05.吐露
「セリ。」
名前を呼ばれたセリが、ゆっくりとまなざしをユスラにむけた。
「お迎えありがとうございます。」
「おかえり。」
当たり前のようにかけられる言葉がくすぐったくて、ユスラはふふっと笑った。
「何かおかしかった?」
「いいえ、私の帰る場所は、セリなんだなと思ったら嬉しくて。…少し、散歩をして帰りませんか?レディ・アメリアから景色のいい場所を教えていただいたんです。」
二人は街から丘の斜面にある果樹園を抜けて、古い石垣が積まれた坂道をゆっくりと登って行った。
レディ・アメリアが教えてくれた通り、小高い丘の頂上には白木で組まれたガゼボがあった。
「こんなところがあったんだね。」
二人はベンチに腰を下ろした。周囲に植えられたジャスミンが香り、ロスタンの街並みと果樹園が見渡せた。
「この街の中に私たちの住む家もあるのかと思うと、面白いですね。」
「そうだね。ファヴェルでは、ぽつんと高い場所にあったからすぐに見つけられたけど、これじゃあどこに家があるか分からないな。こうしてみると、やっぱりロスタンって大きいね。人混みではぐれたら、ユスラと合流できるかな。」
整った眉を下げたセリは、本当に困っているようだった。
「大丈夫ですよ。私が見つけますから。」
「本当に?」
「ええ、どこにいても、絶対に。」
そっか、とセリは安心したように笑うと黙って街を見下ろした。丘の下からは、夕刻を知らせる鐘が鳴っていた。
ユスラは不思議な幸せをかみしめていた。ほんのすこしだけ寂しさが混じって、そのためいっそう人生が深くなる。そんな幸せだった。
「ねぇセリ。聞いて欲しいことがあるんです。」
穏やかな顔でそう切り出されて、セリは次の休みの予定でも相談されると思ったのだろう。まったく気負うことのない「なに?」の返答に、ユスラは微笑んだ。
「セリ、あなたが好きです。セレスト様とは別の意味で、誰かが特別愛しいという気持ちを、あなたに教えてもらいました。」
一日の終わりを告げる鐘が鳴り終わっても、セリはしばらく黙っていた。
「それは…新しい聖女が誕生したから、少し混乱しているんじゃない?」
「大丈夫ですよ。あなたと一緒に幸せになりたいと思ったんです。」
「もう何もできないか弱いセリじゃないんだよ。」
「分かっていますよ。ひとりの男性としてあなたが好きです。」
ユスラはそっとセリの手に自分の右手を重ねた。温かい。生きているものの熱が、掌の中で混じりあっていく。
セリはぎゅっと手を握り返すと、そのまま自分の方へ抱き寄せた。
「きゃっ。」
突然引っ張られてバランスを崩したユスラは、次の瞬間にはセリの腕の中にすっぽりと治まっていた。
「ユスラ。」
耳元で呼ばれた名前がひどくくすぐったい。
「本当に僕でいいの?セレストじゃなくても?」
「もちろん。セリはセリです。私の本当の家族になってくれますか?とはいっても、私たち戸籍がないので正式に結婚することはでき—」
ユスラの言葉は、深い口づけによってふさがれた。しばらく唇を重ねて呼吸を分け合ったあとで、セリはもう一度ユスラを抱きしめた。
「僕もユスラが大好きだよ。」
そう告げるセリの声は少し震えていた。安心を与えるように、ユスラは背中に手をまわすとぽんぽんと優しく撫でた。
「そろそろ帰りましょうか。私たちの家に。」
夕暮れに染まる果樹園の下り坂を、ふたりはしっかりと手を繋いで戻っていった。
*
夕食と入浴を済ませると、セリはベッドに腰かけてユスラの髪を丁寧に梳かした。
「だいぶ伸びてきたね。」
「そうですね、雪が降る頃には結べるようになっているかもしれません。」
「良かった。」
甘い響きを孕んだ声で、セリはユスラのうなじを指でなぞる。
びくりと小さく身じろぎをしたユスラを見て、今度は唇を耳朶に寄せた。
「君に触れてもいい?」
自分が嫌がればすぐに体を離そう。そんな意志を感じるセリが愛おしくて、ユスラはセリの胸に頭を軽く押しつけた。
「許可をとらないでください。私の全てはあなたのものです。今夜は同じベッドで寝るんでしょう?」
「うん。でもユスラを怖がらせたくないんだ。」
「あなたを失うこと以外、怖いものなんて何もないですよ。」
「…わかった。」
コトリ。サイドテーブルにブラシを置く音がやけに響く。
そっと羽を拾い上げるように、セリはユスラの右手をとるとその甲に口づけを落とした。それから首筋、耳、額、最後に唇まで、時間をかけてユスラを溶かしていった。
まるで何かの儀式のようだ。ひとつひとつ丁寧に自分の衣服を剥ぎとっていくセリに、もっと雑に扱ってくれてもいいのにと思うほど、彼の手つきにはユスラへの思いやりが溢れていた。
果てたあとの気怠い体で、ユスラはぼんやりと幸せな『儀式』の余韻をかみしめていた。
長い指で髪を梳いてくれるセリも、満たされた顔をしていた。
「体、痛くない?」
「大丈夫ですよ。その…とても優しくしてもらったので。」
口元までシーツを引き上げて照れるユスラを、セリが抱き寄せた。
「なら良かった。僕も余裕がなかったから。」
眉間に皺を寄せて快楽に耐えるセリの顔を思い出してしまい、耳まで赤くなった。
そんなユスラを見てセリは小さく「生きてて良かった。」と呟いた。
「これから、そう思えることが沢山ありますよ。」
「うん。ユスラにもね。」
まどろみがふたりを包みこみ、夜は優しく更けていった。




