11.醜聞
新年はあっけなくやってきた。
ユスラとセリは休暇の間、家でお菓子や手の込んだ料理を作ったり散歩をして過ごした。
岬のお屋敷では毎日そんな暮らしだったが、今では特別な時間だ。
ユスラは火にかけた鍋をかき混ぜながら自然と歌い出した。子どものころ、よく新年に歌っていたもので、教会とは関係のない曲を口にするのは本当に久しぶりだった。
スパイスとハーブで煮込んだチキンのいい匂いにつられてセリがキッチンへやってくると、ユスラを抱き込むように背中にくっついた。
「それ、こないだ街で歌ってた子どもがいたよ。」
「新年をお祝いするわらべ歌です。可愛いですよね。」
セリにねだられて、もう一度最初から歌ってみる。喜びを表す独特の歌いまわしが妙に面白くて、子どもだけでなく大人もつい口ずさんでしまう。セリはじっと耳を傾けていたが、途中からユスラと一緒に歌い出した。
家がなくともギターをひとつ 抱えて旅に出たけれど
今日は新年 ふるさとを しばし忘れて喜びを
分かち合おう 分かち合おう おめでとうの色になる
見知らぬ人でも今日だけは 親しき人と声をかけ
明日は別れど この時は ともに迎えよ新年を
分かち合おう 分かち合おう 明日を生きる糧になれ
その瞬間、ほんの少しだけ周りの空気が変わった。
ユスラは歌うのをやめてじっとセリの歌声に耳を傾けた。低くて甘い、どこか郷愁をさそうようなその声は深くユスラの心を震わせた。
「とっても上手ですね。私、セリの歌が好きですよ。」
「本当?ユスラを喜ばせることがひとつ増えて良かった。」
そう言って笑うセリに、ユスラがセレストを重ねることはない。
自分のちっぽけな人生の中で、心から愛する人がふたりもいてなんて幸せなのだろう。信仰をすてたユスラにとって、歌は祈りに近いものがあった。
*
休暇が終わり、街が日常に戻った頃、ロスタンは再びロザリオのニュースでにぎわった。
大司教に就任したイザイが、ひと月もたたないうちに亡くなったというのだ。
あのイザイがあっさり死ぬなんて信じられなかったが、号外には事件の経緯が詳しく記されていた。
セリをとり逃してからというもの、イザイは以前に増して手あたりしだい侍従に手をだし、男色にふけっていたらしい。
その中の侍従の一人が嫉妬のあまり、別の侍従を閨をともにしていたイザイをめった刺しにした。
教会の敷地内にある大司教室で情事の真っ最中に起きた惨劇。教会も隠し通すことはできなかったのだろう。
高位聖職者の地位にありながら何人もの侍従と関係を結んでいたというスキャンダルはロザリオを越えて国中に広まり、ユスラの働く屋敷でもその話題でもちきりだった。
ようやく不安の種が消えたというのに、ユスラの心は静かだった。
そう遠くないうちに自滅するというゲオルクの予言は、見事に的中したわけだ。
どんな悪事を働いてももみ消して教会のトップに居座り続けそうだと思っていたのに、案外あっさり死ぬものだなと、物足りなささえ感じるほどだった。
「あっけなく死ぬなんて、今でも信じられないくらいです。」
「うん。でも教会が声明を出してるからね。これでまたひとつの区切りがついた。」
「そうですね。」
侍従のほとんどはまだ若い少年たちだ。どうか彼らがこれから全うな人生を歩めますように。
自分に関係はなくても、同じくイザイに大切なものを奪われたものとして、そう願わずにはいられないユスラだった。
新聞には、新しい大司教を決めるために近く選挙が行われると書かれてあった。
とにかくイザイが死に、教会からの追跡に怯えて暮らさずにすむ。
これでようやくハンスとゲオルクに居場所を知らせることができると、ユスラは改めて自分たちの名前でハンスとゲオルクそれぞれに手紙を送った。
返事はひと月後にきた。
セリのことがあったせいか、イザイの件もファヴェルでも持ち切りで大騒ぎだったらしい。
あれから街の人たちはセリとユスラが死んだと信じて、イザイのニュースをみて3人を偲ぶ声もあがっているとハンスが知らせてくれた。
「イザイと一緒にされるのはすごく嫌ですが、私たちが生きているとは誰も思っていないのでしょうね。」
良かった、と手紙を抱きしめて心から安堵するユスラの頭を、セリがそっと撫でた。
ハンスは数年のうちには念願だった商会を立ち上げられそうで、その際はゴーグに拠点を移すそうだ。いずれロスタンにも商売がてら会いに行くから、マダム・ロートレックによろしくと短く書かれていた。
ゲオルクはあの火事のあとで灯台守を退いて今は町中に小さな家を借りて暮らしているらしい。数年後に灯台を自動化する話があったのが、ゲオルクの引退に合わせて無人になったそうだ。
岬で仕事をしていた頃より、町中で隠居している方が忙しいくらいだと皮肉めいた文体でつづられていた。
きっとデイルが仲介役になっているのだろう。人懐っこい子だったから、町に降りていろんな人に構われて尻尾をぶんぶん振っているに違いない。
あの岬にはもう誰もいない。これから先も、誰かが住むことはない。
無人になった灯台は巨大な墓標のようだとユスラは思う。やがてあの岬にぽつんと屋敷があったことも、忘れ去られていくのだろう。
ふたりがファヴェルを出奔してから、まもなく1年が過ぎようとしていた。




