21.隣町
思えば、聖女セレスト話をするのは教会を出て以来のことだった。
会話の少ない夕食を手早く済ませると、ユスラはセレストと出会ってから最後のミサを見届けるまで、言葉を選びながらゆっくり語った。
覚悟を決めたつもりなのに、一番肝心なことを伝える勇気がない。そんなユスラの戸惑いを見抜いたかのように、セリが切りこんだ。
「聖女セレストは、亡くなったの?」
ユスラはしばらく黙り込んだ。どう伝えたって負担をかけてしまうのだと、まっすぐセリを見つめた。
「セレスト様の人格は消えてしまいましたが、体は生きています。」
「眠ったまま目を覚まさないってこと?」
怪訝な顔で首をかしげるセリの手に、ユスラは自分の手を重ねた。
「いいえ。目は覚めました。ですが、目覚めた時には別人になっていたのです。」
すっと、セリがユスラから手を引いた。
打ち明けられたことと、イザイの発言がぴったり重なったのだろう。
「そういう、こと…。」
「セリ、これだけは覚えていてほしいのです。あなたはセリという一人の人間で、私にとってはセレスト様と等しくかけがえのない存在だということを。」
「じゃあ、もし今セレストが目を覚まして、僕の人格と入れ替わったら?ユスラはセリに戻ってきて欲しいと思う?」
そんなことは考えたこともなかったと、ユスラは静かに首を横に振った。
「セレスト様はもういません。」
「体がここにあるなら、いつ戻ってきたっておかしくない。僕が聖女を消したんだね。」
「いいえ。違います。セレスト様がセリに宿っていたのです。元の体の持ち主に還さなければと、そう仰っていました。」
「つまり僕は記憶を失ったわけじゃなくて、長い間聖女に体を奪われていた。そもそも19になるまではセリとしての記憶が存在しないってことか。どうしてそんな大事なことを教えてくれなかったの?…結局ユスラも、セレストの方が大切だったんじゃないの?」
間違えた、と思った時には遅かった。セリは今までに見たがないくらい傷ついて、大人びた表情をしていた。
「セリ、私はー」
「ごめん、少し気持ちを整理する時間をくれないかな。とりあえず今夜はもう休むよ。」
「わかりました。私のことは気にしないでください。他に聞きたいことがあればなんでも答えるつもりです。おやすみなさい、セリ。」
返事はなかった。静かにドアが閉まる音がして、ユスラは椅子に座りなおした。
遅かれ早かれこうなることは避けられなかった。問題は、これからどうするか。
ユスラは手を組んで神に祈った。けれどももう、信仰は自分を支えてはくれなかった。
翌朝、セリは朝食もとらずに屋敷を出て行った。
これがセリの出した結論で、止めることはできない。ユスラはセリが鞄に着替えや身の回りのものを詰めるのを、ただ黙ってみているだけだった。
「しばらくチェルシーのところにいるよ。手が空いた時に工房の手伝いをしてほしいって言われたから。ユスラが嫌いになったわけじゃないよ。ただ、いろんなことがありすぎて、ここから少し離れて色々考えたいんだ。」
セリはとても落ち着いていた。自暴自棄になって飛び出していくわけではなさそうだった。
「わかりました。いつでも、戻りたくなったら帰ってきてください。」
ハンスのように、ただ寄り添うということがどうして自分にはできないのだろう。今のユスラにできるのは、待つことだけだった。
もともとにぎやかな家ではなかったが、セリがいなくなった屋敷はがらんとしていた。
寂しさに溺れそうになりながらユスラは考える。セリはこの町を出るべきだろう。彼が一個の人間として自由に生きていくために、自分は何ができるのか。
―自分の選んだ務めを果たしなさい。
ふと、教会を出る時のヴァレリ司祭の言葉が脳裏にうかんだ。
「自分の選んだ務め…。」
ユスラは手早く家を掃除すると、髪を整え、一番上等なワンピースに着替えて町へ出た。
*
ファヴェルから隣町へ出る乗合馬車は混雑していた。
ゴーグは同じ海沿いに位置しながら、こちらは完全な保養観光地として貴族や大商会の出入りも多い。
海気療養所や書店、化粧品店やカジノもある華やかな街だった。
ファヴェルが行き止まりの町なら、ゴーグは開かれた街だ。乗合馬車には遊びにいく若者や行商に向かう老人たちがおしゃべりに花を咲かせていた。
ユスラは馬車を降りると迷うことなく大きな理髪店へ入っていった。
「いらっしゃいませ。ようこそウルリッヒ理髪店へ。ご予約は頂いておりますでしょうか。」
髪を後ろになでつけ、スーツを着こなした男性店員はにこやかに笑いながらもユスラを値踏みしていた。
敷居の高さに委縮してしまいそうだったが、セレストの側仕えの頃を思い出してできる限り優美に笑いかえした。
「いいえ。予約はしておりません。こちらのウィッグメーカーで髪を買い取ってくださるとうかがったものですから。」
「お売りいただく方はどちらに?」
「私です。この長さでは足りないでしょうか?」
「なるほど…。充分です。どうぞこちらへ。」
生活に困って髪を売りにくる人間がしている身なりではないと思ったのだろう。男性店員はユスラを奥へと案内した。




