03.次代
「ユスラ、お茶を淹れてくれる?」
「かしこまりましたアメリア様。」
レディ・アメリアによってマシューズ家の使用人になってから半月が過ぎた。
主な仕事内容は果樹園経営をするレディ・アメリアの雑用と身の回りの世話だったが、手が空けばアメリアに許可を取ってハウスメイドたちの手伝いに駆けつけた。
日当で雇われている以上、ぼんやりしている時間はない。教会育ちのユスラにとって、給金が発生する労働というのは日々緊張の連続だった。
屋敷の広さの割りに、この家にいるメイドはたった二人。きっちりした仕事ぶりでリーダー役のイヴェールと、ユスラより少し年下で人懐っこいエミル。何もかも正反対の二人だが、それなりに上手くやっているようだ。
二人とも孤児だったが、幼い頃レディ・アメリアに引き取られて育ったせいか仕事は熱心で、彼女たちのてきぱきした仕事ぶりから学ぶものは多い。ユスラは次第に働くのが楽しくなり、レディ・アメリアが呆れるのもかまわず屋敷のあちこちを手伝うようになったというわけだった。
言われた通りの茶葉を戸棚から取り出すと、丁寧に紅茶を淹れた。あせらずじっくり蒸らして、最後の一滴まで丁寧に入れる。子どものころから繰り返している所作は、流れるように身についている。
「私はお茶にはちょっとうるさい方でね、人に頼むことはあまりないのだけれど、あなたが入れてくれるお茶はとても美味しいわ。」
「ありがとうございます。」
意外な部分を褒められて、ユスラは驚きつつも素直に頭を下げた。
「仕事にはもうすっかり慣れたようね。」
「はい。イヴェールさんもエミルさんもとても良くしてくださっていますし、家令のロジャーさんにも色々教えて頂きました。」
「ロジャーに気に入られたなら大丈夫ね。試用期間を終えるには少し早いけれど、あなたの働きぶりは十分確認したので正式な雇用としましょう。明日、新しい雇用契約書を用意するわ。」
「よろしいのですか?」
「この紅茶が飲めるだけでも価値のある雇用だわ。」
そう言ってほほ笑むレディ・アメリアは、最初に会った時の厳格な雰囲気とはほど遠かった。ひとまず及第点をもらえて良かったと、ユスラはホッとして礼を述べた。
「そうだわ、新聞が溜まってしまったの。あとで勝手口にもっていってくれるかしら。新聞配達夫が明日回収にくるはずだから。」
「かしこまりました。」
ユスラはサイドテーブルに置いてあった新聞を手に取った。
ふと、大きな見出しが目に入った。見るつもりがなくても、その言葉だけはくっきりと浮かび上がってしまう。
「何か気になることでも?」
レディ・アメリアに声をかけられてはっと顔をあげる。仕事を、しなくては。
「すみません。見出しが目に入ってしまって。新しい聖女様が誕生されたのですね。」
「そうみたいね。今度の聖女様は早々に子どもが欲しいと言っているみたいだから、聖配探しも相まってロザリオは今お祭り状態みたいよ。今日はもうお願いしたいこともないし、気になるなら後で読むといいわ。」
「いえ、私には関係のないことですので。失礼いたします。」
新聞の束を見ないように、抱えて厨房まで急ぐ。
聖女が亡くなればやがて次の聖女が誕生する。当たり前のことなのに、ユスラにとって衝撃的なニュースだった。
子どもが欲しいと言うからには、今回の聖女は女性なのだろう。聖女信仰の長い歴史の中で、夭折した聖女は少なくはない。
教会にいた頃、生き神様の中には長く人の世に留まることができなかった聖女様もいたのだろうと信じてきたが、それらはみんな男の聖女様だったのではないだろうか。
街中お祭り騒ぎ?一体なにがそんなにめでたいのだろう。
自分たちが幸せになるために、たった一人を犠牲にして教会に縛り付けているのに?みんなじき先代聖女のことなんて忘れてしまうのだろう。
薔薇と教会の街。そこで生まれ育って、教会にすべてを捧げてきたのに、イザイだけではなくロザリオまで嫌いになりそうだった。
「おうユスラ。どうした?」
料理人のサムに声をかけられて、ユスラは無理に口角を引き上げた。
「こちらの新聞紙を、勝手口において置くように言われたのですが。」
「ああ、ならそこの籠に入れといてくれ。明日の朝外に出しとくよ。」
「わかりました。今手が空いているのですが、何かお手伝いできることはありますか?」
「おっ。助かるねぇ。じゃそこにある芋の皮をむいて裏ごし頼めるかい?マッシュポテトはメイドたちの大好物でな、アメリア様からいつも多めに作っとくように言われてるんだよ。」
「わかりました。」
ユスラはエプロンを替え腕をまくると、茹でたばかりの芋を手に取った。
何も考えずに手だけを動かす仕事は、心を落ち着けるにはちょうど良かったが、それでも脳裡に浮かぶのは大聖堂で歌うセレストの姿だった。




