10.休暇
ユスラとセリはロスタンで初めての冬を迎えようとしていた。
外洋からの暖かい海流が入るおかげで、このあたりの冬は滅多に雪がふらない。
たまに積もる雪はぽってりと水分を多く含む。強烈な北風にさらされて積もることのない、ファヴェルの氷片のような雪とは大違いだった。
ユスラはレディ・アメリアの屋敷で、セリはレガーロの看板店員として変わらず働き続けていた。
少しずつ蓄えも増え、二人が暮らす家にも日々を彩るものが増えてきた。
市場で買った雑貨やユスラが編んだブランケットやカバー、それからセリが読む本。ささやかな生活が、静かにこの家に積もっていった。
新年を前にして、街は寒さに負けじと活気づいていた。
男たちがしんと黙り込むファヴェルと違って、お祭りのような年の瀬の賑わいに、ユスラは子どものようにわくわくしていた。
このあたりでは、新年の3日間は休暇を取るのが慣例なのだとエミルが教えてくれた。果樹園での労働に従事する人間が多いので、冬の間の休める時に休む方が理にかなっているらしい。
セリの仕事先も、年始めの贈答品を休暇前にまとめ買いするかけこみ客が多くなり、連日忙しそうだった。
新年を迎える準備をあらかた終えたマシューズ邸では急ぐ仕事もなく、ユスラは午前中で仕事を切り上げさせてもらうことになった。
「また来年もどうぞよろしく。」
「こちらこそ、来年も精一杯働かせていただきますのでよろしくお願いいたします。それでは、良い休暇をお過ごしください。」
初めてのまとまった休暇、特別なお休みにユスラの気持ちはふわふわしていた。
年始めは市場も閉まるので、帰りにバターと卵、それから新鮮なミルクを買って帰る。
家に帰ってセリを迎えるために料理を作り、煮込んでいる間にフルーツケーキを焼いた。今回は特別に干し葡萄のラム酒漬けと刻んだ胡桃をたっぷり混ぜ込んだ力作だ。
屋敷の料理人サムから教わったレシピなので間違いないはずだと、オーブンをのぞき込んでユスラは目を輝かせる。ちょうどケーキが焼きあがったところで、セリが帰ってきた。
「外まですっごくいい匂いがしてるけど、何を作ってたの?」
「おかえりなさい。新年の休暇に食べようと思ってフツールケーキを焼いてみたんです。一晩寝かせて味をなじませますから、明日食べましょう。」
「それじゃあ今夜は早く寝ないと。」
そう言って笑うセリは、いつかの小さなセリのようだ。ユスラの胸は懐かしさでいっぱいになった。
明日からふたりは3日間の休暇に入る。夕食を終えてユスラがお茶を淹れると、それでもう今年が終わったような気になって、顔を合わせると意味もなく笑ってしまう。
この街に来て、無事に新年を迎えられることが奇跡のようだった。
「岬の家が燃えたあの夜、ユスラと一緒ならこのまま海に沈んでしまってもいいと思ってたんだよ。僕はユスラがいないなら、別に生きてなくたっていいんだ。」
穏やかな顔をして、セリはぽつりとそうこぼした。
「それは困りましたね。私は、自分はどうなってもいいから、セリだけは絶対に生かさないとと思っていました。」
「僕ばっかり寂しがり屋みたいだ。」
少し拗ねたように反論するセリが愛しくて、ユスラは続くはずだった言葉を飲み込んだ。
もしどうしようもなくなったら、今でも、いつでも、自分を犠牲にする覚悟があることを。セリがそんなことは望んでいないのを知っているから、別の約束を差し出した。
「私はセリより長く生きなきゃいけないですね。」
できることなら、この人より一日だけ長生きできますように。ユスラは思う。
セリを看取ったら、自分の人生は終わりでいい。
「ねぇユスラ。」
セリがテーブル越しにそっとユスラの手をとった。
「お金がたまったら、揃いで指輪を買おう。」
思ってもみない提案に、ユスラは目を見開いた。
「でも、高いでしょう?だったら何かの時の蓄えに回した方が。」
「何かの時のために、形に残しておきたいんだ。戸籍のない僕らは、結婚できないから。」
「あ…。」
考えても見なかったことに、ユスラはなんと返したら良いものかと黙り込んだ。
戸籍がなくても、この国では犯罪者でない限り就労には困らない。子どもをもうけ、学校に通わせることもできる。
ただし結婚となると話は別だ。結婚にこだわるのは血統を重んじる貴族や富裕層だけ。
セリがそこまで考えていたことが意外で、この街で働きだしてから急に大人になって抜かされてしまった気がする。
目の前にいるのは、ユスラが守らなければいけない小さく弱い存在ではないのだ。同じ目線で、一緒に幸せになっていく人。そう思えば、指輪を買うのも悪くない気がしてきた。
「わかりました。でも、無理せずゆっくり貯めましょう。5年後だって10年後だっていいんです。」
「うん。そうだね。もう少し早く買えるように頑張るよ。だから、来年も一緒にいてね。」
セリに唇をふさがれて、ユスラは返事をすることができなかった。
まもなく一年が終わろうとしていた。




