13.何者
使用人が次々と入ってきては、スープやパン、水を給仕していくなか、ユスラは隣のアメリアに目を向けた。
「レガーロがアメリア様のお店だったなんて、私ちっとも知りませんでした。」
モスグリーンのドレスで首元まで身を包んだレディ・アメリアはちょっとしたいたずらがバレたとでもいうようにふふっと笑った。
「あなたの恋人が信じられない美丈夫だってエミルから聞いて、もしやと思ったのよ。レガーロに美しい店員が入ってから店が繁盛していると聞いていたから。
それほど見目麗しい青年がこの街に2人もいるなんてありえない話ではないけれど、同一人物だと考えるほうが自然でしょう。まあ、その青年にウォルトンがちょっかいを出していたことまでは予想できなかったけれどね。」
じろりと軽く睨まれて、ウォルトンは両手をあげておどけてみせた。
「ユスラちゃんが惚れこんでる相手なんて気になるじゃないですか。で、会ってみたらこの通りの容姿だし、話をしてみたら読み書き計算だけでなく歴史や宗教についてはかなりの知識がある。これはいい人材を見つけたと思いましたよ。
なにしろ俺がこの領地を継いでから、奥様の助けを借りながらずっと一人でやってきたけど、そろそろ限界でしたからね。セリの引き抜きを許可していただけなかったら、詰んでるところでしたよ。」
「そうね。レガーロの看板店員が辞めてしまうのは残念だけど、私もようやくあなたのお守りから解放されて、やっと肩の荷が下りるわ。」
そう言って笑うレディ・アメリアは嬉しそうだ。思えばウォルトンは頻繁に訪問していたし、ユスラには絶対に任せない大量の書類もあった。彼女の負担もそれなりものものだったのだろう。
セレストのためにと必死で身に着けてきた知識が、今セリを正しい舞台に引き上げるために役に立った。ユスラにはそれが何より嬉しかった。
領主邸で出される食事はどれも素晴らしいものばかりだった。
あらかじめ、ユスラが苦手だと聞いていたのかメインディッシュには肉の代わりにロブスターが使われていた。ふっくら焼きあげた身を殻から外してレモンバターソースがかけられている。
いつかファヴェルで食べたことを懐かしく思い出したが、ここではあっさりと軽めの味付けになっていて、同じロブスターとは思えないほど上品だった。
にこやかに食事をしているユスラに、セリが遠慮がちに話しかけた。
「来月から正式にここで働かせてもらうことになったんだ。事後報告になってごめんね。」
申し訳なさそうに謝るセリに、ユスラはゆるりと首を横に振った。
「さすがにびっくりはしましたけど、ちっとも怒っていないので謝らないでください。」
「なら良かった。ユスラ、今日はすごく綺麗だね。お姫様みたいだ。」
「ありがとうございます。セリもその服、とっても似合っていて素敵です。」
うん、と満足そうに頷くユスラを見守っていたウォルトンが口を挟んだ。
「領主補佐をするにあたってそれなりの恰好をと思ったけどさ、いざ着せてみたら俺より領主らしくなっちゃったよ。セリは学校には通わず全部ユスラちゃんから教わったって言うけどさ、これだけの知識をセリに与えたって、君は一体何者なの?」
コホン、とレディ・アメリアが咳払いをひとつ響かせた。
詮索をさせないための気遣いに、ユスラは笑顔で感謝した。
自分は一体何者なのか。答えはいつだって変わらない。
「私は、ある御方の側仕えをしていました。その方から託される形でセリの世話役になり、彼が自由に生きられるように支えてきました。詳しいことはお話できませんが、説明できるのはそれだけで、彼が私の全てです。」
使用人がぴたりと動きをとめる。ユスラのあまりの気迫に、誰も何もしゃべらなかった。
セリだけが少し遅れて「今は僕の恋人ですけどね。」と付け加えた。
「そりゃあ、たかがいち地方の領主ごときに…いや、誰にだってユスラちゃんに付け入る隙なんかないわけだ。」
鋭い目つきでセリとレディ・アメリアに睨まれるのも気にせず、ウォルトンはそう言ってワイングラスの中身を空けた。やがて緊張はほどけて、食後のデザートが運ばれてきた。
「セリには精力的に働いて欲しくてね。なにせ仕事が山積みなんだ。だから、もしユスラちゃんさえよければうちの近くに借り上げで家を用意したいと思ってるんだ。もちろんマシューズ邸にも今住んでいるところよりずっと近くなる。どうかな?」
食事の場を設けて自分に聞くということは、セリは了承済みなのだろう。だったら断る理由はなかった。
「今の家はもともと仮住まいのつもりだったので、大変ありがたいお話です。アメリア様、よろしいですか?」
レディ・アメリアもウォルトンからすでに話を聞いていたのだろう。驚く様子もなく頷いた。
「ええ。あなた住み込みはしないという条件だったけれど、歩いて通うのは危ないと前から思っていたの。近くなるならその方が私も安心だわ。迷惑料だと思って甘えておきなさい。いい家よ。」
「ひどいなぁ奥様。」
「あら、否定はできないでしょ?」
ぐっと押し黙るウォルトンに、ユスラは思わず笑ってしまった。
こうして、領主邸での食事会は幕を下ろしたのだった。
セリはそのままウォルトンの屋敷に残って仕事をしていくといい、ユスラはレディ・アメリアとともに馬車でマシューズ邸へと戻った。
途中、ウォルトンが借り上げると言っていた家に寄ってみせてくれたが、市場に近い治安の良いエリアで、とても落ち着いた住宅街だった。出窓がついていて、広い庭がある赤い屋根の家だった。
ユスラはウォルトンの気遣いに感謝しながら、ここに住んだら薔薇でいっぱいの家にしようと心に決めた。




