04.葬送
巡礼者のために空中を行き来する巨大な香炉も、今日はしんとしていました。聖堂の祭壇には黒い垂れ幕がかかり、聖職者も参列者も黒い服を着ています。
やがて葬送の旋律がゆっくりと始まりました。力強いテノールのメロディの裏で響くオクタヴィストの低音が、否応にも悲しみを深めていくようです。
どうして聖詠隊が祭壇にいるのでしょう。あそこで歌うことを許されたのは聖女様だけなのに。混濁していた私はようやく思い出しました。そうか、これは聖女様の葬儀なのだと。
教会の中央に置かれた立派な棺にはすでに釘が打ちこまれていました。誰も聖女様がお眠りになった顔を見ることはできません。
だってそうでしょう?あの棺の中にはセレスト様の御髪が一房入っているだけなのですから。
本当のセレスト様は、今も伝道師の離れにいらっしゃるのに、なぜ死んだことになっているのでしょう。
悔しくて解せなくて受け入れられなくて、私は背中を丸めて泣きました。
こんなことを、セレスト様が望んでいるはずはない。そう思って、聖女様のぶんまで泣きました。でも、心のどこかでやっぱり、私が大好きだったセレスト様はいなくなってしまったことに耐えられなかったのかもしれません。
いずれにせよ参列者の目には、主を失った哀れな側仕えとしてうつったことでしょう。
私は献花台に、セレスト様が一番好きだったロンサールの薔薇を手向けました。
葬送の鐘が、赤みがかったすみれ色の空に物悲しく響きます。
セレスト様の思い出を引き連れて、棺は教会の西側にある墓地に埋葬されました。
葬儀の後、街じゅうが悲しみに包まれました。
ひばりの聖女様のためにいくつもの追悼文が書かれ、画家や詩人、音楽家たちはそのすべての才を聖女のために捧げました。商魂たくましい行商人ですら、馬車に喪章を掲げてあんなに素晴らしい聖女様はいなかったと首を横に振りました。
教会の幹部たちはセリどう扱うべきか、ずいぶん紛糾しているようでした。
いっそのこと生きたまま棺にいれて埋葬してしまえばよかったのでは、なんて物騒な意見もあったそうです。しかし、聖女の器をないがしろに扱うと恐ろしい災厄が降りかかったという言い伝えもあり、結局は聖女に準ずる扱いをするのが妥当ということになりました。
有識者やトップクラスの聖職者が議論を重ねた結果、セリはここから離れた場所で、療養生活を送る貴族子弟として生きることになりました。
処遇が決まれば、あとは駆け足でした。ヴァレリ司教は執務室に私を呼び出すと、最近のセリの様子をたずねました。私の話をじっと聞いていた司教は、ゆっくり深く、息を吐きました。
「彼を乗せた馬車は三日後に出発します。教会は彼の後見人となり、生涯その生活を援助します。ユスラ、お前はずいぶんとセレスト様を慕い、懸命に仕えてきました。だからこそ問います。このままここに残って別の仕事を担うか、教会を出て彼の引き続き彼の世話役につくか。どちらの道を選んでも、私たちはユスラの意志を尊重します。魂が還った後の器の寿命は長くて三年と言われています。その時がくれば、また教会に戻る手立ても保障しましょう。」
人を救うために聖職についたはずなのに、司祭はどうしてこんなにも残酷なことを言うのでしょう。けれど、それが一番妥当なのだという判断も、理解できてしまうのでした。
「司教は、私に大切な人を二度看取れと仰るのですね。」
ヴァレリ司教はゆるゆると首を横に振りました。
「最後に決めるのはユスラです。しかし、これも神のお導きなのかもしれません。」
私が教会に残ると言っても、きっと司教や神官長は受け入れてくださるでしょう。そうなれば、セリはまた知らない誰かと、知らない土地で過ごすことになるのです。再びその死を迎えるまで。
「出発まであまり時間はありませんが、ゆっくり考えて決めなさい。」
私の肩を叩く司教はとても優しい顔をしていました。セレスト様の側仕えにと私を登用してくれたのは司教です。こんな人が父様だったらどんなに良かっただろうと思ったことが幾度もありました。
そのヴァレリ司教の、おそらく最初で最後の頼み事。それに、弱き人が困っていたら手を差し伸べるのが聖女セレスト様の教えでした。
「行きます。」
返したのは一言、それだけでした。
こうして私はセリとともに教会を出ることになったのです。
*
教会の人たちが、最後までセリを名前で呼ぶことはありませんでした。複雑な想いを抱えているのは皆同じなのでしょう。出立の朝、下働き仲間だったパウリナが見送りに出てくれました。
「元気でね。落ち着いたら手紙よこしてね。こんなにすぐに次の側仕え先が決まるなんてびっくりだけど。ユスラはすっごく気がきくからさ、きっとお貴族様の病気だってすぐによくなるよ。」
歳の近かったパウリナは、カーテンで中が見えない馬車を一瞥すると私に髪飾りのリボンをくれました。お祭りで買ったのだと、いつも大切に使っていたものです。
私はそれを受け取ると、返事の代わりに彼女を抱きしめました。いつも温かくて、すこし湿ったパウリナの手を握ることは、もうありません。
私はセリとともに教会を出たら、もう戻らないつもりでした。
「ユスラ、自分の選んだ務めを果たすのですよ。どうかあなた方に神と聖女のお導きがありますように。」
ヴァレリ司教はそう言って小さく頷きました。
早朝だったので、毛布にくるまってセリは眠そうでした。私はカーテンを少しだけあけて、遠ざかっていくロザリオ大聖堂を見ました。細長く天に伸びるいくつもの塔が夜明けの空にくっきりと浮かび上がっています。
廊下を走ればきつく叱られ、古い建物なので掃除には一段を気を遣いました。冬はすきま風が入ってきて寒かったし、街へ買い物に出ることが許されたのは2か月に1度だけでした。
それでも、あそこには私の世界のすべてがありました。
「さようなら、セレスト様。」
小さく呟いた別れの言葉は、誰の耳に入ることもなく馬車の走行音にかき消されていきました。




