14.未来
その夜、家に帰ってきたセリを、ユスラはハグで迎え入れた。
「おめでとうございます。頑張りましたね。」
セリが正当に評価されたことが何より嬉しいと、ユスラは泣いた。
「ユスラがいてくれたおかげだよ。」
「いいえ、すべてセリの努力の賜物です。この街で働きだしてからも、沢山本を読んで勉強していたでしょう。」
ベッドに入ったあとで、ひとり抜け出して夜遅くまで勉強していたセリの背中を思い出して、ユスラはまた泣いた。
「気付いてたんだ。」
「はい。でも邪魔してはいけないと思って先に休ませていただいてました。」
「これからも、先に寝ててね。」
「そうします。でも、セリも体を壊さないように気を付けて下さいね。」
「うん。」
セリはそう言ってぎゅうとユスラを抱きしめた。
夜の軽いお茶を淹れると、セリは一枚の紙をユスラに差し出した。
「雇用契約に関する書類だよ。まだ仮のものだけどね。」
「私が拝見しても良いのですか?」
「うん、そのために借りてきたから。」
そう言われてユスラは一文ずつ丁寧に読んでいった。そうして、最後の一行で息をのんだ。
「セリ、これは…。」
「僕が領主補佐になる上で絶対に譲れなかった条件だよ。実務経験を数年詰む必要があるけど、真面目に働いてくれれば問題なく許可は出せるだろうって。」
そこには、正当な手続きを経て、領主の許可のもと戸籍を取得できることが記されていた。
戸籍を獲得すれば、正式に結婚が可能になる。夫婦となる相手も戸籍に入り、書類の上でも家族になれるということだ。
「言ったでしょう?ユスラとの関係を、形に残しておきたいって。あの人は、目に見えるものを何も残さずいなくなってしまったから。それでユスラがどれだけ寂しい思いをしてきたかも知ってる。だから、僕はそうなりたくないって、ずっと思ってたんだ。」
「セリ…。」
聖女セレストのことを、セリがそんな風に思っていたなんてユスラは全く知らなかった。
自分は懸命に彼を支えるつもりで、一体どれだけこの人に大切にされていたのだろう。
あっという間に涙で視界がぼやけたユスラを、セリがゆっくりと抱きしめた。
「ねぇユスラ。戸籍を取得できたら、僕と結婚してくれる?」
「もちろんです。セリ、あなたと最後まで一緒にいさせてください。」
ユスラはセリの腕の中で幸せとともに反芻する。
最後。そう、最期まで。
ユスラはベッドの中で、先に眠ったセリの体温を感じながら、ロザリオの大聖堂を離れる前のことを思い出していた。
あの時、ヴァレリ司祭に器の世話役を打診された時のことを。
—司祭は、私に大切な人を二度看取れと仰るのですね。
あの時は、なんて残酷な道を選ばせるのだろうと司祭を少しだけ恨みもしたけれど。
むき出しになったセリの肩に布団をかけ、そっと頭を撫でる。
ぐっすり眠ったセリは身じろぎひとつしない。子どものような寝顔に、ユスラは思う。
何度だって、この人を看取ろうと。
*
半月後。ふたりは小さな仮住まいに別れを告げて、新しい家に引っ越した。
セリは毎日着ているせいか、すっかりラウンジスーツ姿が馴染んでいた。ユスラは変わることなくマシューズ邸へ歩いて通った。以前より半分以下の距離で済むので、家にも早く帰れるようになった。
休みの日になると、ユスラは庭の手入れをして、次々と新しい薔薇やハーブを植えていった。
セリはそんなユスラを手伝いながら、時々思い出したように歌を歌う。
流行歌やわらべ歌、この地域の祭りで親しまれている歌だったり、古い吟遊詩人のロマンスだったり、喉をゆるめて思いついた曲を好きなように歌う。
それでも神々しくて、ユスラは時々泣きそうになるのをこらえるほどだった。
セリが自由に生きてくれてよかった。幸せそうに歌ってくれて嬉しいと心から思いながら。
この人を看取るのが私の使命だ。
ユスラは心の中でたったひとりの誓いを立てる。
信仰を棄てた人間が、死後どこへ行くのかは分からない。
それでもまっすぐ誠実に生きてさえいれば、きっとセレスト様にお目通りできるはずだとユスラは信じている。
その日を迎えた時、胸を張って懸命に生きましたといえるよう、この一生をセリとともに丁寧に全うしよう。
命を粗末に扱うような日が一日でもあってはならない。
これまで出会ったすべての人に感謝をしながら、ユスラは今日も愛するセリと食卓を囲む。
ユスラの前には、果てしない未来が、静かに広がっている。




