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【完結済】献身 私が男の聖女様を看取るまで  作者: 夕波
Ⅲ.それを繰りては地に還る

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08.手紙

あれから、屋敷での日々は平和に過ぎていった。

きっと気まぐれだったのだろうと、ユスラもすっかりウォルトンのことを忘れていった。


給金が支給された日に、ユスラはレターセットと小さなグリーティングカードを買って帰った。

宛先は、ハンスだった。まだファヴェルに来たばかりのころ、用があればここに連絡するようにともらったカードを大切にとってあったのだ。

こんな使い方をするなんて、あの頃の自分は思ってもみなかっただろう。そっとカードを撫でて、ユスラはペンをとった。



拝啓ハンス様


先日は素敵な商品をご用意いただき大変ありがとうございました。

おかげ様で無事にプレゼントを届けることができ、落ち着いた場所で祝うことができました。

また何かの折にお世話になりたく思います。

商会を立ち上げた際には、ぜひ立ち寄らせてください。

今回の件で、灯台守様にもご助言いただき大変助かりました。どうぞよろしくお伝えください。

お二人の健康とご活躍をお祈りしています。


旅先にて、これで失礼いたします。

いつかまた。


マダム・ロートレック拝



ロートレック夫人というのは、ファヴェルの教会で貸し出されていたマナーの本によく出てきた人物だ。

田舎から都会にやってきた主人公の女の子がマナーを身に着けていく上で、色々と教えてくれる親切なマダムという立ち位置だった。

時々妙に味わい深い一言が添えられていてなんだか記憶に残る登場人物だった。

同じ本を読んでいたハンスと、そんな話をしたことがあったのを思い出して偽名として借りた。


誰に見られても問題ないよう、まだこちらの居場所は明かせない。

自分たちが当初の目的通りの場所へたどり着けたことを、消印で知らせることができればそれで充分だった。


手紙の中に、灯台守への誕生日を祝うカードも入れておいた。

こちらも差出人はロートレック夫人で、ゲオルクは一体誰だろうとびっくりするかもしれない。ハンスが種明かしをするまでを想像して、自然とユスラの口元が緩む。


「マダム・ロートレック。懐かしいなぁ。」

ずいぶん昔を思い出すように、手紙を見たセリが声を上げた。


「明日はお休みを頂いているので郵便局に出してきます。それから、もし迷惑じゃなければ私もセリを迎えにいってもいいですか?」

おそるおそる尋ねると、セリは小さな子どものようにぱっと顔を輝かせた。


「いいの?」

「はい。一度セリが働いているところを見てみたくて。」

「じゃあ、格好いいところを見せなきゃね。」


そういって不敵に笑うセリをみて、もう十分かっこいいですよ、と言いたいユスラだった。


*


翌日、ユスラはいつもより手をかけて家を整え、夕食の支度を済ませると家を出た。


セリはよくユスラの送り迎えをしたがるけれど、立場が逆になるとセリの気持ちがよく分かった。

好きな人を迎えに行くというのは、なんて楽しいことなのだろう。郵便局でただ手紙を出すだけなのに、それすら楽しい。

会えるまでの時間を思って歩く街並みが輝いて、セリはこんな気持ちで送り迎えをしてくれていたのだと、ユスラは胸がいっぱいになった。


「あれっ、奥様んとこのユスラちゃんじゃない?」


聞き覚えのある声に名前を呼ばれて、ユスラの軽い足取りはピタリと地面に縫い付けられた。

聞かなかったことにして立ち去ってしまいたい。けれど、相手の身分がそれを許してはくれない。ユスラはゆっくりと振り返った。


「領主様。こんにちは。」

「ウォルでいいって。そんなに警戒しなくても何もしないからさ。」


信じられない。最低限の礼儀を持ちながらも目を合わせようとしないユスラに、ウォルトンは頭をかいた。


「いやほんとに悪かったって。あれから奥様にもだいぶ釘をさされてさぁ。君に手を出すとそれは厳しいペナルティが発生するから安心して。」


「ペナルティ…?」

「そ。ユスラちゃん、奥様にかなり気に入られてるでしょう。」

「それが本当なら、ありがたいことです。」


うんうん、と頷くウォルトンは、屋敷で会った時よりもかなりくだけた服装でキャスケットを被っていた。おそらくお忍びで街に降りてきたのだろう。

邪魔をしてはいけないと、ユスラは挨拶をしてその場を去ろうおした。


「ちょっと待って。これから暗くなるけど一人でどこへ行くの?」

「…恋人の仕事が終わるので、迎えに行きます。」

「どこで働いているの?」

「ジャム専門店の、レガーロです。」


「レガーロ?ああ、そうなんだ。」

どうやら知っている店らしく、ウォルトンは妙に納得した様子だった。


「ねぇ、一緒に行ってもいい?」

「どうしてですか?」


「そんなのユスラちゃんの良い人を見たいからに決まってるじゃん。それにこの時間の女の子の一人歩きは領主としておすすめできないな。道案内して彼の顔を見たら帰るから、ね?」


初対面の時と変わらず軽い男だったが、領主の名を出されて断ることはできなかった。


こうしてユスラは、不本意ながらもセリの仕事場までウォルトンと共に向かうことになった。


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