02.雇用
翌日、指定された時間に斡旋所に出向くと、昨日とは別の女性職員のネリーが待っていた。
ユスラと同じ年頃だろうか。面倒な仕事だろうに、そんな素振りを一切見せずに屋敷に同行してくれた。
「あの求人の雇用主はこのあたり一帯の果樹園を経営しているお屋敷の奥様なんです。長い間募集していらしゃるのであなたで決まるとうちとしても大変ありがたいことです。なので、頑張ってくださいね!」
両手をぐっと握り、胸の前に掲げたネリーにそこまで期待されると緊張するが、セリの「決まると思うよ」という言葉を思い出してゆっくりと息を吐いた。
案内されたはマシューズ家は想像以上に立派な屋敷だった。派手さはないが、使われている石材や飾り枠などからも裕福さが見てとれた。
女主人のレディ・アメリアはほっそりした女性で、体にぴったり沿った黒いワンピースドレスを着ていた。腰には細いベルトを巻き、白髪をゆったり結い上げている。
修道院にいたシスターに雰囲気が少し似ていて、その目は鋭くユスラを精査しているようだった。
「ユスラと申します。本日は紹介状がないにも関わらず、お時間を割いていただきありがとうございます。」
ネリーの紹介を受けて、ユスラが丁寧に頭を下げるとレディ・アメリアはふむ、と頷いた。
「あなた、ここに来る前は何をしていたの?」
「オールワークスとして、身分の高い方の世話人をしていました。」
「だから発音と立ち居振る舞いが綺麗なのね。どうしてここに来たかは聞かないでおきましょう。まずは一ヵ月試用期間。雇用条件は案内所に掲示していた通りよ。その後はお互い相談して決める、という形でどうかしら。」
「ありがとうございます。あの、私が言うのも何ですが、こんなに簡単に決めてしまわれてよろしいのですか?面談や実技選考などがあるかもしれないとうかがっていたのですが。」
あまりにもあっさり雇用されたことで、ユスラは不安になった。一体この短いやり取りの間に、自分の何を評価されたのだろう。
「紹介状がなくとも、あなたの所作がこれまでの行いを保証しているわ。それにね、長く生きていることもあって、人を見る目には自信があるのよ。明日から来て頂戴。初日はそうね、午後からがいいわ。」
明日からどうぞよろしくと、レディ・アメリアはようやく笑顔を見せたのだった。
「やりましたね、ユスラさん!」
マシューズ邸の門を出た途端に緊張から解放されたのだろう。ネリーは、笑顔を見せた。
「職業案内所で1,2を争っていた難関求人をあっさり決めてしまうなんて。すごいことですよ。」
「ネリーさんをはじめ、職員の方々のおかげです。それに試用期間を終えるまではまだ選考中のようなものですから。精一杯務めさせていただきます。」
真剣な顔でそう答えるユスラに、ネリーはうんと大きく頷いた。
「そういう所が気に入られたのでしょうね。応援していますから頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます。」
このまま案内所に戻るというネリーと分かれて、ユスラは家へ帰った。
一日早く働き始めたセリはまだ戻っていない。
ユスラは疲れて帰ってくるだろうセリのために、キャベツと豆を煮込んだスープを作り始めた。
明日から仕事が始まるので、多めに作っておこう。鍋をかき混ぜながらユスラの頬がゆるむ。外部からの援助もあてにせず、自立した生活を始められることがただ嬉しかった。
「仕事、決まったみたいだね。」
帰ってきたセリは、ユスラの顔を見るなりそう言った。
「セリの予言通りでした。まずは一ヵ月試用期間ですが、お給金は同じ条件でいただけるのでありがたいです。」
「お互い早くに仕事が決まって良かったね。」
「ええ。ここには色々な宗教が混じりあっていますし、流れてくる人が多いので居心地が良いです。長く暮らせるといいですね。」
「うん」
静かに頷いたセリにスープをよそいながら、ユスラはそっと彼を見上げた。慣れない労働で少し疲れているようだ。
この人に本当に労働をさせていいのだろうか、そんな疑問がまだ残っている。
そう思ってしまうのは、小鳥の羽を長く飛べないように切ってしまうのと同じなのに。
自分はイザイのようになってはいないだろうかと、ユスラは不安になる。
セリを自分の思い通りにしようとしたイザイと、自分は何が違うのだろう。はっきり答えられる気がしない。
「ユスラ?」
セリの声ではっと顔をあげる。目の前には疲れを見せずにユスラを気遣う大切な存在がいる。
「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていて。」
「何か心配事?」
「いえ…ただ、セリが早く仕事に慣れるといいなと思ってました。」
これは本心だ。いつでもセリの幸せを願っている。何が幸せかは、自分が決めることではない。
うん、と頷いたユスラに、セリは安心したようにはにかんだ。
「大丈夫だよ。僕はね、誰かに必要とされることがただ嬉しいんだ。」
意外なことを聞いて、ユスラは少し驚いた。
これと決めた相手のためなら何を犠牲にしてでもできることはしてあげたい。必要とされていなくてもいい。捧げられるものがあるなら捧げたい。
そんなユスラにとって、必要とされたいという気持ちは、なかなか理解し難い考えだった。
それでも、レディ・アメリアに必要とされてお給金がもらえることはやはり嬉しいことだとユスラは思った。




