18.略奪
イザイは椅子から立ち上がると出窓のむこうに広がる海を眺めた。
「ユスラ、あなたはいつもそうでしたね。大事なことを言わずに一人で抱えこむ。私にされたこともね。言ったところで誰も信じなかったとは思いますから、懸命な判断だったのかもしれません。
ですが私はあなたのそのもの分かりの良さがいつも目障りでしたよ。」
「イザイ様…?」
「あなたはそちらの彼に労働させる前に、自らが置かれている立場を説明するべきでした。ほら、いつ私のような真実の告知者がやってくるとも限らないでしょう?」
「…ユスラは、僕が記憶を失くす前のことも全部知ってたの?」
「セリ、その話はあとで落ち着いてからゆっくりと―」
「大事な話ならいつしたって同じだろう?どうして今話せないんだよ。」
初めて声を荒げたセリに、ユスラはびくりと肩を震わせた。
「あまりユスラを責めないでやってください。言えるわけないでしょう?ユスラにとってあなたは死んだ聖女セレストの身代わりで、その代用品も長くはもたないだなんて。」
「イザイ様、何をおっしゃっているのですか?セリは代用品なんかじゃありません!私にとって、セリはセリで大切な存在。それだけは神に誓って言えます。」
ユスラの反論はなにひとつ届かず、イザイの口調がよどむことはない。
「私が大司教補佐ではなかったら、哀れな聖女の成れの果てを連れ帰って大切に大切に保管しておいたのに、残念です。」
イザイの瞳は、昏い欲の色を帯びていた。これは聖職者の顔ではない、捕食者だ。ユスラの腕に鳥肌がたった。
その時、彼女の脳裡にイザイの侍従たちが思い浮かんだ。自分より年下の少年で、皆天使のように美しかった。その中には怯えている者や、恍惚とした表情で彼を見上げる者もいた。ユスラが折檻されている時に、二人の間に割って入ってきた元侍従もいた。
ユスラに憤怒の目を向けながら「そんな小娘を相手にするなんて…」と言っていたあれは、色恋沙汰の嫉妬からくるものではなかったか。
そもそも大司教を補佐する立場で非常に有能なイザイに、あれほど侍従が必要だったのか…?
ユスラは息をのんだ。厳しい戒律の中で、若い修道士たちの中には人知れず道を踏み外す者もいると聞いたことがある。品のない、娯楽としての噂話だとばかり思っていたけど…。
イザイはユスラを無視してセリに近付いた。それから長い指をセリの顎に添えてまじまじとその瞳をのぞきこんだ。どこであろうとその場を支配する圧倒的なオーラに、セリはイザイから視線を外すことができないようだった。
「少し育ちすぎましたが、女の味はまだ覚えていないようですね。」
「聖職者がなんてことをっ…!お引き取りください。」
本能的に危険を察知したユスラが、その指を外そうとした。
イザイは羽虫を払うようにユスラの髪の毛を掴むと、そのまま床へ向かって叩きつけた。
突然乱暴を受けたショックと右肩に走った鈍い痛みで動けなくなったユスラに気をとられたセリの隙をついて、イザイは彼の顎を掴みなおすと強引に口づけをした。
「っ…!」
体をよじって逃げようとするセリの腰を、聖職者の皮をかぶった捕食者がもう片方の手で抱き寄せた。手足を動かして必死で抵抗する音と荒い呼吸だけが、室内に響く。イザイの口づけは、セリがその唇に噛みつくまで執拗に繰り返された。
「何を…」
ようやく解放されたセリが口を押えた瞬間、ユスラはテーブルにあったティーカップをイザイに向かって投げつけた。しかしそれは軌道を外れて壁に当たって砕けただけで、イザイは微動だにしなかった。
「ッ…!セリから離れろっ!殺してやる…!!!」
自分のどこからこんな怒りが沸くのかと思うほど大きな声で、ユスラはイザイに掴みかかろうとした。
イザイの顔に傷のひとつでもつけなければ気が済まない。そんな衝動にかられてティーカップの破片を手にしたが、後ろから抱き着いたセリによってすぐに引き止められた。
「ユスラ、やめて…!」
「離してっ…!神に仕える身で道を外すどころか、セレスト様の遺志を穢すなんて、お前なんか地獄で裁きをうければいい。」
逆毛をたてて威嚇する猫のように、ユスラはふーっと息を荒くしてイザイを睨み続けた。本当に、差し違えてでも殺してやろうという勢いに、セリは必死でユスラを抱きとめた。
「僕は大丈夫だから。お願いだからそばにいて…」
セリのすすり泣く声にユスラの動きが止まり、イザイだけが笑っていた。
「ここでおとなしくただ暮らすと約束するなら、今回の視察は何事もなくすんだことにしましょう。改善の余地がなければ教会からの支援は打ち切ります。」
「そんなこと、大司教様がお赦しになるはずがありません。」
「どうでしょうね。ネイス様もかなりお年を召されていますから、そろそろ引退の時期かと。次の大司教が誰になるか、ロザリオではその話題で持ち切りでね。まぁこんな場所で余生を送るあなたがたの耳には入らない話でしょうけれども。」
それを聞いて、ユスラの両腕から力が抜けた。こんな人間が、次代のトップに立つのか。自分たちが清い心で祈りと信仰を捧げてきた美しい教会の上に?
戦意喪失したユスラの耳元で、イザイは低く囁いた。
「私はなにより初物が好きでしてね。機会があればあなたを組み敷くのも悪くはないと思っていましたが、時間切れのようで残念です。」
イザイは時計を確認すると「報告書には問題なしと記載しておきましょう。」と言い残して屋敷を去って行った。




