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献身 私が男の聖女様を看取るまで  作者: 夕波@「不良債権」コミカライズアンソロ1/8発売
Ⅱ.今日のこの日を生き延びて

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01.新天地

丸3日走り通して、馬車はまもなく北の港町ファヴェルに到着した。

外気温がゆっくりと下がっていくのを感じて、ユスラは羽織のボタンをしめる。


ロザリオではまだ残暑だったはずなのに、ファヴェルではすでに秋の気配が色濃い。

ユスラはセリを優しくゆすり起こした。


「セリ、起きてください。もうじきつきますよ。」

「やっとお家につくの?」

「ええ、あなたと私の新しい家ですよ。」


そうは言ったものの、ヴァレリ司教からは家の地図と紹介状をもらっただけで、ユスラにとってもどんな家かは行ってみなければわからない。それでも彼を安心させるため、何もかも知っているふりをしなければならない。

自分はセリのために、これからいくつもの嘘を重ねていくのだろうとユスラは思った。


 

「ようこそファヴェルへ。長旅お疲れ様でございました。教会より命を受け、こちらで世話役を仰せつかっておりますセルゲイ・ラークと申します。」


街の教会で二人を出迎えたのは初老の町役場参事だった。物腰柔らかな態度に、ユスラはほっとして挨拶を返した。


「セルゲイ様、初めまして。私はユスラ、こちらはセリです。この度は私どもを受け容れてくださり感謝申し上げます。」


療養目的でやってきた貴族の子息が、家名も名乗らず使用人風情の少女に挨拶させる。この時点で相当な訳ありだと思われるだろうが、セルゲイはそんな違和感を一切顔に出すことなく頭を下げた。


2人が人目に触れないようにと無人の教会を待ち合わせ場所にしたことからも、セルゲイは配慮に富んだ人物なのだろう。

宗教特区ロザリオとは違って、ここは国教パウゼを信仰している地域。セルゲイは、ロザリオからやって来た二人をパウゼの教会に案内したことを詫びたが、ユスラはむしろここで良かったと首を横に振った。


「ロザリオの聖女は、パウゼの神から特別な力を授かったといわれる存在。ロザリオには聖女様に加えてパウゼ教も信仰している市民も多くいますので、どうか気にやまないでください。こちらは、常駐の司祭はいらっしゃらないのですね。」


ユスラは小さな集会室のような素朴な教会を見渡した。セリはその横で、興味なさそうに窓の外を眺めているだけだった。


「漁師の中には船霊(ふなだま)信仰を持つものも多いですからね。ここには月に2度のミサと、冠婚葬祭の時にだけこの地域を担当する司祭がやってきます。ミサは月初と月半ばの休息日に行われます。ご興味があれば、ぜひいらしてください。」


セルゲイはざっとこの町の地理や住人の雰囲気、2人が使いそうな店と別荘の案内を説明した。


漁師町ファヴェルはタラとプラーナ貝の水揚げが有名で、新鮮な魚介類を出すレストランが軒を連ねている大通りが有名だ。ここを目当てに王都から富裕層がくることもあって、高台には別荘が何軒か点在しているらしい。

セリのために用意された住居も、もとは別荘だった。港に近付くにつれて魚の燻製小屋や加工所、魚市場と続いていく。ありふれた漁師町ともいえるが、仕事には困らない。

漁港だからよそものがいて当たり前だし、若いものもそれなりに楽しくやっていけるから安心して暮らせるはずだとセルゲイは言った。


「何かあればたいていは役場におりますのでお申しつけください。食料の買い出しには荷運びのハンスをお使いください。

気の利く若いポーターで、重い荷物を運んだり、小さな馬車の手配なんかもしております。配達料は交渉次第ですが、まとめ買いをするのがおすすめでしょう。お2人の荷物も、あとでハンスに運びこませましょう。

屋敷の修繕や力仕事に関しては、灯台守のゲオルクという男がおります。こちらも金額は相応ですが、簡単な手仕事なら酒を持っていくといいですよ。少し離れていますが1番近い隣人ということになりますね。」


案内人はそういって岬の端にある白い灯台を指さした。

ここから歩いてどれくらいかかるのだろう。あれが隣ということは、2人の住まいもここからかなり離れているということだ。

保養や避暑より、隠居という言葉がよく似合う。なんて寂しいところだろうとユスラは目を細めた。


2人はセルゲイが持参した住民登録証にサインをすると、町のはずれまで向かうため、再び馬車に乗り込んだ。岬の突端に続く道の途中で御者に別れを告げると、ユスラはセリの手を繋いで石段を登り始めた。

段数はそう多くないのに、石段の高さがあるため登るだけでも息切れしてくる。


セルゲイは何から何まで世話をしてくれるわけじゃない。金銭の心配をしなくていいのは助かるが、これから町の住民とのやりとりや決断はすべてユスラ自身でやらなくてはいけないのだ。

教会という大きな組織に所属していたユスラにとって、これは思っていた以上に心細いものだった。


セリの手を引きながら、石段を1段ずつゆっくり登っていく。

だいじょうぶ、だいじょうぶ、と繰り言のように唱えながら。


セリはその言葉の意味が分からないとでもいうように、短い草と岩だけのごつごつした大地を眺めていた。

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