01.仕事
「すみません。こちらの求人なんですが、まだ募集していますか?」
雇用斡旋所でびっしりと条件が書かれた求人票を指さして、ユスラは男性職員に尋ねた。
『屋敷使用人。読み書きと簡単な算術ができて、最低限のマナーを身に着けている25歳までの女性。』
他の張り紙より日に焼けているところをみると、長期間誰も応募していないか、すぐに辞めてしまう職場なのだろう。
「ああ、こちらですね。紹介状はお持ちですか?」
「いえ。」
男性職員は顎に手を添えるとうーんと唸った。
「そうでしたか。以前保証人なしの人間を寄こすなとこっぴどく叱られましてね。この街じゃ珍しいんですよ。紹介状必須の求人って。ですが…あなたならもしかしたらあの方のお眼鏡にかなうかもしれません。一度一緒にお屋敷に行ってみましょう。」
斡旋所の職員がわざわざ同行するなんて、この求人には何か訳があるのだろうか。それでもいい、とユスラは腹をくくる。訳ありなのはお互い様だ。
屋敷に連絡してみるので明日また来てくれと言われて、ユスラは一度外へ出た。
ファヴェルから海を渡って、馬車を乗り継ぎロスタンに流れ着いた3日後。ユスラとセリは仕事を探しはじめた。
充分な前金があったのと、二人の立ち居振る舞いから問題はないと判断されてロスタンの市場からほど近い場所に小さな家を借りることができた。
漁師町のファヴェルもそれなりに流れ者を受けいれる素地はあったが、季節労働者の多いロスタンではそれ以上だった。みなそれなりの事情を抱えて流れてきたが、きっちり仕事してくれればそれでいい。そんな共通認識が、心地よい無関心を形成していた。
だからこの街で雇用斡旋所は教会よりも影響力が大きく、建物も立派だった。
林檎をはじめとした様々な果樹園が広がり、寂しい漁師町だったファヴェルに比べると、市場の雰囲気も華やかだ。
ユスラは市場でパンと干し葡萄、それにチーズを買って家へと帰った。
「ただいま戻りました。」
「おかえりなさい。」
家に帰るとセリがいる。それがどれほど安心できることだろう。
イザイの追手がくる気配はないが、ふとした瞬間視線を感じると喉元がきゅっと苦しくなる。もっともその視線の多くはセリの容姿にむけられたものだった。ユスラは職業斡旋所であったことを説明した。
「セリの方はどうですか?」
「うん。果樹園の日雇いに行ってみたんだけど、そこの女将さんにここじゃなくて店で働くようにって言われたよ。疵ものの果物を使ったジャムやシロップを売るお店を経営してて、明日からそこで売り子をするようにって。制服もあるみたい。」
ユスラはなるほど、と深く頷いた。
セリの優雅な振る舞いは、商品を売るためによく映える。女将さんが見る目のある人で、肉体労働で使い潰されなくて良かったとユスラはホッと胸を撫でおろした。
「条件の良い仕事がこんなにすんなり決まるとは思ってなかったけど、あの人の加護かもしれないね。」
ユスラのためにお茶を淹れながら、あまりにも自然にセリはそう言うのでしばらく返事をすることができなかった。名前は出さないけど、二人の中で確かに存在している聖女セレスト。
差し出されたカップを両手でつつむとほのかに林檎の香りがした。茶葉に乾燥した林檎が入っている、この街に来てから知ったお茶で、二人のお気に入りだった。
「多分、その仕事は決まると思うよ。」
「どうしてそう思うのですか?」
「ん?なんとなく、かな。」
優雅に紅茶に口をつけながら、セリは優しく目を細めた。
二人は買ってきた食材で簡単な夕食をとり、ベッドに入った。もとは子どものいない家具職人が夫婦で住んでいたらしく、バスルームは独立しているがベッドは大きなものがひとつしかない。
「なんだか、こうして眠るのにまだ慣れませんね。」
ベッドの中で向かい合って横になりながら、ユスラは照れ隠しに口元までシーツを引き上げた。
「そう?僕は手の届く場所にユスラがいてくれて安心するよ。こうやって摑まえることもできるし。」
セリはゆっくりと手を伸ばすと、ユスラを引き寄せてすっぽりと腕のなかへおさめた。
「摑まえなくても、どこにも行きませんよ?」
小さな子をなだめるような口調に、セリはふふっと笑う。
「うん。そうだね。でも誰かがユスラに手を出そうとするかもしれないでしょ。」
口元には微笑みがひとつ、けれどひどく真剣な瞳は決して笑ってはいない。
本気で心配しているようだけど、ユスラにしてみればセリは自分の心配をしたほうがいいのに、と思う。
「僕は容姿が良いのかもしれないけど、それだけだよ。でもユスラは違う。ハンスがあれだけ執着してたの、忘れた?ユスラと一緒にいると、自分の存在を赦してもらえる気がするんだよ。それが心底ほっとするんだ。うまく言えないけど、ユスラの優しい強さに救われる人は僕やハンスだけじゃないと思う。」
誰かを救うだなんておこがましい、とユスラは小さく首を横にふった。
「自覚ないのが怖いんだよね。とにかく、誰かに好意を持たれるかもしれないって気を付けて。」
まじないか魔除けのように、セリはそっとユスラの額に口づけをひとつ落とした。




