15.商談
それぞれの心配事が解消され会話に一区切りつくと、これまでのやりとりを黙って聞いていたハンスが口を開いた。
「高いって言うけど、原価的にはこれでも安すぎないか?」
突然値付けに口をだされたチェルシーは、一瞬驚いた顔をして、それから眉を下げて笑った。
「正当な評価をしてくれる人がいて嬉しいよ。正直、もう少し高くしたいんだけど、それじゃ売れない。」
「俺なら別の町で、倍の値段で売ってこられるのに。」
独り言のようにそう呟いたハンスを、チェルシーがまじまじと見た。
「あんた…ポーターのハンスだね?若いのになかなかのやり手だってこの辺りでも名前を聞くよ。」
「そりゃどーも。」
実直なポーターだと思っていたハンスは、異性にモテるし仕事もできるらしい。たった半日町に下りただけで、ユスラの中の彼の印象ががらりと変わった。
「ハンスさんって、すごい方だったんですね。」
「荷運びしながらゆく先々で小商いをしてくるけど、仕入れもさばき方も的確だって、刺繍作家のキキが絶賛してたよ。」
「ああ、軽くてかさばらないからハンカチの在庫まとめて預かったやつか。山向こうにきていたサーカス団でよく売れたっけな。旅芸人はいろんな街に滞在するけど買い物に不便するから、こっちから商品持ってくと喜ばれるんだ。」
「そうなんだ。ならあたしが作った髪飾りもお願いすればよかったよ。」
チェルシーの軽い提案に、ハンスはいいやと首を横にふった。
「曲芸や軽業を生業にしてる人間は仕事中に外れることを恐れて装飾具はつけないんだ。こいつを売るなら…そうだな、出稼ぎにきている炭鉱夫がいい。」
「炭鉱?男しかいないじゃない。」
「ああ、だが妻や恋人が帰りを待っている男は山といるさ。愛する女のために何かいい土産をと思ったところで炭鉱には酒場と娼館しかない。しかも懐があったかいときてる。ものによっちゃあ3倍は堅いんじゃないか?」
あれこれ算段をするハンスは楽しそうだ。セリもハンスの話を集中してよく聞いていた。
「ずいぶん遠くまで行くんだね。」
「船にのって往復3日ってところかな。儲けが抜群にいいわけでもないし海が荒れりゃあさらに伸びる。荷運びの需要はあるのに行きたがる奴がいないから、穴場なんだよ。」
「働きもんだねぇ。」
「大したコネも支援者もいないなら、人が行かない道を進まないとな。来月また炭鉱へ行くんだ。魚醤と薬が良く売れるんでね。よけりゃあこの髪飾りも試しにいくつか売ってこようか?」
チェルシーは腕組みをして自分の髪飾りを見た。
「そうしてもらえるのはありがたいんだけどさ、荒っぽい炭鉱夫がこの髪飾りを傷つけずに家まで持ち帰ってくれるかな…。」
うーん、と悩むチェルシーに、セリが口を挟んだ。
「小さな木箱にいれればいいんじゃない?プレゼント用にリボンをかけて。こんなに綺麗な髪飾りなのに、裸で売るのはもったいないなって僕ずっと思ってたんだ。」
「価格をあげるなら木箱にいれても黒字になるけど…箱の中で泳いじゃわないかな。」
今度はユスラが答える番だった。
「箱の底に合わせた厚紙に髪飾りを留めるというのはどうでしょう?チェルシーさんの髪飾りはどれも素敵なモチーフがありますから。たとればこれはすみれの花が入っているので、厚紙に花言葉を添えるとか。こちらの可愛らしいリスなら、将来のための貯蓄とか?それからチェルシーさんのサインも入れれば作家性が出るのでは?」
いいねぇ!とチェルシーが声をあげたところでハンスが決まりだな、と頷いた。
「強気でいこう。俺はこいつをこの値段の4倍で売ってくる。それなら渡航費入れてもお互いいい儲けになるだろう。」
思いもかけない商談に、チェルシーの目がうるんだ。
「あたし、昔っから装身具作る以外のことは人並みにできなくてさ。物作りが好きって気持ちだけでやってきたんだ。でもここじゃ正規の値段で出したところで見物だけで終わるのが関の山。だからぎりぎり食べていける程度の値付けにしてたんだけど。こんな風に評価して声をかけてくれる人がいるなんて、ありがたいよねぇ。」
「おい、まだ売り上げが確定したわけじゃねぇんだ。泣くの早ぇよ。」
照れ隠しでぶっきらぼうにそう言ったハンスを見上げたのはユスラだった。
「でも、ハンスさんなら絶対売ってくるんでしょう?」
「当たり前だろ。手数料の細かい話は後日詰めにいくぞ。」
「花祭りが終わればずっと工房にこもってるから、いつ来てくれても大丈夫だよ。そうだ、ユスラさん。髪飾りに添える言葉を考えるの、手伝ってもらえないかな。あたしじゃ気の利いた一言なんて思いつかなくて。」
誰かに頼りにしてもらえるのが嬉しくて、ユスラはもちろん!と答えた。
ファヴェルにやって来た頃には、こんなにも温かい関係の中に身を置くとは思ってもみなかった。
聖女セレストがいなくなっても、世界はこんなにも豊かなのだとユスラの胸にじんわりと温かさが広がっていく。
「それじゃあ僕は、明後日までここの店番を頑張らないとね。」
セリがそう言ってぎゅっと両の拳を胸の前で掲げてみせた。露店を囲む4人の気持ちがまとまったところで、後ろから低い男の声がした。
「その必要はありません。労働など、あなたがするべきことではない。」
その声に、懐かしさよりも先に恐れが走る。ユスラはゆっくりと振り向いた。
「…ご無沙汰しております。」
細い銀縁の眼鏡をかけた、神経質そうな紳士は髪飾りを一瞥すると顔をしかめた。
「久しぶりですユスラ。金銭的に不自由させずおとなしく暮らしていると思えば、彼に労働を強いるだなんてあなたもずいぶんと俗世にまみれたものですね?」
咄嗟に反論できなくて、ユスラはうつむいた。
あきらかに怯えているが、事情がのみこめないのでハンスとチェルシーは見守るしかない。
セリだけが、この空気を察することなく3人の顔を見回した。
「ねぇセリ、この人誰?僕のことを知ってる人?」
ユスラは下唇をぎゅっと噛みしめた。
聖女の器のその後を知るため教会から年に1,2度遣いをやるとは聞いていたが、まさか彼が出てくるなんてどうして予測できただろう。
「こちらはイザイ様。宗教特区ロザリオで領主を兼任されているネイス大司教様の補佐を担っている方です。」
肩を丸めるユスラを、イザイは冷たく見下ろした。
「腐っても器。息災なく過ごしているだろうから視察など無駄足に終わるかと思いましたが、どうやら足を運んで正解だったようですね。」
セレストの側仕えに任命されたばかりの頃、ユスラはイザイに何度も鞭で打たれたことがあった。
挨拶の仕方が悪い、廊下を走るな、エプロンのひもがきちんと結ばれていない。そんな些細な理由だけで。
指の先から体温がなくなっていくようで、ユスラは身動きできずにじっとその身をこわばらせるだけだった。




