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【完結済】献身 私が男の聖女様を看取るまで  作者: 夕波
Ⅲ.それを繰りては地に還る

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04.萌芽

セレスト亡きあと、聖女の座が空いたままであるわけがない。分かっていたはずなのに、こんなに心乱されるなんて思ってもみなかった。


仕事を終えたユスラはのろのろと重い体を引きずりながら家へと帰る。

作り置きのスープは今朝食べきってしまった。なにか買って帰るか、作らなければと思うのに何もしたくない。どうしよう、と思いながらドアを開けるとセリが帰ってきていた。


「おかえり。」

「セリ…今日は帰りが早かったんですね。」


「うん。少し早めに上がらせてもらったんだ。ユスラが傷ついて帰ってくるかもしれないと思って。」

「…知っているんですね。」

セリは黙って頷くと、ユスラの背中に手をあてた。


「店にきたお客さんの何人かが話していたよ。ここでさえこれだけ話題になってるんだ。ロザリオは大変なことになってるだろうね。これでイザイも僕らのことを完全に忘れてくれるといいんだけど。」


なんてことのないように話すセリに、無理をしている様子はない。ただただ、自分を気遣ってくれる優しさに、それまで我慢していた涙腺が一気に決壊していく。

セリは訳も聞かず、黙ってユスラを部屋の奥へ連れていくと抱きしめた。


「みんなセレスト様を忘れてしまう。」

ぐりぐりと、セリの胸に額を押し付けるようにユスラは首を横にふった。


「あんなにロザリオのために尽くしてきたのに、次の聖女様が現れたら、なかったことに—」

「ならないよ。」

ユスラの言葉を引き取って、セリは背中を優しくさすり続ける。


「みんな忘れてしまったとしても、君だけは覚えていてくれるでしょう?僕がいる限り、セレストは残り続ける。だからね、次の聖女が誕生するのは良いことだよ。これでやっと僕らも前へ進める。」


一番欲しかった言葉をもらえたような気がして、ユスラは小さな子どものように声をあげて泣きじゃくった。


 

「見苦しいところを見せてしまいましたね。」

大泣きして落ち着いたところで、セリは濡れタオルを持ってきてくれた。


ユスラが生きて記憶している限り、セレストは忘れられない。そんなことをセリに言わせてしまったことを、申し訳なく思ったが、セリの機嫌はなぜか良さそうだ。


「別に、もっと全部見せてくれていいんだよ。ユスラが本気で怒ったり泣いたりするのを見せてくれるのは、全部嬉しいんだ。」

心底嬉しそうにそう答えるセリは、本当に新しい聖女のことなんて気にしていないようだった。


「明日、迎えに行くよ。」

「でも―」

「明日も早く帰れるようにお願いしてきたから心配しないで。さ、食事にしよう。トマトとベーコンのスープを作ってみたんだ。パンも買ってあるからね。」

「ありがとうございます。」


二人で配膳をする頃には、ユスラの気持ちもすっかり落ち着いていた。

  

 

「一緒に眠らなくて大丈夫?」

ユスラがベッドに入ると、セリは小さな子を寝かしつける陽にベッドに腰かけてユスラの頭を撫でた。

「大丈夫ですよ。セリも明日早いんですから、休んでください。」


ふたりが暮らす家は、小さなキッチン付きのダイニングルームに寝室と浴室があるだけの小さな間取りだ。

同じ部屋にベッドを2つ並べて、この街にきてから一緒に眠ったことは一度もない。セリへの気持ちがはっきりしない以上、同衾するべきではないとユスラが拒み続けたからだ。

あまりに頑なに断るので、セリの方もあえてからかうように一緒に寝るかと聞くのがこの家で暮らし始めてからのお約束だった。


*


翌日、ユスラはいつも以上にきっちりと働いた。

その顔付きをみて本当に問題ないと判断されたのだろう。ユスラはレディ・アメリアが用意した雇用契約書にサインを入れた。


「ねぇ、今更聞くけれど、あなた本当に平民の出なのかしら?訳ありの貴族のお嬢さんなんてことはないわよね?」


インクが乾くのを待って、契約書を紙ばさみに納めると、レディ・アメリアはふと思い出したようにそう尋ねた。


「誓って平民の出ですよ。家が貧しかったので奉公に出されて、そこで色々教わり、学びました。お仕えする方にふさわしい世話人でありたいと思って、必死だったのものですから。」

本当に、あの方のためなら何でもできた。ユスラは教会での日々を懐かしんだ。


「その方、今はどうされてるの?」

「亡くなりました。」

「そう…辛いことを聞いたわね。」


「いえ。気持ちの整理はつきましたし、今は1人じゃないので。」

「いい人がいるんでしょう?こないだ信じられないくらいの美丈夫と歩いてたって、あの子たちが騒いでいたわよ。」


先週の休日に、おつかい中のエミルさんに街で会った時のことを報告されていたのかと気恥ずかしくなる。ユスラははにかみながらそっと答えた。

「そうですね。私にはもったいないくらいの人です。」


 

仕事を終えたユスラがマシューズ邸の門を出ると、約束通りセリが迎えに来ていた。

ざっくりしたリネンの白いシャツに、ネイビーのトラウザーを履いている。このあたりでは何てことのない服装なのに、壁にもたれて佇んでいるだけで美しい。


セリはまだユスラが出てきたことに気付いていない。軽くポケットに両手を入れて、心穏やかに空を仰いでいる。

この人と、ロザリオを出てから2年も経っていないことがなんだか信じられなかった。

いろんなことがあって、いろんな人と出会って。それから暮らしを供にしてきた。


ああ、この人が好きだ。

ふと、なんとも言えない感情が花ひらく。


セリにはいつでも笑っていてほしい。

ずっとそれだけを願って生きてきた2年間だった。


今は少し違う。一緒に笑い合いたいし、悲しいことも分かり合いたい。生涯傍にいて、その最期を看取りたい人だと、ユスラは強く思う。


良く晴れた空には雲ひとつなく、ぬけるようにただ青かった。

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