最終話
光源を失ったカンテラの灯りが消えていくように、実を結んだ花がゆっくりと朽ちていくように、やがて聖女の役目が終わる。
私の体からは歌と光が徐々に失われようとしていた。
最初に喉の違和感を感じたのは半年前だった。
ユスラは風邪だと思って、あれこれハーブを煎じたり、喉に良い飴を手に入れてきてくれた。私はそんな彼女の好意を、黙って受け取ることしかできない。
役目が終わりつつあることを悟って、暦を確認する。よくできているものだなと思う。
私が二十歳を迎えることはないのだろう。
悲しくはなかった。私は常に祈りと共にあり、歌と生きた。人であり、神でもあった。
長く借りすぎてしまったせいで、この体は歪なバランスで成長してしまったけれど、そろそろ返す頃合だろう。ただ、私が二十歳になるのを誰より楽しみにしているあの子のことだけが心配だった。
ユスラ。私の小さな傍仕え。最後に残される、私の救い。
きっと彼女はその後も私の傍を離れないだろう。手放す時のことを考えずに、幼い頃から可愛がってきたから、ずいぶん懐かれてしまった。
役目を終えた男の聖女は短命だ。はっきりした原因は分からないが、役目を解かれると3年と持たずに死んでしまうらしい。
あの子の婚期に差し掛からないと良いけれど、なんて無責任なことを考える。
叶うことなら、ユスラの花嫁姿を見届けたかった。彼女に心からの祝福の歌を贈りたかった。
けれど、あの子が選んだ相手なら幸せになれるに違いない。私の歌などなくても大丈夫だろう。
小さくてやせっぽちの、一生懸命で表情豊かなユスラ。私は彼女を愛していた。
聖女としての使命感や責任感がないわけではない。務めを果たそうと、求める魂へ余すことなく力をいきわたらせてきた。
借りものの器でこの世に留まり、生き神として歌い続け、争いの絶えないこの世界を必死で愛してきた。
それもすべて、あの子がいたから。
半端な存在だった私を、ユスラが本物の聖女にしてくれた。この世界に、私を繋ぎとめてくれた。
こんなことを考えてるだなんて、ユスラには想像もつかないだろう。
彼女は私を妄信しすぎた。それが嬉しくもあるけれど、今はただ心配だ。私が消えたあとのことを考える。
この体の持ち主も、きっとユスラのことを好きになるだろう。彼らのその後の人生に、穏やかな時間が流れることを願うしかない。
*
その日はあっけなくやってきた。先ほどのミサで、私は完全に力を失った。ユスラに見届けてもらったから、悔いはない。この世界でするべき呼吸も、残りわずかだろう。
私はユスラに少し眠ると伝えて自室に戻った。少しでも長く彼女の姿をこの目にとどめておきたかったけれど、なにも疑わない働き屋のユスラはあっという間にいってしまった。
部屋の隅では大天使の使いである聖竜ガルグイユがじっとこちらを見下ろしている。
「あまり待たせてはいけないね。」
私がそう呟くと、ガルグイユは長い首をもたげて小さく頷いた。
この体の持ち主に謝る。長い間、すまなかったね。ユスラとの楽しかった思い出は、全部私が持っていくよ。その代わり君には未来を遺そう。どんな力を持っていても、私が決して手にすることのできなかった光を、幸せを。
私は寝台に横たわると大きく息をすって深く吐いた。
次の瞬間、すっと体が軽くなっていくのを感じた。
聖女の役目は終わった。目を閉じると、耳の奥で私の帰還を知らせる天上のファンファーレが鳴り響いた。
私の可愛いユスラ。先に眠ることを、悲しまないでほしい。
ユスラのこれからの人生が愛に満ちるようにと、空から祈ることしかできない私を、どうか赦しておくれ。
愛しいユスラ。
おやすみ。
おやすみなさい。
献身 私が男の聖女様を看取るまで 〈完〉
ここまで読んでいただき大変ありがとうございました。
自分の書きたいものだけを詰めこんだ、流行りの要素がなにもないお話になりましたが、読んで良かったと思っていただけたなら嬉しいです。
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また別のお話でお目にかかれることを願い、沢山の感謝をこめて。
ありがとうございました。 夕波




