09.送迎
セリが働くレガーロは、果樹園と市街地のちょうど真ん中にあった。
市街地からはそれなりに歩くが、徒歩でいけない距離ではない。馬車を止めるスペースやゆったりしたカフェが併設されていて、閉店間際だというのに店は賑わっていた。
贈答用の品物を扱っているのだから、高級店が並ぶ目ぬき通りに店を構えてもいいはずなのに、と店の外からユスラが不思議そうに眺めているとウォルトンが口を挟んだ。
「あえてちょっと不便なところに店をだしてるんだよ。」
「なぜですか?」
「わざわざここまで来たんだから今日買って帰ろうって思うでしょ。比較するような他の店もないし、カフェもあるからのんびりお出かけ気分も楽しめる。ちなみにカフェの季節の果物のタルトは何を食べても本当に美味しいよ。」
「そうだったんですね。教えてくださってありがとうございます。」
きっと自分の給金では注文できないような高価なタルトなのだろう。店構えと出入りする客人の雰囲気に、ユスラは少しだけ尻込みした。セリはこんなところで働いていたのか。
「この店、こんなに混んでだたっけ?で、ユスラちゃんの彼は?」
「今、会計係をしていますよ。」
いくつものジャムの瓶を丁寧に扱いながら、優雅に接客するセリは白いシャツにギャルソンエプロンをしめている。まるで宝石でも売っているようだ。
確かに果樹園の日雇いよりはこちらの方がよほど向いていると、ユスラはひとり感心していた。
「ねぇ、彼氏はどこかの王子様かなんかなの?えらい美形だね。」
「ふふっ。ただの慎ましやかに暮らす平民ですよ。」
「いや絶対嘘だよ。店内の婦女子だって、あれ全員彼狙いでしょう?ユスラちゃんも大変だね。」
「そうですね。セリはいろんな方を惹きつけますから。」
なんてことのないように答えるユスラを見て、ウォルトンはふぅんと頷いた。
「余裕だね。彼女たちなんか眼中にないって感じ?」
ユスラは目を伏せると小さく首を横に振った。
「余裕なんてないですよ。ただ、色々ありましたから。」
ここに来るまでのことを思い出してつい素直に答えてしまった。
何か探りをいれられるかと身構えたが、約束通りウォルトンはユスラの事情には踏み込んでこなかった。
「そっか。ね、彼の仕事が終わるまで、せっかく来たしカフェで待ってようよ。こないだのお詫びにお茶をご馳走させてくれると嬉しいんだけど。」
茶目っ気たっぷりにそう言われて、憎めない人だなとユスラは頷いた。
果樹園直営のカフェだけあって、メニューには果物を使ったものが沢山あった。
屋外の席につき真剣に悩んだユスラは、白葡萄のフレッシュフルーツティーを頼んだ。同じものを注文したウォルトンはメニューカードをユスラに差し出した。
「せっかく来たんだし、タルトも頼みなよ。」
「いえ。タルトは自分でお金をためて食べにきます。楽しみにとっておきたいので、お気持ちだけありがたく頂戴いたします。」
「ユスラちゃんってさ、欲がないよねぇ。」
「そうでしょうか。」
「うん。女性と食事やお茶を一緒にすることが多いけど、他にも何か頼んでいいよって言われて断ったのはユスラちゃんが初めてだなぁ。」
「それはみなさん、沢山食べる方なのですね。」
教会の質素な食生活で育った自分とは、胃の丈夫さが違うのだろうとひとり納得していると、目のまえでウォルトンが吹きだした。
「やっぱユスラちゃんっていいよね。こんなことならうちも雇用斡旋所に求人出しておけば良かったよ。奥様が羨ましいな。」
一体何がそんなに可笑しいのかは分からない。きっとこういう時に、教会育ちが出てしまうのだろう。
気をつけなくてはとひとり気を引き締めていると、ひとしきり笑い終えたウォルトンが頬杖をついてユスラをじっと見つめた。
「ねぇユスラちゃん。これはもしもの話なんだけど。」
「はい。」
「もし俺が、君たちを無理やり引き離そうとしたらどうする?もちろん生活に不自由はさせないよ。これでも領主だからね、俺を選ぶならユスラちゃんには一生働かずに贅沢させてあげる。」
どうする?と聞くウォルトンの目は笑っているが本気でこちらを試している。
