い物する時よりも、はるかに多くの視線が注がれるのだ。ほとんどが、女性からのもので熱がこもっている。
セリを幼子としか見てこなかったユスラは全く意識していなかったが、彼の容姿は事情を知らない町の女性陣にとってはただただ、男として好ましいものなのだろう。
明らかに貴族の子弟とその侍女といった二人に直接声をかけてくるものはいなかったが、自分たちのことをひそひそと噂しあっている姿を視界に入れてしまい、ユスラは非常に居心地が悪かった。
すぐにでも買い物を切り上げたかったが、目を輝かせていろんなお店をまわるセリを見ているとそうもできなかった。
「ねぇユスラ、あれはなに?」
「ロブスターですね。白身の魚よりも弾力があってとても美味しいと評判のようですよ。」
「ロブスター?食べてみたいな。」
「…私にあれをさばく勇気が出るまでお待ちください。」
大きなハサミを麻ひもでしばられたロブスターはまだ生きている。とてもじゃないが、あれを鍋にいれて火にかけるなんて絶対できる気がしない。ユスラはロブスターからそっと目をそらした。
「好き嫌いはいけないってユスラが言ったのに。」
「すみません、好き嫌いの問題ではなく、無理なので。あの大きさでまだ生きてるなんて、無理なんです。」
本気で嫌がるユスラと、無邪気に追い詰めるセリのやりとりを見守っていた熊のような店主が、豪快に笑った。
「そんな時期もあるよなぁ。なに、この町で暮らせばロブスターの処理なんて朝飯前になるってもんよ。しかし兄ちゃんもお目が高い。うちのロブスターは最高だよ。こっちにガーリックローストにしたやつがある。こっちなら軽くあっためてそのまま食べられる。どうだい、安くしとくよ。」
調理済みとはいえ、縦割りになったロブスターもなかなかのハードルの高さだった。結局、セリの好奇心に負けて2人分のロブスターと、タラのフリッターを買って帰ることにした。
その夜、2人は買ってきた総菜を分け合って食べた。
ロブスターの身をこわごわ殻から取り出して食べてみると、白身とは思えない濃厚な味とぷりっとした歯ごたえがたまらない。
最初の数口は驚くほど美味しかったが、次第にふたりとも食べるペースがゆるんだ。酒のみが多いこの町では濃い味付けが好まれるらしく、教会育ちの2人の胃には少し負担がかかるのだった。
「これもすっごく美味しいけど、僕はやっぱりユスラの作ったご飯が1番好きだな。」
エンドウ豆とじゃがいものバター煮を口にしながら、セリが笑う。
「それじゃあ、また買い出しのお手伝いをお願いしますね。」
そういいながら、ユスラは今日町で向けられたセリへの視線について考えていた。
女たちが時折笑いながらセリを見つめていたあの瞳を、教会でも見たことがある。聖女セレストが式典や大祝祭のため屋外で歌う時、聖女や高位聖職者は騎士団に護衛されていた。
正装で任務にあたる若い騎士たちは、街の華だった。たくさんの女性が、聖女セレストへの憧憬とは別に送っていた熱い視線。
聖女でも中性的でもなくなったセリは、今やあの騎士たちと同じ、色恋沙汰の対象になったのだ。トラブルに巻き込まれないよう、自分がしっかり守らなくてはと、ユスラは気持ちを引き締める。
同時に、胸のなかで疑問が浮かぶ。
─だけど、いつまで?
庇護するべき小さな子ども。事情を知らない人から見れば、色白で長髪の美しい青年。
ユスラにとってはどちらもセリだ。彼を好きになる女性は沢山現れるだろう。その中の1人をセリが選んだら?その時、自分の立ち位置はどうなるのだろう。
そもそも、聖女の器だったセリの体はあとどれくらい持つのだろう。
セリを完璧に守ることはできない。せっかく自由になったのに、外の世界を遮断してはいけない。
彼は聖女ではないのだから、友達だって恋人だって作る権利があるのだ。
分かっているつもりでも、こんな風に現実問題に直面すると揺らいでしまう。
ひとつひとつ、手放していかなくては。
「セリ、明日お天気が良ければ、髪を切りましょう。」
ユスラは手にしていたフォークを置くと、静かにほほ笑んだ。