隙があればそこから奪いにくるのだろう。だったら答えはひとつしかない。
「その時は、あなたを殺してセリとふたりで逃げます。逃げられなかったら、刺し違えてでもあなたの息の音だけはとめます。絶対に。」
ユスラの感情は一切揺らがなかった。害虫でも殺すかのように、静かにそれだけを答えた。
しばらく絶句していたウォルトンは、「降参だ。」と両手を顔の横まで上げてみせた。
「本気でしたか?」
「半分ね。でもそれ以上にユスラちゃんが本気だったから俺の負け。」
「今の勝負だったんですか?」
「まあとにかく、彼氏もきたことだしこの話はこれまで。変な話してごめんね。」
そういってウォルトンは店のほうを見た。視線の先にはセリがいた。
制服から着替えていつもの恰好になったセリは、迷わずユスラの前へと歩み寄った。
「失礼ですが、彼女になにか?」
警戒心をむき出しにしてウォルトンを睨む。こんなセリの表情は初めて見たと、ユスラはしばらく口を開くことができなかった。
立っているセリに見下ろされる形で睨まれているのに、ウォルトンはどこか楽しそうだ。
「美人が怒ると迫力あるねぇ。まぁそう怒らないでよ。俺はウォルトン・イェイツ。ユスラちゃんの雇い主のお友達ってとこかな。」
その名前に聞き覚えがあるのだろう。セリはハッとして何かを言いかけたが、ウォルトンが制止した。
「いいのいいの。今はユスラちゃんとお茶してるだけのただのおじさんだから、俺。」
「…そうですか。」
「ウォルトンさんは、私が夕方一人でここまで来るのを心配して、一緒に来てくださったんです。」
慌ててユスラが訂正すると、ようやくセリのなかで警戒が少し解けたようだった。
「それは、ユスラがお世話になりました。」
ユスラの肩に手を置く形でぴったり密着したセリを見て、ウォルトンは「ベタ惚れじゃん。」と笑った。
「邪魔して悪かったね。良かったらここの紅茶飲んでいって。ユスラちゃんを騎士に引き渡したことだし、俺は先に帰るよ。またね。」
席を立ったウォルトンは、ちょうど紅茶を運んできたスタッフに
「これお会計ね。おつりはいらないから。」と銀貨を渡して帰っていった。
「…何だったの、あの人。」
サーブされた紅茶を断るわけにもいかず、渋々席についたセリは忌々しそうにウォルトンの背中を見送った。
「今日はお忍びだったみたいで、偶然街で会ったんです。」
「何か嫌なことを言われたり、されたりしてない?」
「はい。嫌なことは特に…。」
嫁に貰うという発言は嫌なことに入るのだろうか。
ユスラが言いよどんでいると、セリが身を乗り出してじっとユスラの目をのぞき込んだ。
「言い寄られたでしょう?」
「えっと…はい。でも、本気じゃないと思います!」
それを聞いたセリは深いため息をついた。
「それはね、本気じゃないふりをして、チャンスを狙ってるんだよ。ユスラは優しいから、話しかけられたら拒まないでしょう?」
気を付けてねと言われていたのに、結局セリを心配させてしまった。ユスラはひどく申し訳ない気持ちで謝ったけれど、セリは首を横にふった。
「いいんだ。それがユスラの良いところだし、誰かと話すのをやめてっていうつもりもないよ。でも本当にあの人には気を付けてね。」
「はい。」
「せっかくだから、紅茶を頂いて帰ろうか。」
どうやらもう領主のことは警戒してはいないようだった。基本的にいい人であり有能な領主なのだろうとユスラも思う。ただ珍しがられているだけで、気に入られているうちは悪いようにはされないだろう。
おそらくウォルトンは、セリのことも気に入ったはずだ。
セリがカップに口をつけた。カフェのスタッフや他の女性客がセリを見ているのが分かる。本人は視線を気にすることなく
「ユスラが迎えにきてくれるの、楽しみにしてたんだからね。」とぼやいた。
「また迎えにいきますね。」
「ううん。心配だからやっぱり家にいて。急いで帰るから。」
「わかりました。でも今日はゆっくり帰りましょうね。」
二人は初めてのフレッシュフルーツティーを楽しむと、約束通りのんびりと夕暮れの街を帰っていった。




